医学界新聞

寄稿

2015.11.23



【寄稿】

新人看護教員の支援を考える
臨床から教育へのスムーズな役割移行をめざして

野崎 真奈美(東邦大学看護学部教授・基礎看護学)


 1992年施行の「看護婦等の人材確保の促進に関する法律」を受け,同年年度に12校だった看護系大学は現在までに20倍以上に急増している。継続的な増加傾向により,看護教員の需要も高まり続けている。一方,臨床現場で働いていた看護師が教育現場に移るに当たり,教育のノウハウや学内業務の対処,研究の進め方などさまざまな課題に直面するという課題も浮かび上がっている。本稿では,新人看護教員の置かれた現状と課題を俯瞰し,自身の取り組みも紹介しながらその解決策について検討する。

新人看護教員が直面する課題とは

 まず,看護教員になるためにはどのような要件を満たせばよいのか。看護師養成課程には各種教育機関があり,それぞれに要件が定められている。専修学校や各種学校の場合は,看護師等養成所の運営に関する指導要領に準じて,5年以上の看護師経験と看護教員養成講習や実習指導者研修を受ける必要がある。大学は,大学設置基準に教員の資格として示されている「教授,准教授,講師,助教,助手の能力を有する者」の条件を満たす必要がある。これは,看護職としての実践能力,看護学を探究する能力,教授する能力が求められていることを意味する。

 別の見方をすると,大学は教員免許も教員養成講習や研修の受講も必要ないということだ。そのため大学院を修了したばかりの人でも看護教員になることができる。実際,自身の資質やキャリア設計を熟慮する余裕もなく,修了間もない者が看護系大学に多く採用されている印象を受ける。

 教員免許が必要ないということは,当然教員養成課程を経ていない。授業設計・教育技法について習得する機会がないまま,指導案を書かされ,演習や実習指導に駆り出されることになる。さらに,臨床現場とはまるで異なる,大学という新たな組織文化への適応を図りながら,教授活動,学内業務,学生の生活指導などの矢面に立たされるのだ。新人教員が,臨床看護師や大学院生という役割から,準備も不十分なまま,教員の役割へと移行することが迫られ,困難を抱えていることが推察される。

 実際,新人教員の中には,授業をこなすのに精一杯で,学生の反応を見ずに一方的に説明するばかりの教員,あるいは,学内業務において適時・適切な「報告・連絡・相談」ができない,仕事の優先順位がつけられない,時間管理ができないなどの困難を抱える教員がいると耳にする。これまでの臨床経験が教育現場に生かせずに自信を失い,転職していく人さえあるという。

 一方,新人教員を受け入れる側の先輩教員たちからも,どのようにかかわってよいかわからないという意見が聞かれ,手探りの後輩指導に苦悩している様子がうかがえた。管理者としても,指導のつもりがハラスメントと受け取られないかというあいまいな境界に戸惑うこともあった。このような課題を抱える看護教員は少なくないのではないだろうか。新人教員と受け入れる側の教員の双方にとって負担が軽く,明快な支援体制を構築することが望まれる。

成長の承認と自覚が「成功体験」につながる

 実は今,看護の教員に限らず,一般的な教員養成系大学・学部を卒業した教員においても,教師教育の在り方が問われている。教壇に立って間もない教員というのは,授業中の出来事の記憶があいまいだったり,マニュアルを必要としたりする傾向にあるという。また,課題のある子どもに矯正をかけるようなフィードバックはほとんどできないし,そもそも教材内容の知識が不足しているといった報告がある1)。余裕のない授業中の出来事をいかに繊細にとらえるかが,まずは新人教員が乗り越えるべき課題のようだ。教員は成人学習者として,一つひとつの経験を丁寧に振り返ることで学びが得られるため,省察を基盤にした支援をすることが望ましいと考える。

 新任期には教職継続の危機感や戸惑いを経験することが多いが,こうした支援を受けながら経験年数を重ねることで,教師アイデンティティが確立していくのではないか。

 ここで一つ例を紹介したい。2015年の箱根駅伝で青山学院大学陸上競技部を初優勝に導いた原晋監督は,「ワクワク大作戦」を合言葉にチームの明るさを前面に打ち出した上で,血のにじむような努力を課したという。そうして得た優勝という成功体験が次の意欲につながることから,原監督は「きっちり切り替えるためにも喜びに浸ることは大事」と説いている2)

 新人教員には,教育現場でも臨床経験が生きているという感覚を持たせられるよう,自分に期待されている役割を臨床経験と関連付けて理解させることが本人にとっての「成功体験」となり,教員を続ける自信につながるのではないだろうか。

教員にもプリセプター制度を

 では,新人教員と受け入れる側の教員双方にとって,公平で組織的な取り組みを実現するためには,具体的にどのような仕組みがあるとよいのだろうか。われわれの研究室(教授1人,准教授1人,講師2人,助教4人,内新人教員3人)では,数年前から試行錯誤を重ね,2014年よりPDCA(Plan-Do-Check-Action)サイクルを基軸とした支援を行っている()。新人教員が自分で目標を決め,自分の言葉で具体的に書き込む「目標管理シート」を媒体とし,各ステップで人事考課(面接)を行う。「目標管理シート」は,原監督もサラリーマン時代から用い,陸上競技部の部員の自主性を導くために今も活用しているという。

 PDCAサイクルを基軸とした新人看護教員の支援(クリックで拡大)

 さらに,臨床の新人看護師研修では一般的となっているプリセプター制度を併用し,1人の新人教員に1人の先輩教員がついて,日常の細やかな指導を実現させている。これらを新採用から2年間適用する。

 対象となった新人教員からは,「自分が書いた目標を基に評価することで,成長と課題を自覚することができた」「プリセプター制度は疑問を即座に解決できるので心強かった」「期待される役割がもっとイメージできると良かった」などの意見が寄せられた。これらを踏まえ,支援体制自体もAction(修正)中である。

 新人教員を受け入れる際には,円滑な役割移行と,職場に適応するための支援が必要になるだろう。そして,教員役割を遂行して自信をつけさせ,自主的に成長する教育実践力を育むことが求められる。全国的な動きとして,大学が組織的にファカルティ・ディベロップメント(FD)を企画するための「FD マザーマップ」3)や「若手看護学教員のためのFD ガイドライン」4)などが開発されている。臨床看護師が熟練していく過程のように教員としての発達段階が示され,教員に必要な能力やその開発手法が提案された。新人教員が自主的に段階を上っていくことをどう具現化するかは,各大学に任されている。新人教員は大切な仲間であり,“人財”であるという心構えで,組織の構成員が協力して支援に当たることが期待される。


◆新人教員支援システム勉強会のご案内

2016年から学外の方を対象に同勉強会を開催予定です。担当は,野崎,中原るり子(共立女子大),小山田恭子(東邦大)。新人教員の支援について関心のある方は,東邦大看護学部基礎看護学研究室までご連絡ください。詳細をご案内いたします。

URL:http://www.lab.toho-u.ac.jp/nurs/fundamental/

参考文献
1)厚東芳樹,他.アメリカのTeaching Expertise研究にみる教師の実践的力量に関する文献的検討.教育実践学論集.2010;11:1-13.
2)箱根駅伝Vの青学大「常に半歩先の目標」で成長――原監督に聞く.日本経済新聞.2015年2月5日.
3)遠藤和子,他.看護学教育におけるFD マザーマップの開発(2) FD マザーマップの活用法. 看護教育.2013;54(4):298-304.
4)日本看護系大学協議会看護学教育質向上委員会.若手看護学教員のためのFD ガイドライン――看護学教育の質向上をめざして.日本看護系大学協議会看護学教育質向上委員会平成23 年度活動報告書.2012.
http://www.janpu.or.jp/wp/wp-content/uploads/2012/07/H23-FD-forHP.pdf


のざき・まなみ氏
2005年早大大学院人間科学研究科博士後期課程修了。臨床で整形外科看護および手術室看護に携わる。1995年聖路加看護大助手,埼玉県立大短大部講師,東邦大医学部看護学科准教授を経て,2008年より現職。博士(人間科学)。専門は基礎看護学,看護教育学。近著に『計画・実施・評価を循環させる授業設計――看護教育における講義・演習・実習のつくり方』(医学書院)がある。

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