医学界新聞

寄稿

2015.11.02



【寄稿】

家族システムと早期からの緩和ケア
“患者家族”への介入が,患者の生命予後延長に寄与する?

金 容壱(聖隷浜松病院化学療法科)


 「新しい体操着だから速く走れるね」。奇妙な理屈である。しかし,その正しさを実証するかのような臨床試験が報告されている。患者家族に対しても,早期から緩和的にかかわることで,患者の生命予後が延長するという結果が示されたのである。「体操着」に代わり「患者家族に早くからかかわる」ことで,「速く走れる」ことに代わって「患者の生命予後が改善される」というわけだ。

「早期からの緩和ケア」の衝撃

 「診断時から緩和ケアの専門職が介入することで,肺がん患者の生命予後が2.7か月延びた」。この結果がTemelらによって発表されたのが,2010年の米国臨床腫瘍学会だ。追って論文化され,NEJM誌に掲載されている1)。あらかじめ計画されないまま予後の解析がなされたことに批判はあるものの,抗がん薬治療を追加するわけでもなく,緩和ケアを早期から行うだけで寿命が延びるという意外さは,関連する学会にインパクトを与えた。

 しかし現場は困惑した。緩和ケアを早期から始めるといって,何をすればよいのか? 診断時に痛みがあれば,疼痛の治療を「緩和ケア」として行えばよいだろう。では,症状がなければ挨拶するだけか? そもそも,抗がん薬治療を開始して良くなることの多い診断早期の症状に,わざわざ緩和ケア専門職が介入する意味はあるのか? 心理・社会・霊的側面を視野に入れ,終末が近付いた時期の複雑な身体症状に対処するのが緩和ケアの真骨頂であるのだから。早期に介入するとして,その人的リソースはどうやって確保するというのか?――など,臨床現場の悩みは尽きない。

 早期に行う緩和ケアの何が有効に働いて患者の生命予後が延長することになったのか,その明確な「要因」は明らかにされていない。Temelらの研究では,早期緩和群も通常治療群と同じだけ抗がん薬治療が行われていた2)。早期緩和群で緩和ケア専門職が行った行為も詳細に検討されたが,家族を巻き込んで患者のcoping()を強化するケアが行われていたという事実のみが報告されている3)

浮かび上がってきた仮説は,「家族に働き掛ける」ことの効果

 「早期からの緩和ケア」の有効性が示唆されてから,5年経った本年6月。BakitasらのEducate, Nurture, Advice, Before Life Ends III(ENABLE III)試験の結果が公表された4)。ここで示されたのは,診断時から看護師ががん患者の主たるケアの担い手を電話で援助すると,3か月後から介入開始するのと比較して,患者の1年後生存割合が15%上昇したとする,やはり患者の生命予後を改善させたという結果であった。

 上記2つの研究に共通するのは,早期から家族(主たるケアの担い手)への介入が行われていること。そして,必ずしも患者の身体症状の改善を主眼にしているわけでない,ということだ。これらから,「治療初期に家族に働き掛けることで,患者の予後を改善する」という仮説が,説得力を持って浮かび上がってくる。

患者は,家族・友人との関係性の中に生きている

 人はよほどのことがない限り医療機関を訪れない。具合が悪くても,「休んだほうがいいよ」などと身近な人に勧められ,休養をとって回復する。落ち込むことがあっても,友人や家族に話を聞いてもらい,活力を取り戻す。身近な家族・友人関係には,「癒やし/癒やされる」機能があるのだ。

 がんに罹患すると,人は心理・社会的な強い衝撃を受ける。告知されたときの衝撃は,「がんイコール死という知識しかなかったので,頭の中は真っ白になった」5)と表現される。また,「自分だけが『がん』という種類の人間に分類されてしまったような孤独感を感じ」5)ることもよくある。がん患者は告知の衝撃が治まらないうちに治療選択を迫られ,孤独感に支配された状況に陥り,それまでに培ってきた“人とのつながり”で癒やされることが難しくなると言える。

 その衝撃と話しづらさは家庭内にも及ぶ。「家族にとって,一番大切でありながら一番コミュニケーションができないテーマは『死』」6)であるからだ。そして同時に,“つ...

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