My Favorite Papers(赤石誠,清田雅智,植田真一郎,能登洋,内野滋彦,伊藤康太)
寄稿
2014.09.15
【寄稿特集】My Favorite Papersこれだから論文を読むのはやめられない |
医学関連雑誌の国際的なデータベース「PubMed」には,約5700誌2300万件以上の学術論文が収録されているそうです。日々膨大なエビデンスが蓄積され圧倒されますが,「知の大海原」を航海することでしか得られない発見もあるのではないでしょうか。
そこで今回は,これまでの医師としてのキャリアのなかで出会った「お気に入り論文」を識者の方々に挙げていただきました。さあ明日から,知の愉悦を求めて大航海へ!
赤石 誠 能登 洋 | 清田 雅智 内野 滋彦 | 植田 真一郎 伊藤 康太 |
赤石 誠(北里大学北里研究所病院 臨床教授・副院長)
(1)Henry WL, et al. Observations on the optimum time for operative intervention for aortic regurgitation. I. Evaluation of the results of aortic valve replacement in symptomatic patients. Circulation. 1980 ; 61(3) : 471-83. [PMID : 7353236]
Henry WL, et al. Observations on the optimum time for operative intervention for aortic regurgitation. II. Serial echocardiographic evaluation of asymptomatic patients. Circulation. 1980 ; 61(3) : 484-92. [PMID : 7353237]
(2)Braunwald E, et al. The stunned myocardium : prolonged, postischemic ventricular dysfunction. Circulation. 1982 ; 66(6) : 1146-9. [PMID : 6754130]
(3)Fuster V, et al. Atherosclerotic plaque rupture and thrombosis. Evolving concepts. Circulation. 1990 ; 82(3 Suppl) : II47-59. [PMID : 2203564]
35年以上の医師生活の中で,最も印象深い論文3つを挙げてほしいと依頼された。1か月くらい考えた揚げ句に選んだのがこの3つの論文である。
(1)は,大動脈弁閉鎖不全症の手術時期に関する論文である。この論文は,1980年にCirculation誌に掲載された。私は,そのとき医師になって3年目であった。それまでは,大動脈弁閉鎖不全症の手術適応は,Spagnuoloの論文[PMID : 4255488]がゴールドスタンダードであった。つまり,血圧,X線写真上の心拡大,心電図所見から自然歴を判断し,手術適応を考えていた時代である。そのとき,遭遇したのがこの論文だ。今まで駆出率が左室収縮機能の指標であると思っていたのに,収縮末期径がより優れた収縮機能の指標となるというメッセージだと受け取った。この論文で,著者らは,大動脈弁閉鎖不全において症状がある場合には,心エコー図の左室収縮末期径が55 mm以上になると予後が悪いので55 mmにならないうちに手術をしなくてはならないと結論している。さらに無症状でも心エコー図の左室収縮末期径が55 mmを超えたら左室機能が低下しているという論文が後に続いている。この収縮末期径が50-55 mmという考え方は,現代のガイドラインでもしっかり踏襲されている。30年前の概念がいまだにきちんと残っていることに,生理学に裏打ちされた論文のすごさを感じる。可変弾性体モデルにおいて,収縮末期の圧容積関係は唯一無二であり,あらゆる負荷条件には無関係であるという菅・佐川の理論(当時,私はこの心機能の理論に心酔していた)から見ると,逆流量が症例によりさまざまで,負荷条件が一定しない弁膜症において,収縮末期に注目したところがこの論文の素晴らしいところである。
(2)は,stunned myocardiumの論文である。最初にこの論文を読んだときには,何の目新しさも感じなかった。当時,私は心筋虚血の実験をしていて,冠動脈を結紮して局所心機能を超音波クリスタルで観察する毎日を送っていた。だから,結紮を解除して冠動脈血流を回復させたからといって,局所心機能がすぐに回復しないのは,当たり前のことであると思っていたし,そのことは既に多くの生理学者は常識として認識していたからである。この論文の著者はBraunwaldであるが,著者の実験データは何もない。実は,データは,さかのぼること4年前,Heyndrickxの論文[PMID : 665778]に示されているのである。しかし,この論文はあまり注目されなかった。Braunwaldがstunned myocardiumと命名することで,Heyndrickxの実験データに概念を与えたのである。このstunned myocardiumという概念がいかに重要であるかは,急性心筋梗塞の病態が解明され,再灌流療法が普及するにつれ徐々に明らかになっていった。
(3)は,臨床の現場にいて,なぜ狭窄した冠動脈が閉塞して心筋梗塞にならないのかと疑問を持っていた私に,「なるほど」という答えをくれた論文である。バイパス手術は心筋梗塞を予防しないという文献的常識と,今にも詰まりそうな血管はバイパスしないと大変だという直感的な危機感の間で,リアルワールドにいると狭窄はちっとも閉塞しないという事実を実感していた。狭いから詰まるという話は,事実ではないことを現場の医師たちは知っていたが,なぜなのかはわからなかったのである。そこへ,クリアカットにプラークの破綻という概念を与えたこの論文は,私にとっては目からうろこそのものであった。
*
論文とは,新しい事実を見つけたことを自慢するだけのものではない。論文とは,自分の考え方と概念を示す手段である。仮説を立てることは非常に大事で,ちょっとした思い付きだけの仮説は,検証するに当たらない。思い付きを,どこまで突き詰めて概念として確立していくか,そのために検証すべきは何かを明らかにしながら,論文は作られるべきではないだろうか。多くの症例を使って現象を観察することや,介入の結果を議論・検証する論文は,医学において重要であることは誰も否定しない。しかし,医学という学問の中で,ぞくぞくするような(いわゆる,鳥肌が立つような)感動を与える論文にはなり得ないと思っている。
清田 雅智(飯塚病院 総合診療科診療部長)
(1)Wrenn KD, et al. The syndrome of alcoholic ketoacidosis. Am J Med. 1991 ; 91(2):119-28. [PMID : 1867237]
(2)Schamroth L. Personal experience. S Afr Med J. 1976 ; 50(9):297-300. [PMID : 1265563]
(3)Osler WM. Remarks on Specialism. Boston Med Surg J. 1892 ; 126 : 457-9.
(1)私が最初に医師として読んだ英文の文献。1995年,研修医になって2か月目に,糖尿病のないケトアシドーシスの患者さんを担当した。日本語の教科書を手当たり次第調べても原因不明で,研修医の先輩も同様の症例を経験していたが,長らく謎とされていた疾患であった。当時PubMedはもちろんインターネットもなかったが,自らCD-ROMの文献検索装置Medlineで2時間くらいかけて調べ,この文献がヒットした。すぐに長崎大の友人に文献を送ってもらい,この文献を読むことで疑問が氷解した。研修開始4か月目にして日本内科学会九州地方会で発表デビューし,アルコール性ケトアシドーシス(AKA)の概念を当院で確立した。この文献のおかげで,研修医でもがんばれば新たな知見を見いだせること,英語の文献は情報量が多いこと,つらいながらもそれを読むことでしか得られない知識があることを痛感した。
(2)メイヨー・クリニック感染症科へ留学後の2006年に,院内に招聘されたMicheal Lamb医師(ピッツバーグ大)と回診を行った。Lamb先生には検査結果を隠して,感染性心内膜炎の患者さんを診察してもらったところ,僧帽弁逸脱を伴う僧帽弁逆流の雑音と見落としていたバチ指を身体所見のみで正診され,まさに“art”な回診の経験をした。そのときSchamroth’s signとその由来を教えていただいた。原文を確認し,当時Webcatで日本の図書館の蔵書情報を調べるもヒットせず途方に暮れていた。だが,いつか入手しようと思い文献入手リストに書き留めていた。2010年になり再度調べた際,SAMJ誌のHPの存在を知り,この文献をfree downloadできるという僥倖に恵まれた。初めてバチ指が治り得るものであることを知った。これは2012年刊行のMcGee『Evidence-Based Physical Diagnosis』最新版の主要変更点であった。文献を執念深く探すことの大事さを知った。
(3)2014年5月にACP Japanで凝固異常の講演を行い,若年発症の網膜中心静脈閉塞症の症例を提示した。その考察に,Lamb医師から紹介された,1981年刊行のLee C. Chumbleyの「Ophthalmology in Internal Medicine」を引いた。著者は米国の内科と眼科の二つの専門医資格を持っていて,一人でこの本を書き上げている。その本の序文にかのWilliams Osler医師が内科医のルーティンの身体診察として眼底鏡を使うことを推奨していたことが書かれており,なるほど米国でトレーニングを受けた医師が眼底鏡にこだわる起源を知ることができた。本の文中に該当の文献があり早速入手した。ちなみにこれは現在のNEJM誌であり,HPから簡単に入手可能であった。100年以上前の1890年代に,既にOsler医師はSpecialismの弊害を説いていたことを知った。これは私のGeneralistという立場を代弁しているように思えて,大いに勇気付けられた論文だった。
*
心に刻んだ文献を時系列で挙げたが,引用は逆に古いほうにさかのぼっていることに気付いた。最新の文献が良いのではなく,疑問を解決するものが良い文献である。オリジナルの文献に当たることで,深い知恵が得られる実感がありぜひお勧めしたい。
植田 真一郎(琉球大学大学院医学研究科 臨床薬理学教授/琉球大学医学部 附属病院臨床研究支援センター長)
(1)Cocks TM, et al. Endothelium-dependent relaxation of coronary arteries by noradrenaline and serotonin. Nature. 1983 ; 305(5935):627-30.[PMID : 6621711]
(2)van Harten J, et al. Negligible sublingual absorption of nifedipine. Lancet. 1987 ; 2(8572):1363-5.[PMID : 2890954]
(3)Roussel R, et al. Metformin use and mortality among patients with diabetes and atherothrombosis. Arch Intern Med. 2010 ; 170(21):1892-9.[PMID : 21098347]
(1)ヒトのからだはあまりにも精巧につくられている。
自分で臨床薬理学という領域を専攻していてこんなことを書くのは気が引けますが,特殊な疾患以外では,一つの薬がその病態を決定的に変えてしまう,あるいはその患者さんの予後を決定的に変えてしまうことはそんなに多くはありません。アスピリン,β遮断薬,スタチン,ACE阻害薬といった教科書を書き変えた薬剤にしても死亡率の低下は20%程度で,有効性を証明するためには大規模な臨床試験が必要でした。
この論文は,ヒトのからだが薬というある意味小ざかしいものをはるかに凌駕して精巧に作られ調節されていることを考えさせます。ここで報告されている実験は単純で,もしヒトの血管(平滑筋)を収縮させるような刺激を与えると,その作用を緩衝するために血管内皮細胞は血管を拡張させるような物質を生成,遊離するというものです。
当たり前かもしれませんが,そのような能力がからだの各部分に備わっているとすれば,薬によって一つの経路や遺伝子,受容体を抑制することで簡単に変えられるものではないでしょう。しかし,だからこそ臨床研究者にはある種の諦観が必要で生命に対して謙虚であるべきで,治療介入はその有効性・安全性を厳密に評価し過大評価やいいかげんな危険性の評価は慎むべきことを忘れてはいけません。
(2)その方法はホントに有効?
高血圧患者さんの血圧がコントロールできないとき,あるいは何らかの理由で急に上昇した際,脳血管障害を伴う高血圧などのときに,かつて「ニフェジピン(アダラート®)舌下」という投...
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