医学界新聞

寄稿

2014.09.29



【FAQ】

患者や医療者のFAQ(Frequently Asked Questions;頻繁に尋ねられる質問)に,その領域のエキスパートが答えます。

今回のテーマ
「更年期障害」の診方

【今回の回答者】池田 裕美枝(神戸市立医療センター中央市民病院産婦人科)


 「更年期障害」は実は日本特有の概念であり,欧米諸国で言うところの「perimenopausal syndrome(周閉経期症候群)」に伴う身体症状に加え,この年齢層の社会的/心理的背景に伴う精神心理的症状を併せたものを指します。「更年期障害」という言葉ばかりが有名になって,正しい疾患概念がとらえにくい,と苦手意識をお持ちの先生も多いかもしれません。けれども働く女性が多くなっている昨今,医療者による適切な治療が求められています。


■FAQ1

更年期障害では具体的に,どのような症状が現れるのでしょうか。

 日本人の平均閉経年齢は約50.5歳と言われています。12か月間の無月経をもって閉経と診断しますが,一般的に閉経の4-5年前から卵巣機能の低下が起こり,月経不順となります。卵巣ホルモンの一つであるエストロゲン代謝物にはカテコラミン作用があることが知られていますが,エストロゲン量の急激な変化によって自律神経障害が起こることを「周閉経期症候群」と言います。

 最もよくみられる身体症状は,頭頸部のみの多汗,心悸亢進などの血管運動性症状(hot flush)です。不眠や肩こり,易疲労感,めまいもよくみられます。手指や膝の関節痛,こわばりを訴えることもあり,膠原病を心配して来院する方も少なくありません。精神症状として,うつ病,抑うつ気分が周閉経期に2倍に増加することが知られていますが,エストロゲン変動との直接的な関連に関してはまだよくわかっていません。一般的には,50歳前後で月経パターンの変化がある,もしくは閉経後5年以内の女性が,上記のような症状を呈する場合に周閉経期症候群と診断します。

 日本人女性では欧米諸国の女性と比べて身体症状よりも精神症状が前に出る場合が多いことが知られています。「更年期障害」という言葉には上記の周閉経期症候群に加え,空の巣症候群に代表される社会的孤立感,介護疲れや配偶者への不満など,50歳前後の女性が曝される心理的,社会的ストレス由来の精神症状も包含されています(図1)。

図1 「更年期障害」の複合的な要因

Answer…更年期障害による身体症状の本態は自律神経障害です。Hot flushや不眠,肩こり,易疲労感がみられます。加えて抑うつなどの精神症状もみられます。

■FAQ2

では,更年期障害には診断基準はないのでしょうか。患者さんに「私,更年期障害でしょうか」と聞かれるといつも困ってしまいます。

 残念ながら,更年期障害に明確な診断基準はありません。月経歴を含む問診によって診断する「症候群」になります。更年期障害によくみられるhot flushや不眠などは,実はエストロゲンの変動がなくともうつ病や不安障害だけで出現することがある身体症状です。年齢や月経歴から周閉経期ではないと判断したら,たとえhot flushがあっても,筆者は更年期障害とは診断しません。

 採血では,卵胞刺激ホルモン(FSH)>25mIU/mL,かつエストラジオール(E2)感度以下,が周閉経期かどうかの診断補助に使われることがあります。閉経後にはこのパターンになるので問題ありませんが,閉経前の周閉経期では,FSH,E2ともに非常に変動が激しく,これを満たさないことも多々あります。採血結果のみで更年期障害を否定することはできません。

Answer…明確な診断基準はありませんが,周閉経期の女性がhot flushや不眠を訴えるとき,更年期障害を疑います。

■FAQ3

各症状には,どんな治療が有効なのでしょうか。

 周閉経期症候群の中でも血管運動性症状は,ホルモン補充療法により改善が見込まれます。関節症状もホルモン補充療法が奏効することが多いです。一方,不眠やうつなどはホルモン補充療法単独で軽快する場合は少なく,睡眠薬や向精神薬を要します。

 もともと月経不順があるなど,周閉経期か否かの判断に迷う場合には,禁忌がないことを確認の上患者の各症状の改善の程度を確認し,効果がなければホルモン補充療法を中止,効果があれば続行します。症状の変化をみるには,日本人向けに開発された簡略更年期指数が便利です(表1)。Hot flushにはセロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)も奏効しますので,周閉経期ではない方の場合や,エストロゲンが使いにくい場合にはこちらを使用します。

表1 簡略更年期指数
小山嵩夫らによる。(1)-(10)の合計が0-25点:これまでの生活態度を継続してよい/26-50点:食事,運動などに注意し生活様式なども無理をしない/51-65点:医師の診察を受け,生活指導・カウンセリング・薬物療法を受けたほうがよい/66-80点:長期間(半年以上)の計画的な治療が必要/81-100点:各科の精密検査を受け,更年期障害のみの場合は専門医での長期的な対応が必要

Answer…Hot flushにはセロトニン再取り込み阻害薬が奏効する。周閉経期か判断に迷う場合は,禁忌を確認の上エストロゲンのみ補充を行う。

■FAQ4

ホルモン補充療法は心血管系リスクを上昇させると聞きました。高血圧でフォローしている患者さんが婦人科でホルモン補充療法を受けているのですが,中止してもらったほうがよいですか?

 ホルモン補充療法に関する有名な臨床試験に,Women’s Health Initiative(WHI)があります。閉経後の健康な女性を対象とした大規模ランダム化比較試験(RCT)です。ホルモン補充療法に関しては,エストロゲン単独投与を介入としたRCT(1万739人,平均年齢63.6歳)とエストロゲン+プロゲステロンの2種類の卵巣ホルモン投与を介入としたRCT(1万6608人,平均年齢63.3歳)の2本立てで行われました(子宮がある女性にエストロゲン単独投与をすると子宮体がんのリスクが上がるため,エストロゲン単独投与が許されるのは子宮摘出後女性のみ)。

 もともとエストロゲン補充療法は心血管系疾患に対して予防効果があるのではないかと予想されて始められたスタディでしたが,開始5.6年後の中間報告の結果,エストロゲン+プロゲステロン群で乳がんリスクが上昇しており[PMID: 12824205],倫理的配慮からスタディが打ち切りになりました。また,エストロゲン単独群でもエストロゲン+プロゲステロン群でも心血管系疾患イベント率が上昇していました[PMID: 16476878, 16702472, 12904517, 12771114]。このスタディ打ち切りは大きなニュースになり,ホルモン補充療法を受ける患者は激減しました。

 ところがその後行われたサブ解析の結果,閉経してからホルモン補充療法を開始するまでの期間が重要な予後因子であることがわかってきました(timing theory)。WHIサブ解析結果では閉経して10年経たないうちにホルモン補充療法をスタートした群ではプラセボ群より心血管系リスクは低下しており(図21),ホルモン補充療法のもたらす骨折リスク低下という利益と併せて考慮すると,60歳までのホルモン補充療法は利益のほうが大きいだろう,とイギリスや北米のガイドラインでは結論付けています。日本産科婦人科学会のホルモン補充療法ガイドライン(2012年度版)でも「まだ周閉経期にある女性の血管運動性症状改善薬としてホルモン補充療法は第一選択である。WHI研究にて5年以上の使用による乳癌リスクの増加報告があることを踏まえた上で,使用期間は適切なインフォームドコンセントのもと,リスクとベネフィットを考慮し個々に決定する」としています。

図2  WHIのサブ解析結果1)

 ホルモン補充療法の禁忌は,重度の活動性肝疾患,現在の乳がんとその既往,現在の子宮内膜癌・低悪性度子宮内膜間質肉腫,原因不明の不正性器出血,妊娠,血栓症とその既往,心筋梗塞や脳卒中の既往などです。なお,高血圧や糖尿病は,しっかりコントロールされているならば決して禁忌になりません。

Answer…周閉経期に開始したホルモン補充療法はむしろ心血管系イベントに予防的に働くのではないかと考えられています。高血圧が良好にコントロールされており,開始時期が周閉経期であって継続期間が5年以下なら,ホルモン補充療法は続けて問題ありません。

■もう一言

 女性は,更年期にエストロゲンのレベルが低下するのと同時に,高血圧,脂質異常症,糖尿病などの生活習慣病有病率が急上昇するということには,プライマリ・ケア医の方々はお気付きかと思います。骨密度が低下するのも有名です。女性の平均寿命は86.30年ですが,実は健康寿命は73.62年で,その後「不健康寿命」が12.68年続く現状があります(2010年調べ。男性の「不健康寿命」は9.13年)2)。更年期からの適切な食事,運動習慣が女性の健康寿命延伸に貢献するかもしれません。更年期の女性を診たら,この観点からも適切なご指導をよろしくお願いいたします。

参考文献
1)JAMA. 2007.[PMID:17405972]
2)健康寿命の延伸と健康格差の縮小


池田 裕美枝
2003年京大医学部卒。舞鶴市民病院,洛和会音羽病院にて総合診療科研修,三菱京都病院にて産婦人科研修。洛和会音羽病院総合女性医学健康センターを経て現職。11年リバプール熱帯医学校にてリプロダクティブヘルスディプロマ取得。13年4月米メイヨー・クリニック女性医療研修。1児の母。

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