国際医療協力活動で生まれた,人材育成・研究の新たな形(小原博)
寄稿
2015.03.30
【寄稿】
国際医療協力活動で生まれた,人材育成・研究の新たな形
小原 博(国立国際医療研究センター国際医療協力局連携協力部連携推進課長)
国立国際医療研究センター(以下,NCGM)では,1980年代からアジア,中南米,アフリカなどの開発途上国を対象に,政府開発援助に基づく医療協力活動を実施し,それらの国の保健,医療,人材育成に数々の貢献をしてきました。過去に保健医療プロジェクトを長期間実施した保健医療施設との間には良好な関係が構築されています。
NCGMではそうした保健医療施設,または行政機関と協定を結び,これらを「海外拠点」と位置付け,当該国で問題になっている疾患の研究,人材交流・育成を行うという独自の協力体制へと発展させてきました。2015年2月執筆時点,NCGMは6つの海外拠点(ベトナム:国立バックマイ病院,チョーライ病院,カンボジア:国立母子保健センター,ラオス:パスツール研究所,ネパール:トリブバン大医学部,ミャンマー:保健省保健局)を有しています。本稿では,2つの拠点での筆者の経験を通して,NCGMが進める活動の様子と,他国で築いた協力体制について紹介します。
“世界最貧国”の地で固めた,医療の基盤と信頼関係
ベトナム・ハノイ市にある国立バックマイ病院は1911年の設立以来,ベトナム北部の中核病院として機能してきた医療機関でした。しかし,1970年代半ばまで続いたベトナム戦争では4回の爆撃を受け,さらにその後の混迷を極めた経済状況により,同院の機能は荒廃し,医療機関としての役割を果たせない事態に陥りました。
こうした背景から,日本政府は同院に対する無償資金協力および技術協力プロジェクトの実施を決定。筆者は調査段階から,病院関係者や保健省の方々と本プロジェクトについて協議を行いました。技術協力プロジェクト(バックマイ病院プロジェクト;2000-05年)が本格的に始動となった2000年,筆者は初代のチーフアドバイザーとして派遣されることになりました。そしてNCGMから派遣された他の医師,看護師,検査技師などの専門家と共に,病院管理,臨床医学,看護管理,検査室管理,地方病院の指導など,多方面にわたる領域の技術指導を実施しました。
現地の医療者はというと,清潔操作,患者との接し方,身体所見の取り方,検査機器の精度管理など基本的な技術が身についておらず,それらを学習する機会も乏しい状況にありました。また,医療者も含めて人々の表情は堅く,外国人に対して警戒感を持っていることを感じさせました。ベトナムは長い間,先進資本主義諸国との交流が途絶え,世界最貧国の一つに数えられていた国。その環境が彼らをそうさせてしまったのかもしれません。
そこでわれわれは,まずは信頼関係の構築を最優先に取り掛かりました。そのためには現地の言語で会話することが重要だと,必死にベトナム語を勉強したことは今でも思い出されます。意思の疎通が図れるようになると,やはり指導も仕事の進捗もスムーズになり,次第に信頼関係が構築されていくことを実感するようになりました。忙しい毎日ではありましたが,現地のスタッフと共に国民の医療のために行う共同作業は,充実感を伴うものでした。
同院の機能は短期間に著しく向上し,昨今ではベトナムの医療と人材育成に多大な貢献を果たす施設となっています。2003年のSARS流行の際も,同院は徹底した感染対策を実施することで,世界に先駆けてSARSの制圧を達成しています。その際,筆者も保健省やバックマイ病院関係者とこの恐怖の感染症に立ち向かったのですが,先のプロジェクトで築いた技術と信頼関係が基盤となっており,協力も得やすかったと感じました。
2005年8月,NCGMと同院との間で協定が締結され,同院はNCGMにとって最初の海外拠点となっています。2010年には協定が更新され,同院内に拠点オフィスや共同研究室を持つなど,協力関係が続いています。現在,同院が基軸となって,同じハノイ市にある国立熱帯病病院,国立結核胸部疾患病院などの協力を得ながら,感染症(特にHIV/AIDS,結核,院内感染対策)や生活習慣病などに関する11の共同研究に着手しています。この研究は,現地のベトナム人医師らへの技術指導という面だけでなく,NCGMに属する若手医師や看護師の研修に活用されるなど,国をまたいだ人材育成の場としても機能しているのです。
16年にわたるプロジェクトを締めくくって
従来,ネパールでは,医学教育のほぼ全てを他国に依存しており,また医療従事者の数も著しく少ない状況にありました。しかし,ネパール国内で「保健医療を向上させるためには医師の絶対数の確保が必要」という認識が高まり,日本政府に対して医科大学設立を要請。そしてプロジェクトが開始されることになりました。
本プロジェクトも,先に挙げた例と同様,無償資金協力および技術協力の形で実施(ネパール王国医学教育プロジェクト;1980-96年)。プロジェクトの骨子には,“ネパール国内初の医学部”としてトリブバン大医学部(附属病院,看護学校を含む)を設立し,それをネパールにおける医学教育・保健医療の中核として整備・強化することが据えられました。
筆者は16年にわたる本プロジェクトの最後のチームリーダーとして,1994-96年まで派遣され,プロジェクトの仕上げの部分にかかわりました。筆者にとって初めての海外長期派遣ということもあって力も入りましたし,これまで多くの人の努力で築き上げてきたプロジェクトを成功裏に終え,ネパール側の現地の人々の手で維持,発展できるよう引き渡したいという思いも強くありました。
最終段階で特に重点を置いたのは,卒後研修管理,看護管理,検査室管理,機材管理など,管理体制の強化に直結する技術指導です。当初,最先端の医療技術など華やかな面に興味を持つものの,管理能力強化という地道な活動を軽視する医師は少なからず存在しました。しかし,時間をかけながら重要性を浸透させていくことで,技術指導も順調に進めることができました。
1996年,無事にプロジェクトは終了したものの,そのころからネパールは政情の不安定な時期を迎え,内乱が起こり,王政から連邦共和制へと取って代わるという事態まで発生しました。不安定な状態は10年以上にもわたり,ネパールの経済に深刻な影響を及ぼし,医療も少なからず打撃を受けたようです。ただ,そうした環境下にあっても,トリブバン大医学部は,ネパールにおける最も重要な医育,保健医療,研究機関として,国の医療を支える役目を果たしました。
政情が安定してきた近年になって,NCGMとの間で再び良好な関係が復活しています。2013年1月には,NCGMと同大医学部で,研究,人材育成に関する協力協定を結びました。以降,この協定に基づき,感染症(特に多剤耐性菌,院内感染対策,マラリア対策),生活習慣病に関する共同研究,人材育成など,NCGMはネパールの保健医療の向上をめざした独自の活動を展開しています。
技術協力プロジェクトの成果を活用し,新たな協力へ
本稿で述べた医療施設は,両者ともに国を代表する施設として機能し,国民からも高い信頼を獲得しています。プロジェクトを通じて育った現地の人材は,国の中心地だけでなく,各地に広がり,指導的役割に回るようにもなっていると聞いています。筆者としては,プロジェクトの一時期でも現地の医療者らと共に努力できた達成感を得ただけでなく,そこで生まれた信頼関係が今日まで持続し,「海外拠点」という新たな形での協力関係に発展したことに大きな喜びを感じています。
筆者は,先述した海外拠点において,院内感染対策やマラリア対策の共同研究などを一貫して継続してきました。海外拠点とNCGMとの協力体制は軌道に乗っており,今,感染症や生活習慣病の研究において数々の成果が出始めているところです。国際学会での発表,国際誌への論文発表なども行われるまでに至っています。今後も国際医療協力活動を通して築かれた協力体制を基に,当該国と日本,双方にとって有益な成果を得ることのできる活動が行えるだろうと期待を持っています。
写真 バックマイ病院における院内感染対策の研究発表会の様子。市内病院の院内感染対策管理者を交え,実情調査や耐性菌に関する研究成果を発表した。 |
小原博氏
1978年弘前大医学部卒。82年東大大学院医学系研究科博士課程修了(内科学)。埼玉医大助教授を経て,93年より国立国際医療センター国際医療協力局。2014年より現職。長崎大客員教授兼務。NCGMでの活動を通してベトナム,ネパール,ミャンマーなど,途上国における感染症対策や,病院を核とした地域医療,医学教育に従事。03年のSARS流行時にベトナム・中国でSARS対策に従事したことが評価され,「第16回人事院総裁賞」受賞。
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