病院から地域への療養移行を再考する(宇都宮宏子,角田直枝,北澤彰浩)
対談・座談会
2015.09.28
【座談会】病院から地域への療養移行を再考する
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「地域住民の一人ひとりが住み慣れた地域で安心して過ごすことができる社会」。そんな地域を作るために病院看護師に求められるのが,病院の中から病院の外までを見通し,地域のケアをつないでいく役割だろう。
では,具体的には,看護の在り方をどのように見直して,どんなことに着手していくべきなのだろうか。本紙では,より良い退院支援・退院調整,療養移行支援をめぐり,現場において実践と検討を重ねてきた3氏による“ブレインストーミング型”座談会を開催。地域での暮らしまでを見据えた看護実践や,その質を上げるための工夫の余地が見えてきた――。
宇都宮 地域包括ケアシステムの構築が呼び掛けられ,今,病院は医療の在り方を再考する時期にあります。地域包括ケアシステムが目指す社会は,「aging in place」(地域で暮らし続けられる)です。住民の一人ひとりが住み慣れた地域で安心して過ごすことのできる体制を整えるため,病院は地域の一つの資源という認識を持つことが求められています。
北澤 おっしゃるとおり,高齢化という大きな波が押し寄せてきたことで,実際に地域で果たすべき病院の役割は大きく変わっています。当院は“地域医療のメッカ”とも言われた病院ですが,「佐久総合病院で何でも診る」という時代はすでに終わりました。現在は当院も地域拠点の一つとなり,医療と介護,その他の福祉サービスを含めた生活支援サービスが一体となって,地域の住民に提供できる体制を構築しようと動き出しています。
宇都宮 さらに,地域のER機能を守るという観点からも,病院は本腰を入れて「病院完結型」から地域包括ケアシステムへ転換することが望まれますよね。こうした中,退院支援・退院調整,そして療養移行支援が,あらためてその重要性を帯びてきたと思います(MEMO)。患者・家族にとってよりよい生活を選び取れるように意思決定を支え,それに基づいて生活支援サービスを調整する。そして,安心して在宅療養が再開できるように導いていく。この看護実践を適切に行うために,病院で提供する看護は,“病院内”から“病院外”にまで視野を広げる必要があるのではないでしょうか。
看護師一人ひとりに,生活の場を見据えた実践が求められる
角田 同感です。現在,急性期病院において,患者・家族が適切な意思決定ができず,必要以上の医療が提供され,回復期の病院に転院となり,結果的に自宅には帰ることができない……ということも起こっています。こうした状況を見直すためには,自施設の看護だけではなく,地域全体を踏まえて自施設の看護の在り方を考えていく必要があります。そして看護師一人ひとりが,生活の場を見据えて看護を組み立てていくようにしていかねばなりません。
私が現在の病院で看護局長の任を引き受けたのは6年前のことですが,実は地域全体の看護を充実させたいという思いがありました。県立病院唯一の総合病院で実践しながら,自治体立なので政策的なことにもチャレンジできるかなと思っていたのです。
宇都宮 日本訪問看護振興財団(現・日本訪問看護財団)で働いていらっしゃった角田さんが急性期病院の看護部長に移るという話を聞いたときは驚きましたけど,そんな思いがあったのですね。患者の生活までを意識した看護の在り方を看護部全体に浸透させていったのだと思いますが,なかなか大変だったのではないですか。
角田 苦労という苦労はありませんでしたよ。ただ,「患者のためになるケアをしよう」「患者の生活の場は在宅であり,病院は一時的な生活の場である」ということを前提に,ケアの優先順位を見直すよう,意識して声掛けを行いましたね。
宇都宮 病棟の看護師長やスタッフにどんな反応が見られたのかが気になります。退院支援を進めるために病棟看護師に「もっと患者や家族の話を聞こうよ」と呼び掛けると,よく聞くのは「少ない人手の中,清拭の仕事だって忙しいのに,ご家族や患者さんと丁寧にお話しする余裕なんてない!」といった声ですよね。
角田 そうしたら,こう返します。「考えてもみて。病院で看護師の清拭を受けるより,ご自宅でお風呂やシャワーを浴びるほうがどれほど気持ちがいいものか。清拭があることによって,患者さんやご家族と,お家へ帰るための相談の時間が本当に持てないのであれば,アカが積もろうと清拭は諦めて結構です」と。
北澤 すごいなあ(笑)。
角田 看護師一人ひとりの仕事が忙しいのは確かですから,できない理由,しない理由はいくらでも挙げられてしまいます。ケアの優先順位を都度,考えるよう促すことを通して,退院支援を行う必要性が伝わっていったのではないかなと感じていますね。
宇都宮 そうやって患者の暮らしの部分に目が向いて,支援に取り組んでいけるようになると,師長もスタッフもやりがいを持って取り組んでくれるようになりませんか。患者が生活へ移行するときに抱く過ごしづらさを,少しでも安楽になるよう工夫を凝らす。すると,患者はスムーズに自分の生活を取り戻し,本来持っている力まで引き出されていく。そこに手応えを得られるとともに,「看護の本質がある!」と実感できるんだと思います。
角田 そうなんですよね。だから看護部長は,現場の師長やスタッフに初めの一歩を踏み出す働き掛けが大事なんだろうと思います。その後は,スタッフがその意義に気付き,おのずと患者さんの暮らしに目が向くようになっていきますから。
地域の暮らしをイメージできるようにする取り組みが必要だ
宇都宮 患者が暮らしの場に帰っていくことを支えるには,退院調整を担当する看護師だけで退院支援を頑張っていても不十分です。退院支援のプロセスは,あらゆる医療職との「チーム」で進めていかねばなりません。特に,医学的な視点で事実を伝える医師と,リハビリやケアを受けながら生活することがいかなるものかを伝える看護師とが,両輪となって患者・家族にかかわっていくことが必須になると思うのです。ただ,医療職間にも温度差があって,意識の統一は十分に図られているのだろうかと疑問も感じています。
このあたり,北澤先生はどう思われますか? 例えば,退院時の状態像を共有するためのカンファレンス等の話し合いの場を入院時から持つことができている施設は増えつつあるものの,そこに医師が参加していないケースがあったりする。あるいは,生命維持を最優先する医師の鶴の一声により,「患者の思い」に沿った退院支援そのものがスムーズにいかなくなってしまうという声も聞きます。
北澤 医師は問題解決型で,「治療」に比重を置いてしまうことが往々にしてありますからね。病状だけでなく,生活面からもサポートを考える看護師にはストレスに感じやすいところなのだと思います。
そうした温度差って,医師同士であっても感じることがあるものですよ。これは認識のズレが起こる理由が,「在宅医療やケアの中で,何がどこまでできて,患者に対してはどんな影響を与えるのか」に関する知識・経験が十分でないからだろうと思っています。
例えば,終末期の高齢者が肺炎を起こしたとする。この時,入院を続け,積極的な加療が必要だと考える医師もいます。手段としてはそれも取り得ますが,在宅に移行して苦痛緩和目的に抗菌薬を使用しつつ,自然な形で看取りまでの生活を支えていくという方法もありますよね。余生の限られた患者であれば後者のほうが適切な場合も多いと思うけれど,在宅医療とケアの可能性を把握できていないと,後者の「自然に任せる」という選択肢自体が抜け落ちてしまうものです。
角田 あと,自然に任せる選択肢を提示できるかどうかには,「積極的な治療を提供しない選択をしても,患者のQOLを落とすことなく看取ることができた」という成功体験があるかどうかという面も大きいと思います。
宇都宮さん,退院後の患者が在宅で暮らすことのイメージが湧かないという点は,特に急性期病院の看護師でも同様の状況がありませんか。
宇都宮 確かにそのとおりです。そう考えると,侵襲性の高い医療を受けなかった場合の経過や,その医療提供を選択するまでの患者の意思決定支援の過程を集積して,地域全体の医療者間で共有していくような取り組みも行っていく必要があるのでしょうね。
角田 より理想を述べれば,地域で患者の姿を見る機会を設けることだと思います。看護師に関して言うと,病院の機能分化が進んだ現在,急性期・慢性期の双方で勤務した看護師でない限り,どちらか一方の患者像しかイメージできません。急性期病院の看護師であれば,安定した慢性疾患患者を見る機会はそうはなく,むろん地域での暮らしや在宅医療の様子を想定するのが一層難しい状況にあるわけです。
そこで当院では,長期型医療機関へ当院看護師を派遣することを始めています。当院も慢性期看護について触れる機会が乏しいために,スタッフの退院調整・生活指導の質を上げることに不安がありました。それで地域の他施設の看護管理者,事務担当者と協議し,人事交流する仕組みを作ったんですね。現在では,療養病棟や30床の小規模公立病院へ当院の看護師を出向できるようになったので,慢性期看護を肌感覚で学べるようになったのかなあと感じています1)。
北澤 なるほど,いい取り組みですね。個人としての視野が広がるという点もそうですが,地域にどのような医療資源があるのかも把握できます。
宇都宮 人事交流という点から言っても,地域全体の看護の底上げにもつながるもので,地域包括ケアシステムの構築という面から意義深い取り組みと言えそうです。
“生活者”の姿を把握する,ケアマネジャーの力を活かす
宇都宮 医療者間で知識・情報・意思統一が十分ではない現状...
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