医学界新聞

寄稿

2015.01.05



医療ビッグデータへの期待


 医療ビッグデータに寄せられる期待は大きい。ビッグデータを用いて何ができるのか,さらなる活用に向け解決すべき課題は何か。識者三氏に聞いた。


たくさんの「問い」を生み出せるビッグデータ

黒川 清(政策研究大学院大学教授/NPO法人日本医療政策機構代表理事)


 デジタル技術の進歩は急速だ。データ集積方法の拡大,解析手法と利用方法の多様化などなど。思いがけない関係性が示され,私たちの生活から,思考の在り方,データの集積と解析の在り方まで,従来の考え方では,予測もできない相関性が示される。「『因果関係』から『相関関係』へ」。今までの思考プロセス,常識が大きな挑戦を受けている。2009年のインフルエンザパンデミックでは,従来の考え方では説明のつかないような手法を使ったGoogleの分析予測が早々に『Nature』誌に掲載されたのは,大きな話題になった1)

 ほぼ20年前から,慢性腎不全の透析分野ではDOPPS(Dialysis Outcomes and Practice Patterns Study)という,透析に関するデータを国際的に集めて,各種の「臨床の質問」を公募しながらデータを分析する,という長期の臨床研究が始まっていた。治療成績の向上,コスト分析などにも大いに貢献したこの臨床研究こそ,「ビッグデータ」の始まりとも言える。データを見て,「なぜか?」と考える,このような研究を通じて,何人もの優秀な,新しい研究スキルを持った優れた臨床研究者が育ってきた。

 また,ほぼ10年前から厚生労働省は「戦略研究」という新しいカテゴリーの研究を始めていた。最近は大きな課題として「認知症」が話題に上がったが,従来型の臨床研究では,有意義な研究を行うには限界があることは明白であったと言える。研究も大事だが,その成果を待っていられないような社会的要請もある。2013年12月,英国政府は「G8 Dementia Summit」を宣言,18人からなるWorld Dementia Councilを設立した。私も委員就任を要請されたが,私の提言の焦点は「ビッグデータ,ロボット,脳研究のデジタル手法の活用」だった。

 ビッグデータは,医療分野に適した分析,政策手法であろう。データから「医療や治療の標準化」,「患者の行動様式」,「診療と経済的効用」など,いくつもの「質問」への「相関」が得られる可能性が高い。いろいろなビッグデータと,その解析目的についても,いくつものヒアリングが試みられ,研究公募も始まった。いずれは二重盲検が不要になる可能性もある。医療分野は具体的に多くの「質問」が考えやすい研究,解析の分野であり,政策的にも関心が高い分野であろう。

 ただし,ビッグデータを扱える人材,データを分析・活用する組織の在り方など,結構,頭の痛い課題ではないか。昨秋,ニューヨークでの「ビッグデータ」の会議に参加したある人から,日本におけるこの分野の人材の数と質は,相当に遅れているとの指摘を受けている。

1)ビクター・マイヤー=ショーンベルガー,ケネス・クキエ著.斎藤栄一郎訳.ビッグデータの正体――情報の産業革命が世界のすべてを変える.講談社;2013.


黒川 清
1962 年東大医学部卒。79 年UCLA教授,89年東大教授,東海大医学部長,日本学術会議会長,内閣特別顧問,WHOコミッショナーなどを歴任し,国内外を問わず活躍。内閣官房健康・医療戦略室健康・医療戦略参与も務める。東大名誉教授。わが国の憲政史上初となる国会による福島原子力発電所事故調査委員会委員長を務める。その功績によるAAAS(米科学振興協会)「科学の自由と責任」賞等受賞歴多数。ブログ:http://www.kiyoshikurokawa.com/


データは「個益」から「公益」へ

今村 聡(日本医師会副会長)


 医学の進歩や超高齢化社会に向けた社会保障の充実など,医療ビッグデータの貢献が期待されていることは多い。これまで医療のIT化と言えば,医療機関のオフィスオートメーション化という色合いが濃かった。これは病歴や検査結果のデジタル化により,患者本人にも直接のメリットがある「個益」だと言える。

 この個の情報の集積をいわゆる「ビッグデータ」として分析する新しい時代が始まっている。利活用されるデータの多くは国民一人ひとりのものであり,これらは全て「公益」という形で最終的に国民に還元されるべきものだと考える。個人情報の保護が十分でない限り,国民は安心して自らの医療情報を預けることはで...

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