認知症の人の暮らしを支える“地域発”の統合ケアを探る(粟田主一,河村雅明,滝脇憲,武地一)
対談・座談会
2015.02.16
【座談会】
認知症の人の暮らしを支える“地域発”の統合ケアを探る
粟田 主一氏(東京都健康長寿医療センター研究所 自立促進と介護予防研究チーム 研究部長)=司会
河村 雅明氏(河村内科院長/東京都北区医師会副会長)
滝脇 憲氏(NPO法人自立支援センター ふるさとの会常務理事)
武地 一氏(京都大学医学部附属病院 神経内科講師)
「認知症の人の意思が尊重され,できる限り住み慣れた地域のよい環境で自分らしく暮らし続けることができる社会の実現を目指す」――。本年1月末,厚労省が示した国の認知症施策推進総合戦略(新オレンジプラン)では,認知症者に対する施策の基本方針がそのように位置付けられた。団塊の世代がいっせいに後期高齢者となる2025年,認知症者は約700万人にも達するという。今,地域において,医療・介護などの各種サービスやサポートの統合ケアの仕組みを作り出すことが喫緊の課題となっている。
すでに国内では先駆的な試みも見られる。そうした地域ではどのような背景をもとに仕組みづくりが進んだのだろうか。本座談会では,認知症総合支援体制構築に関する政策研究を進めてきた粟田氏を司会に,東京都北区で「高齢者あんしんセンターサポート医」事業の創設に携わった河村氏,新しい形で住まいの確保と生活支援を提案するNPO法人自立支援センターふるさとの会の滝脇氏,京都認知症総合対策推進計画「京都式オレンジプラン」策定主要メンバーである武地氏を招き,3地域で実践される“地域発”の統合ケアを探る。
粟田 認知症の人と家族が,住み慣れた地域のよい環境で自分らしく暮らすことのできる社会を作っていくためには,認知症の人が暮らせる住まいと権利擁護の諸制度の整備を前提に,認知症に対応できる医療・介護サービスや,地域のサポートを統合的に提供できる地域連携体制の構築が必要です。認知症の人の暮らしを支える地域包括ケアシステムの確立が求められている,そう言い換えることもできるでしょう。こうした社会を作っていくためには,各地域で,地域にある社会資源の実情に応じ,地域が一体となって最適な地域連携体制を模索していかねばなりません。
本日は,各地で“地域発”の活動の一翼を担うお三方に集まっていただきました。アプローチこそ大きく異なるものの,行政主導ではなく,地域に住む人々のニーズを基にして動き出し,ボトムアップ型に行政をも動かしたという点で共通しています。その活動と背景について伺い,底流にあるものを探っていこうと考えています。
地域包括支援センターと医師が協働
粟田 初めに東京都北区の「高齢者あんしんセンターサポート医」事業について,河村先生にご紹介いただきましょう。
河村 人口33万人が住む北区は,高齢化率25%で,その半分は後期高齢者に当たるという,東京都23区内でも後期高齢者の割合が高い区です。赤羽台団地と桐ケ丘団地といった団地群の存在に象徴されるように,高度経済成長期のころに地方から移り住んだ方が多い町で,高齢化が進んでいます。地縁・血縁が薄く,夫婦のどちらかに先立たれて孤立している人も多く,中には認知症を見過ごされているケースも少なくありません。
以前より,こうした実態を地域包括支援センター職員から聞いてはいたものの,直接関与するための方法がありませんでした。しかし,11年に私自身が「認知症サポート医」研修を修了し,地域に資する活用方法を求めていたこともあり,認知症高齢者に対する支援体制づくりを,北区に設置された「長生きするなら北区が一番」専門研究会で提案しました。
粟田 それが「高齢者あんしんセンターサポート医」事業の原案になるものだったわけですね。
河村 ええ。地域の医師会所属医師として参加した私と,研究会の区外の学識研究者や北区職員などのメンバーでの議論を経て,一人暮らしの高齢者が医療や介護サービスにつながっていない状況の改善や,医療依存度の高い高齢者の退院支援の充実を図ろうというコンセンサスが得られた。それで12年に北区独自の制度として,認知症サポート医かつ在宅診療を行う医師を,北区の「非常勤職員」として基幹の地域包括支援センターに配置するという体制が整えられました。
これまでは,地域で認知症の疑いがあり,かつ医療・介護支援が必要な方をセンターの職員が把握しても,医師への受診が遅れ,早期からの支援が行き届きませんでした。しかし,本事業が開始されたことで,職員が医師に対し,地域の高齢者に関する医療相談や,当該の方への同行訪問を依頼でき,スムーズに適切な支援を届けることが可能になりました(図1)。
図1 東京都北区の「高齢者あんしんセンターサポート医」事業のイメージ(クリックで拡大) |
*北区では,地域包括支援センターを「高齢者あんしんセンター」と呼称している。 |
粟田 類似した取り組み自体はあるかもしれませんが,こうした取り組みを行政の事業として組み込んでいる例は珍しいと思います。
河村 行政による制度化は,当初から必要と考えていましたね。その上で,認知症サポート医を地域包括支援センターの非常勤職員とし,学校医と同程度の報酬をつける点も強く要請したことでした。というのも,制度化するからこそ取り組みを持続可能性のあるものにしますし,報酬をつけることで担当者に責任感を生じさせます。また,サポート医が「北区職員」を名乗れることも重要で,住民の生活領域への介入が格段に行いやすくなり,活動していく上でもメリットになりました。
認知症は診察室での実感よりはるかに多かった
河村 実際にサポート医として同行訪問するようになって感じるのは,介護保険認定申請のための主治医意見書や,介護保険利用に際しての契約や施設入退所手続き,財産管理などを行うための成年後見制度審判請求に求められる診断書・鑑定書の作成を,“すぐさま必要とする”という患者さんが地域内にいかに多いかということです。自分が想定していた以上に地域に潜在する認知症の方は多く,驚いたほどでした。ただ,それは同時に,本事業の必要性を示す結果であり,本事業が地域の認知症ケアの質向上に資すると実感することにもつながりましたね。
事業には副次的な効果もあって,行政と地域の医療・介護関連職種の関係性を深めることにもつながったと思います。立ち上げ・運営での連携をきっかけに,現在では地域での多職種連携の勉強会も開催されるようになりました。行政と医療・介護の現場との良好な情報共有・連携に,一定の役割を果たしたのではないかと考えています。
粟田 このスタイルの事業は他地域においても導入をイメージしやすいと思うのですが,もし他地域が北区の取り組みをまねるとしたら,何が大事になると思われますか。
河村 この事業を担う地域の医師にどれほどの「志」があるか,それが仕組みに落としこむ上では問われる部分なのだと思います。医師たちの間では認知症への関心が高いとは言いづらいのが現状です。また,事業開始に当たっても,労力は掛かりますし,自分の医療機関に対する経済的なメリットは必ずしも大きいわけではありませんから。
しかし,今後,高齢化が進んでいく中では,診察室に通うことのできる患者さんそのものが減ってくると予想されます。これは認知症が見過ごされてしまい,医療・介護にアクセスできない方が増える恐れがあるとも換言できる。こうした事態を防ぐためにも,診察室だけでなく,地域で認知症に対するケアを充実させる意義を医師たちも共有する必要があります。
置き去りにされてきた低所得・単身の認知症高齢者
粟田 経済的困窮・単身の認知症高齢者の孤立化は社会的な問題になっており,彼らへ適切な支援を届ける体制が今,求められています。そうした方々に対し,生活基盤となる住まいを確保し,身の回りの世話を行うという支援を行っているのが,NPO法人自立支援センターふるさとの会です。
滝脇 ふるさとの会は,もともとは東京都台東区・荒川区にまたがる山谷地域で,生活が困難な単身困窮者を支援する団体として発足した会です。路上生活者への支援が事業の中心でした。
しかし,認知症がわれわれの活動を進める上でも無関係ではなくなってきました。というのも,現在,都内台東区・墨田区・荒川区・豊島区・新宿区で,地域生活支援センター,無料低額宿泊所,自立援助ホーム,都市型軽費老人ホームなど33か所の事業所を展開し,支援対象者は約1200人を数えますが,実にその7割近くが高齢者で,介護が必要な認知症高齢者も数多くいるのです。
粟田 単身の認知症高齢者に「低所得」という条件が加わると,これまでは彼らを受け入れることのできる公的サービスが“なかった”,そう言っても過言ではありません。サービス付き高齢者向け住宅の展開こそ各地で見られていますが,そこに入ることのできない低所得者層向けの住まいや生活の問題は置き去りになってきました。
その問題を世に知らしめたのが,09年,群馬県にあった「静養ホームたまゆら」という高齢者入居施設の火災事故でしょう。都内に住んでいた身寄りのない高齢の生活保護受給者が,行政の紹介によって群馬県の施設に入所していた事実も明らかとなったことで,既存の制度には「都市部において住宅確保が困難な低所得高齢者」の受け皿がないという問題を顕在化させました。
その極めて難しい課題に応答する取り組みとして,私はふるさとの会の活動に注目しているんです。
滝脇 公的なサービスの対象から漏れた方々は,無届けで運営する施設や,「貧困ビジネス」と称されるようなサービスに頼るしかなかった。むしろ,それらだけが受け皿を担ってきたという現実すらあるわけですよね。
しかし,ケア付きの施設に入れればいいというわけではない。その地域に根付いた,総合的な暮らしの環境づくりこそが支援の上では大事なポイントなのです。そこでふるさとの会では,地域の空き家を活用しながら,生活保護費の基準内で在宅生活を支え,そして暮らし方の支援まで行う取り組みを展開しています。
住まいの確保と,住まい方の支援を届ける
滝脇 最近,都市部ではアパート・マンションをはじめ,空き家が増加しているんです。しかし,お金のない単身の高齢者,しかも認知症まで抱える人となると,希望しても家主・不動産事業者側がなかなか貸してくれません。入居させることで家賃滞納や近隣住民とのトラブル,孤独死だって生じかねない,皆さん,そう考えるからです。
ただ家主・不動産事業者側も空き家の状態が続けば,家賃収入がなく,住宅管理に困るし,空き家を放置することで治安上の心配もあります。つまり,「家を借りたいけど,借りられない人」「貸せる家はあるけど,事情があって貸さない人」というアンマッチの構造が地域には存在しているわけです。
ふるさとの会はその状況に着目し,住まいを提供していただければ,当会の関連会社を通じて家賃の債務保証をし,また,職員が常駐・巡回することで近隣住民とのトラブル対応などを行う。そして,安否確認・サービス利用の手助けの他,支援を受ける人同士がかかわり合う居場所や,地域住民とのかかわりを生む機会も提供するという取り組みを考案し,開始しています(図2)。住まいの確保と,言わば「地域での住まい方」の支援も一体的に提供するということです。
図2 ふるさとの会による住まいの確保と,住まい方の支援のイメージ |
高齢者住宅財団『低所得・低資産高齢者の住まいと生活支援のあり方に関する調査研究』報告書(2014)18ページ,図「事業に取り組む主体の関係性」を一部改編して掲載 |
一連の仕組みは住居を求める側,家主・不動産事業者側の双方にメリットをもたらすとの理解を得て,現在,私たちはもともと空き家だったところを職員が常駐する宿泊所に変えるなどして,認知症や障害で介護や介助が必要な方々約300人を支援しています。なお,この取り組みは必要な費用も限られ,寄付と入居者の生活保護費の一部,入居者への対人的な対応などの管理にかかわる費用を家主・不動産事業者側に一部負担してもらうことで,運営資金を賄うことができています。
河村 低所得で単身の認知症高齢者を在宅で支えるのは,正直,厳しさも感じていた部分でした。地価の高い都市部では介護施設の増設も難しいことを考えると,こうした取り組みは一つの解決策になり得ますね。
武地 医療・介護・福祉の財源に限界が見えている中,新たな公費の支出を求めないという点にも驚きます。費用も資源も新たなものを...
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