学生でもできる尤度比活用診断術(佐藤崇翔,野田和敬,生坂政臣)
寄稿
2015.02.09
【投稿】
これで君も“ドクターG”!?
学生でもできる尤度比活用診断術
佐藤 崇翔(千葉大学医学部6年)
野田 和敬(千葉大学医学部附属病院総合診療部)=指導医
生坂 政臣(千葉大学医学部附属病院総合診療部)=監修
早速ですが,次の症例を考えてみましょう!
21歳の男性。腹痛および悪心・嘔吐を訴え,夜間に救急受診した。
本日夕方ころより悪心・嘔吐が出現し,その後心窩部痛が出現した。軟便あり。以前に同様の痛みを認めたことがある。 BT 37.4℃,BP 126/88 mmHg,PR 84 bpm・整,RR 16/分,SpO2 98%(r.a.)。腹部全体にBlumberg徴候(+)および筋性防御(+)を認める。その他身体所見で異常は認めない。血液所見:Hb 15.1 g/dL,Plt 28万/μL,WBC 8800/μL,CRP 1.2 mg/dL |
担当した研修医は「若年男性の心窩部痛と嘔吐か~。熱は高くないけど腹膜刺激症状もあるし,なによりCRPが上がっている。急性虫垂炎かな」とぶつぶつ言い,「これは虫垂炎という病気の可能性が高いです。おそらくこれから右下腹部痛が起こるでしょう。早く見つかって良かったね。手術ですぐ治りますから」と説明。指導医call後,エコーの準備を開始した。
指導医が来ると早速コンサルト。「若年男性の急性の心窩部痛および嘔吐です。いやぁ~,心窩部痛が急性虫垂炎の初期症状の場合もあるって勉強したばっかりなんですよ。僕も成長しましたね。あははは」。研修医が詳細な病歴を話すと,指導医の表情が一変。「虫垂炎じゃないだろ!」――。
診断するためには何が必要なの?
この患者,実は僕です! 国試的には,若い男性+腹痛+Blumberg徴候+炎症所見⇒急性虫垂炎みたいなところがありますよね。僕も少しは勉強をしていたので,「虫垂炎か!?」と思っていました。覚悟していたけど,手術が必要って言われたときは,超ビビリました。尿道にカテ入れられるのは嫌だ~って泣きそうでしたよ。
そこで指導医の先生がCTも撮らず,ましてやエコーも見ずに虫垂炎をきっぱり否定したことにはびっくり。念のため腹部エコーはやっていただけましたが,結局その日は帰ることに。「とりあえず家で様子をみなさい」と言われ,半信半疑のまま帰宅。「教科書的には症状がそろっているし,やっぱり虫垂炎じゃないの?」と。
そして次の日……ケロッと治りました! これには本当にびっくり! これがいわゆる経験則ってやつ? 教科書レベルには載っていない所見をとられていた? WBC上昇や右下腹部痛がないから? 手術が面倒だったから!?(すいません,嘘です)。
当時医学部3年生だった僕は教科書,インターネット,研修医本,専門書を読みあさるも答えは出ず。ただ,たくさんの本を読んで感じたのは,教科書に書いてある知識を詰め込むだけではダメで,診断するためには違う「なにか」があることを知ったのです。かといって「経験だよ」と言われたら勉強しようがありません。
そのとき思ったのが,「何をもって診断なのだろう?」ということ。そして,「相反する所見が得られてしまったら何を信じればいいんだろう?」という疑問が浮かびました。診断への興味が湧いた瞬間でもありますが,そんなときに出会ったのが,尤度比(LR:likelihood ratio)の考え方。この尤度比は,ちょっとオーバーに言うなら,診断のEBMといったところでしょうか!?
尤度比から簡単に診断へたどりつける!?
では,ここで表を参照し,“急性虫垂炎らしさ”について一緒に検討してみましょう。最初はゆっくりでいいと思います。
表 急性虫垂炎に関連する病歴・身体所見の尤度比 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||
|
||||||||||||||||||||||||||||||||||||
NS:not significant *尤度比は感度・特異度から算出 |
まず,痛みの移動はありませんね。LR(-)は0.5。この数値自体の意味は置いておき,ここではとりあえず1より大きいほど疾患の確率を上げ,1より小さいほど(0に近いほど)疾患の確率を下げるということだけを覚えておいてください。尤度比が1に近いほど疾患の確率変動は微小になります。
では本題に戻ります。次に,嘔吐に先行する痛みではありません。嘔吐⇒腹痛の順番でした。ここで尤度比を見ると,なんとLR(-)が0のため,急性虫垂炎はほぼ除外!! 終了! これはびっくりですね~。そうです。指導医がすぐに急性虫垂炎ではないと判断した根拠の1つには,これがあったと考えられます。
信用なりませんか? 他の所見も含めて検討してみましょう。
●右下腹部痛:LR(-)で控えめにみて0.28
●以前に同様の痛みなし:痛みがあるのでLR(-)で0.32
●発熱(>37.7℃):NSで役に立たず
●反跳痛:LR(+)で1.99
●筋性防御:LR(+)で1.7
●WBC>10,000/μL:LR(-)で0.26
●CRP>1.0 mg/dL:LR(+)で2.0
尤度比は連続積算も使える(正しくは独立性の検証が必要ですが……詳細は成書をご参照ください)ので,嘔吐が先行している病歴を除いて概算しても0.5×0.3×0.3×2×1.5×0.25×2≒0.07(数値はある程度,簡略化して計算)で,やはりかなり否定的だということがわかると思います。
尤度比を活用して,とるべき所見が明確に
その後,指導医による腹部エコーでも陰性だったため,急性虫垂炎はさらに考えにくいことが数学的にわかります。若い男性の急性腹症における急性虫垂炎の有病率は4-30%5,6)。事前確率を高めの30%と見積もり,尤度比を用いて事後確率を計算しても約0.5%です(この計算方法も成書をご覧ください)。
この数字を見れば「一応CT撮ろうか」という気持ちにはならないでしょう。確率が少しでも残っているなら行うべきだと思うかもしれませんが,今回の症例において1人を見つけるために約200人を被曝させる(&コストもかかる!)のは,最良とは言えないと思います。また,仮に今回CTで陽性だったとしても,確率は約10%までにしか上昇しません。ここから,尤度比を用いれば,「問診と身体診察は画像検査にも劣らない」ということが納得できるのではないでしょうか?
さらに尤度比の素晴らしいところは,どの所見をとれば良いのかが明確になることです。つまり,ポイントを押さえた病歴・身体所見をとることが可能になります。
所見の独立性など,考えるべきところはまだまだありますが,具体的な計算方法を知りたい,尤度比に興味が出たという方,筆者までぜひお便りください(アドレス:g.5305244@gmail.com;メールを送る際,@は小文字にしてご記入ください)。ご要望があれば,また登場したいと思います。
◆“ドクターG”からのコメント尤度比だけでもかなり診断に迫ることができましたね。ただし指導医には別の直感が働いています。Blumberg徴候や筋性防御が見られる割には重症感に乏しかったので,これら腹膜刺激症状を外して判断したのです。いわゆる“eye-ball”diagnosisですね。数値化しにくいので学生さんには難しい判断ですが,病態を考えればかなりのところまで迫ることができます。つまり,虫垂炎で腹膜炎を起こしていれば,痛みは関連痛である心窩部ではなく,体性痛である右下腹部に移動しているはずなので,このケースの腹膜刺激症状は虫垂炎によるものではないとわかりますね。病態生理と尤度比を駆使すれば,初学者でも熟練医の診断に迫ることは不可能ではないと思いますよ。 生坂政臣(千葉大学医学部附属病院総合診療部部長) |
◆参考文献
1)Br J Surg. 2004[PMID:14716790]
2)Am J Surg. 1976[PMID:1251963]
3)JAMA. 1996[PMID:8918857]
4)Radiology. 2006[PMID:16928974]
5)Scand J Gastroenterol.1994[PMID:7973431]
6)Am J Surg.1976[PMID:1251963]
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