医学界新聞

連載

2015.01.12



Dialog & Diagnosis

グローバル・ヘルスの現場で活躍するClinician-Educatorと共に,実践的な診断学を学びましょう。

■第1話:抗菌薬が効かない市中肺炎?

青柳 有紀(Clinical Assistant Professor of Medicine, Geisel School of Medicine at Dartmouth/Human Resources for Health Program in Rwanda)


 はじめまして。今回から連載を担当させていただく青柳有紀です。現在はアフリカ中部にあるルワンダ共和国で現地の研修医と医学生を教えています。専門は一般内科,感染症,予防医学です。これまでに,日本,アメリカ,そしてアフリカで医師として働いてきました。その中で出合ったいくつかの教育的な症例を題材に,みなさんに学びの機会を提供できればと思います。

[症例] 73歳男性。主訴:発熱,咳嗽。特記すべき既往歴なし。1週間ほど前から喀痰排出を伴う咳嗽が出現し,徐々に悪化した。熱っぽい感じもしたため,翌々日に近医を受診すると,担当医からレボフロキサシンを処方された。以後,薬の服用を続けたものの,症状は改善せず,膿性の喀痰排出と呼吸苦が増悪したことから受診。来院時のバイタルは体温38.4℃,血圧128/77 mmHg,心拍数97/分,呼吸数22/分,SpO292%(room air)。胸部聴診で右中-下肺野にかけてクラックルを聴取した。胸部X線写真では,右肺下葉に広範な浸潤影を認めた。

あなたの鑑別診断は?

 皆さんはこの症例についてどう思うでしょうか? 適切な治療のためには,適切な診断が必要で,だからこそ臨床医は,患者の主訴を聞いたその瞬間から,頭の中で鑑別診断を組み立て始めます。皆さんの鑑別診断の一番上あたりには,おそらく肺炎が挙がっているのではないでしょうか。でも何だか「変な感じ」がしますね。

 患者さんはこの病院に来る以前に,近医を受診しています。そして,そこで抗菌薬を処方されています。レボフロキサシンは,いわゆるキノロン系抗菌薬で,大変広いスペクトラムを有しています。肺炎球菌や他のレンサ球菌属をはじめ,メチシリン感受性黄色ブドウ球菌,モラクセラ・カタラーリス,インフルエンザ桿菌などのグラム陰性桿菌,嫌気性菌の一部,結核菌,それにマイコプラズマやクラミドフィラ属,レジオネラ菌といった,いわゆる非定型肺炎の起因菌もカバーします。おまけにキノロン系のbioavailability(生物学的利用能)は非常に高いので,経口処方でも静注と遜色ない血中濃度を維持することができます。それなのに,なぜこの患者さんはレボフロキサシンの服用中に顕著な呼吸器症状の悪化を見たのでしょうか。本当に患者さんはレボフロキサシンを服用していたのでしょうか。

 肺炎の原因となっている病原体がウイルスであるという可能性は,考慮してみるべきでしょう。特にインフルエンザによる肺炎は,65歳以上の高齢者や2歳未満の小児では重篤化することがあります。でも,どうやら今は季節性インフルエンザの時期ではないようです。ほかにも,パラインフルエンザウイルスやRSウイルス,アデノウイルスなども考慮されるかもしれません。ハンタウイルス? よく知っていますね。急激な転帰をとり得るhantavirus pulmonary syndrome(HPS)の原因となるウイルスで,ネズミにより媒介されますが,該当するような曝露歴はこの患者さんにはなさそうです。

 細菌性肺炎だった場合に,レボフロキサシンでカバーされない起因菌として,MRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)を考える人は少なくないでしょう。地域によっても異なりますが,私がかつて感染症フェローをしていたニューハンプシャー州中部では,黄色ブドウ球菌による市中感染の約50%がMRSAによるものでした。

D & D

 そういうわけで,当時は感染症フェローだった私が内科からコンサルトの要請を受けてこの患者さんに会いに行...

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