医学界新聞

寄稿

2015.07.20



【寄稿】

Perspective
“EBMの父”David Sackettと私

名郷 直樹    福岡 敏雄


 David Sackett氏が2015年5月13日に逝去した(享年80歳)。Sackett氏は1967年,カナダ・マクマスター大医学部にて臨床疫学・生物統計学部門を設立。1994年には英国オックスフォード大Centre for EBMの教授に就任。『Clinical Epidemiology』『Evidence-Based Medicine』などの著書を残し,“EBMの父”とも呼ばれる。日本でのEBM普及に取り組み,Sckett氏に師事した名郷氏・福岡氏が,追悼文を本紙に寄せた。


わが師,Sackett先生

名郷 直樹(武蔵国分寺公園 クリニック院長)


 Twitterを眺めていて,Sackett先生の訃報に接した。何か書いておかなければならないことがあるような気がした。そこにこの原稿依頼である。二つ返事で引き受けた。しかし,引き受けたものの実際に書こうとなると筆が止まる。それは私自身の臨床医としての全てを振り返ることに他ならないからだ。私の臨床医としての全ては,Sackett先生の著書から始まったと言ってもいい。そうだとすれば,ここには全てを書かなければいけない。しかし,全てを書くわけにはいかないし,かといって何も書かないわけにもいかない。覚悟を決めて,書き進めてみようと思う。

 出会いは1991年,卒後6年目,へき地診療所に赴任して4年目,翌年には母校に戻って再び研修という時期である。研修に戻るにあたり母校の先輩に「何か予習をしたほうがいいものはありませんか」と聞いたところ,「Sackettの『Clinical Epidemiology』を読んでから来なさい」という答え。言ってみれば偶然の出会いである。探して見つかったわけじゃない。でも今はそういうことこそ重要であったと思う。うまく説明できないけれど。

 当時Epidemiologyが疫学であるということすらわからなかった私であったが,特に何に興味があるわけでもなく,何を勉強したいということもなかったので,とにかく暇にまかせて,辞書を片手に逐語訳をしながら読んでみた。読み始めは,英語もやたら難しく,修行のような感じであった。しかし,読み進めるにつれ,この本は何としてでも読みたい,読まなければ,そう思わせる何かが見いだされた。その何かこそ,今でいうEvidence-Based Medicine(EBM)であるが,当時はまだそのようなコトバは知らなかった。EBMというコトバは知らないが,そこにはすでにEBMの魂が込められていて,その魂に触れてしまった。あとはもう憑りつかれたように読み続けた。意味がわからないところもたくさんあった。しかしそんなことはどうでもいい。問題はその魂に触れたかどうかである。いったん魂に触れてしまえば,あとはもう時間が解決してくれる。

『Clinical Epidemiology』(第2版,1991年)
 わけのわからない部分は,その後のJAMAの論文の使い方シリーズ1)で明らかになった。あのSackettが連載を始めたと聞いて,これは読まなければと毎週図書館に足を運んだ。不定期連載であったこのシリーズを毎回心待ちにして読んだ。休載の号に当たるとがっかり,掲載の号に当たるとやったという感じである。当時読んでいた連載漫画,小林まことの「1・2の三四郎」よりも,この連載により引き付けられた。「1・2の三四郎」の休載もがっかりであったが,JAMAのシリーズ休載はさらにがっかりであった。

 以後20年以上にわたって,EBMの臨床現場での実践ということに賭けてきた私であった。この本との出会いがなければ,今の私はない。そういう意味でSackett先生は間違いなく私の師匠の一人である。直接教えを受けたことがないどころか,まったく話をしたことすらないにもかかわらず,である。

 Sackett先生亡き後,私にでき...

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