医学界新聞

対談・座談会

2015.01.05



信頼と連携が育てる,日本の医療ビッグデータ

中山 健夫氏(京都大学大学院医学研究科社会 健康医学系専攻健康情報学分野 教授)=司会
伏見 清秀氏(東京医科歯科大学大学院 医療政策情報学分野 教授)
宮田 裕章氏(東京大学大学院医学系研究科 医療品質評価学講座 教授)


 この10年で,日本における医療データベース(以下,DB)は大きく発展した。レセプト・DPCデータなど診療業務とともに集積される大規模DBの整備が進む一方,National Clinical Database(NCD)をはじめとした各専門領域で構築される症例レジストリも充実しつつある。時々刻々と産出される膨大なデータを蓄積する“基礎固め”ができた今,考えるべきは,それらをいかに有効活用するか,だろう。本座談会では,主要な大規模DBの整備・活用の現状を紹介するとともに,貴重なデータを最大限活かすために必要な施策や,乗り越えるべき課題も提示。“真の”医療ビッグデータの実現を展望する。

写真左より,伏見・中山・宮田の各氏。


中山 日本における大規模な医療DBと言えば,毎年約15-16億件が蓄積される電子レセプト,そしてDPC(Diagnosis Procedure Combination;診断群分類)が筆頭に挙げられます(グラフ解説参照)。DPCに基づく支払い制度は,この10年で1800を超える急性期病院に導入され,着々とデータが集積されていますね。

伏見 ええ。私たち厚生労働省のDPCデータ調査研究班は,DPCの導入医療機関から任意でデータを収集していますが,任意でも約1100病院,年間5-6百万人分のデータが集まります。緻密なデータがきちんと構造化されており,10年以上ほぼ元のデザインのまま,データを積み上げていて齟齬が生じていない。世界的に見ても,貴重な成功例だと思います。

中山 素晴らしいですね。一方,NCDは2000年にスタートした症例レジストリの先駆け的存在です。

写真 NCDと外科専門医制度との連携を告知するポスター(2010年)
宮田 もともとは,手術の質向上を目的に心臓血管外科領域で数施設が自主的に始めたプロジェクトでしたが,10年からは外科の学会認定専門医制度と連動し,10学会が共同運営する一般社団法人となりました(写真)。

中山 00年と言えば,EBM(Evidence-based Medicine)の導入とともに,RCT(ランダム化比較試験)への関心が高まっていたときです。そういう時代に,レジストリベースの観察研究の意義にいち早く気付き土壌を作られた。そのことに感銘を受けます。

宮田 そうですね。今や登録症例数は約350万件,“nation wide”で手術のほぼ全数を収集しているDBとして,世界に類を見ない規模だと思います。

中山 両DBともに,他国に比べても遜色のない,むしろ誇れる規模と充実度と言えるでしょう。

個別臨床の質向上から,地域医療の底上げまで活用可能

中山 これら大規模DBはさまざまに活用できるわけですが,大きく分けると「診療プロセスやアウトカムの評価・改善」と「医療資源のニーズと配置の適切性の検証」という二つの視点から語れるのではないか,と考えています。NCDは,主に前者でしょうか。

宮田 そうですね。症例の登録を通じて適時・継続的なフィードバックを行うことで,専門医たるための技能の維持・改善に役立ててもらう,という大きな目的がまずあります。

 1例あたり数十から数百項目の臨床データを収集しますので,集積すると必然的に,リスク別のアウトカムの予測発生率が算出できるようになります(図1)。例えば術前に「喫煙歴あり」とか「クレアチニン値が3.0 mg/dL」といった情報を入力すれば,死亡や合併症の発生確率がリアルタイムでフィードバックされる。入力者はリスクから予後までを把握した上で,手術に臨むことになるわけです。

図1 現場へのリアルタイムフィードバック

中山 データを入力すること自体が介入になり,手術の質を向上させることにつながると。

宮田 はい。また,施設や診療科単位で言えば,全国の施設と対比した治療成績がわかることも大きなメリットです。死亡事例が続いた場合など,単なる偶然なのか,術者やチームの問題なのか,それともデバイス自体が問題なのか,理由の検討まである程度可能です。他との比較で自施設の強みや弱みを把握してもらい,ベストパフォーマンスに近付けるよう改善を促す。いわゆる「ベンチマーキング」と言われる手法で,先行で取り組み始めた心臓血管外科領域では,有意にアウトカムが改善しています(図2)。

図2 心臓血管外科領域における術後30日以内の手術死亡率の比較

伏見 一方,DPCデータはいわばミクロにもマクロにも使えるデータで,個々の診療プロセスとエビデンスとの整合性を調べることもできますし,臨床疫学的観点から,治療アウトカム改善に活用することもできます。例えば,肝切除術の年間実施件数と在院死亡率をDPCデータで調べると,手術数が多い病院ほど死亡率が低いなど,さまざまなことがわかる(図3)。ここから「手術を担当する医療機関を集約したほうが,より有効な治療ができる」「手術数の少ない病院への教育的介入が必要」といった示唆が得られるわけです。

図3 肝切除術の年間実施件数と在院死亡率の関係(クリックで拡大)

中山 レセプトデータについては,主に薬の処方に関する情報から,診療プロセスの改善にアプローチできます。

 例えば,3か月以上ステロイドを服用している人への骨粗鬆症治療薬の予防的投与は,「ステロイド性骨粗鬆症の管理と治療のガイドライン」(2004年版)にて「グレードA」で推奨されていました。ところが実際にレセプトデータを用いて調べてみると,推奨が実施されているのはわずか23.3%(551/2368人)でした(Intern Med. 2011.[PMID:22082891])。さらに,病院よりクリニックで実施率が低いこともわかりました。

 有用性が確立しているエビデンスが実地臨床に必ずしも普及していない問題を「エビデンス診療ギャップ」と呼びます。診療行為の実状を広く,確実な数字で得られれば,こうしたギャップを減らすための取り組みや,情報提供・啓発活動の進め方といった議論の重要な手掛かりが得られる。この点,保険者をベースとして被保険者が受療した全医療機関をカバーできるレセプトデータの果たす役割は大きいと思います。

伏見 DPCやレセプトデータは,地域医療資源の適切な配置への活用も期待されていますね。DPCデータは,かねて課題とされてきた地域の急性期医療の効率性改善や機能分化を進める上での指針になるでしょうし,レセプトデータはさらに広く,地域医療全体の現状把握に使えます。藤森研司先生(東北大大学院)が主に手掛けておられますが,レセプトデータを用いれば,例えば北海道におけるPCI(冠動脈形成術)治療の需要と供給の状況がひと目でわかり,医師の派遣を集約的に行うべきか,分散させるべきか,といったことが検討できます(図4)。

図4 北海道におけるPCI(冠動脈形成術)の需要と供給(クリックで拡大)

宮田 私も今,広島県の地域医療計画1)にかかわっていますが,DPCデータやレセプトデータの有用性は実感します。“診療科のデパート”のような総合病院が横並びにたくさんあればよい時代は終わり,さまざまな規模の医療機関が,それぞれのレベルで,地域をよくするためにできることを考える時代が来ています。その地域に最適な医療のかたちを探る議論の基盤として,悉皆性の高いDBの貢献は大きいと考えます。

中山 来年度からは,より地域の実情を踏まえた医療を検討すべく,都道府県ごとの病床機能報告制度や,地域医療ビジョンの策定も始まります2)。そうした取り組みへの活用も,大いに期待されるところですね。

“見える化”されたデータの分析結果に,どう納得してもらうか

中山 ただ,医療を“見える化”するということは,特に施設単位になるとかなりセンシティブな面もありますね。分析結果を外部からのレッテル貼りに使われたり,悪い結果に医療機関側が過度に反発したりせず,建設的な改善につなげていくには,どのような工夫が必要でしょうか。

伏見 私は今,国立病院機構にて,DPCデータに基づく臨床指標の作成と,機構内での診療の質を評価・公表する事業に携わっていますが,常に言うのは,分析結果を「自分たちの医療を知って,改善するための目安にしてほしい」ということです。示された数値で直接評価を下すのではなく,あくまで“何が標準か”を知り,“そこに近付くためにどうするか”を考える材料にすべきという認識の共有が,大前提でしょうね。

宮田 収集・分析過程の信頼性をいかに担保

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