医学界新聞

寄稿

2015.06.15



【視点】

「うっかりドーピング」を防ぐ適切な薬物治療の支援を

笠師 久美子(北海道大学病院薬剤部・副薬剤部長)


 「スポーツと薬」と聞いて脳裏をよぎるのは,「ドーピング」という言葉ではないだろうか。各スポーツ競技団体の競技規則には,アンチ・ドーピング規程が規則の一つとして位置付けられており,「ドーピング」は違反行為として禁止されている。したがって,スポーツ選手が突発的な外傷や疾病のために薬物治療を受けることに加え,糖尿病や喘息などの有病者がスポーツを行っている場合でも禁止物質や禁止方法に該当する物質や行為がある際には,治療として行っていることを事前に証明しなければ,ドーピング違反として扱われてしまう。

 日本のドーピング違反事例(ドーピング防止規律パネル決定報告)の多くは,治療としての薬物使用を証明するTUE(Therapeutic Use Exemption;治療使用特例)という申告をしていなかったために違反とされる,いわゆる「うっかりドーピング」だ。これらの違反事例で見逃せないのは,薬剤選択に際して,受診,処方,投薬,あるいは薬剤購入のいずれの過程においても,選手はもちろんのこと,医療者側にもアンチ・ドーピングの意識や情報が欠如していたことである。

 この問題を解決するには,選手・医療者,ひいては社会全体へのアンチ・ドーピングに関する適切な情報提供と教育啓発が重要なポイントとなる。その活動の一助として2009年に誕生したのが,日本アンチ・ドーピング機構(JADA)が認定する「公認スポーツファーマシスト制度」である。公認スポーツファーマシストとは,「最新のドーピング防止規則に関する正確な情報・知識を持ち,競技者を含めたスポーツ愛好家などに対し,薬の正しい使い方の指導,薬に関する健康教育などの普及・啓発を行い,スポーツにおけるドーピングを防止することを主な活動とする」と定義されている。

 さらに,選手はもちろんのこと,選手の診療を担当する医療者も,自らが情報を収集する努力が求められる。医薬品使用に当たって,ドーピング禁止物質の有無を確認する際,医療者にもぜひ活用いただきたいのは,JADAのWeb検索サイト,Global DRO JAPAN(Global Drug Reference Online)である。サイトから製品名や成分名を入力すると検索が可能であるが,該当品目がない場合は,必ずしも「使用可能」ではないことに留意しなければならない。結果が得られない場合は,スポーツファーマシストや各都道府県薬剤師会の情報センターに確認をしていただきたい。

 スポーツ領域における適切な薬物治療の一つとして,アンチ・ドーピング規程があり,医療者もその遵守が求められることを記憶に留め診療に従事し,スポーツ選手をサポートしていただければ幸いである。


笠師 久美子
1981年北海道薬科大薬学部卒。道内民間病院での勤務を経て,2007年より現職。89年日本整形外科スポーツ医学会事務局勤務を機にスポーツ領域での活動に参画。日本水泳連盟スポーツ医・科学委員を経て,現在は日本自転車競技連盟などのアンチ・ドーピング委員,日本オリンピック委員会強化スタッフ(医・科学)として活動している。

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