医学界新聞

対談・座談会

2015.01.19



【対談】

地域型スポーツが健康を創る
「スポーツ」×「医療」
2020年東京オリンピックに向けて
為末 大氏(アスリートソサエティ代表理事)
小林 裕幸氏(筑波大学附属病院水戸地域医療教育センター総合診療科教授)


 2020年東京オリンピック開催まであと6年を切った。開催の5年後,日本は「2025年問題」と言われる,世界にも例がない高齢化率30%の時代を迎える。国際オリンピック委員会(IOC)が,オリンピック・レガシー(長期にわたる,特にポジティブな影響)を開催国に残すことを推進する中,オリンピックは何を創り出し,その先,日本は何を残していかなければならないのか。スポーツを活用したヘルスケアの向上について,実践を通じて模索する為末大氏と,日々の診療の傍らスポーツドクターとしてオリンピックに帯同してきた小林裕幸氏が,スポーツが創る健康な地域コミュニティの可能性について語った。


小林 為末さんはソーシャルメディアなどを通じて,スポーツとヘルスケアのかかわりについて積極的に発信されていますね。

為末 はい,超高齢社会の進行や,医療費の膨張など,社会の問題をどうやって解決するか,スポーツを手段として社会に貢献したいという思いを強く持っています。

小林 私が,スポーツを切り口とした健康へのかかわりに関心を持ったのは,米国で家庭医療を学んでからです。米国では野球やアメフトのチームに帯同するドクターが整形外科医とは限りません。広い領域を診られる家庭医が,ケガの対処だけでなく予防の観点から体調管理全般をサポートしています。そのことを知り,医師としてスポーツにかかわるようになりました。

 トップアスリートだった為末さんが,スポーツが担う役割を考えるようになったきっかけは?

為末 20代前半のころ,海外遠征でオランダのデン・ハーグという街に滞在したときのことです。70-80歳ぐらいの方が,ペタンクという,鉄球を投げるカーリングのようなゲームをしているのを見ました。その横では子どもたちがサッカーをしている。どちらもプレーが終わると,おばあちゃんが孫と手をつないで帰っていったのです。

小林 子どもから高齢者まで,年齢を問わない「生涯スポーツ」の姿がそこにあったわけですね。

為末 この光景は,当時「スポーツはチャンピオンになるためにある」としか思っていなかった僕の中のスポーツ観に,すごく大きなインパクトを与えました。

小林 米国のドクターも,当直明けにもかかわらずストリートバスケをやるなどスポーツ好きでした。ケガしそうなくらい熱中してしまって(笑)。

為末 欧米では,日常の中でスポーツを“楽しむ”という文化が,市民活動のように根付いていますよね。

小林 日本でスポーツと言うと学校体育があり,教育的要素が強いように思います。部活動も学校単位の勝利が求められ,どこか「真面目に取り組むもの」という印象があります。

為末 部活動は広くスポーツ文化に触れる機会を与える意味で,優れた仕組みです。一方でどうしても真面目になりすぎてしまう。また,現在では少子化の影響で部活動が成り立たない学校も増えてきています。

小林 特に地方や過疎の地域ではそれが顕著ではないですか。

為末 そうなんです。子どもたちに駆けっこを教えに地方の小中学校へ行くと,全校で200人を切っている学校もけっこうあります。そこで,部活動と並行して「地域型スポーツ」を充実させる必要があると考えています。それも,エリアや世代を越えて,人々が生涯にわたってスポーツを楽しめる場を作りたいのです。

スポーツを“言い訳”にして緩やかにつながる場を

小林 地域型スポーツの魅力はどのような点にありますか。

為末 子どもたちにとって,自分の“将来の姿”が目の前で運動しているのが見えることです。

小林 高齢者が運動する姿が,年を取った自分の姿と重なるわけですね。

為末 ええ。僕自身,部活動をしているときは10年後の自分がどうなっているかなんて,「知ったこっちゃない」という感じでした。でも,60歳,70歳になってもスポーツを楽しみ人生を謳歌している人の姿が見えれば,「自分の健康な将来は自分の地域で創っていく」という動機付けになる。将来にわたり健康がもたらされれば,きっと人々の幸福度は上がるでしょう。

小林 周りで応援する人,お茶を入れる人なども集まれば,コミュニティも広がりますね。

為末 地域コミュニティを創ることで,人々に新しい役割や活動の場を与えたいというのも理由の一つです。中学時代の恩師は,広島でランニングクラブを作り,校長を務める傍ら子どもたちに陸上を教えています。その先生は,「地域の存在が,多感な時期の子どもたちの“逃げ場”や“クッション”の役割を果たす」と言うのです。

小林 学校や職場,家庭の他にもう一つ「地域」があるというのは,そこに暮らすあらゆる年代の人々の「セーフティーネット」にもなります。少子高齢化や核家族化で人とのつながりが希薄になりつつある今,まさに必要な地域社会の枠組みの一つだと思います。

為末 スポーツを“言い訳”に,何か緩やかにつながる場所を作っていけたらいいなと思います。そしてヘルスケアに貢献し,社会の課題解決に一役買う。そんな成熟したスポーツ文化を,2020年に向けたムーブメントとして育てていきたいと考えています。

コミュニティの存在が運動するインセンティブに

小林 私は今,子どもの肥満増加が気になっています。昔であれば,外で野球やサッカー,鬼ごっこをして走り回って遊ぶことが多かったのですが,それが今やゲームやスマホの普及により,体を動かす機会が少なくなっているように思うのです。

為末 ゲームやスマホは,子どもの姿勢にも影響が出ていると僕も懸念しています。子ども向けの陸上教室を開催すると,顎が出て,頭が前に落ちた状態で走る子がすごく増えています。

小林 若年での腰痛や肩こり,ストレートネックなどの悪影響が心配ですね。身体に痛みが出ることで,運動からも離れてしまい,その結果,将来的に肥満やロコモティブシンドロームへとつながりかねません。

為末 正しい姿勢で,立つ,歩く,走る。これらは生涯幸せに生きる上での基本動作で,陸上経験者としてサポートできる領域です。小学生のころから身体を動かすことの楽しさを学び,大人になっても続けられるような場が地域には必要とされています。

小林 運動習慣のない人も,スポーツの楽しさを知ることでコミュニティに加わる機会が...

この記事はログインすると全文を読むことができます。
医学書院IDをお持ちでない方は医学書院IDを取得(無料)ください。

開く

医学書院IDの登録設定により、
更新通知をメールで受け取れます。

医学界新聞公式SNS

  • Facebook