医学界新聞

寄稿

2014.07.28

【寄稿】

Jolt accentuation再考
髄膜炎のより適切な診断のために

内原 俊記(東京都医学総合研究所 脳病理形態研究室長)


 Jolt accentuation(JA)は「1秒間に2-3回の周期で頸を横に振ってもらう,または他動的に振って頭痛が増悪する」という所見で,髄膜炎を予見するのに有用とされています。その根拠となっているのは,1991年に発表したわれわれの研究1)で,これは筆者が卒後5年目のとき,ある髄膜炎患者さんの「歩くと頭痛が響く」という訴えに,「髄膜炎では頭部の動きで痛みが増悪するのか?」という疑問が,ふと頭をよぎったことがきっかけでした。

 現在広く普及しているJAですが,正しく用いられなければ,検査としての感度や特異度が低下し,判断を誤る可能性も高まります。髄膜炎をより正確に診断するために,本稿では最近の研究結果なども踏まえ,あらためてJAについて考察します。

事前確率を高めてこそJAの意義がある

 髄膜炎は,頭痛と発熱という,一見「風邪」のようなありふれた症状で救急や外来を受診する患者さんの中にも混在しており,見逃すことは許されません。特に細菌性や結核性の場合は致死的となるので,どの患者さんに腰椎穿刺(LP)という侵襲的検査を行うべきかが問題となります。

 古典的な髄膜刺激症状であるKernig徴候やneck stiffnessは髄膜炎を示唆する特異的所見ですが,陽性率は髄膜炎の1割以下で,髄膜炎を否定する根拠として不十分です2)。臨床医の「直感」も定式化困難で,髄膜炎の診断には役に立たないとも報告されています3)。そこで髄膜炎を高い感度で予見する手掛かりが求められ2),感度が97.1%であるJAを,LP適応の参考にすることが多くなっているのです(図Group11)

 しかし,JA陰性例での髄液細胞増多や髄膜炎のないJA陽性例などの例外も存在します。実際,救急室を中心にLPを施行した531例を集め,その臨床所見を後方視的に洗い直したTamuneらの研究4)では,髄液細胞増多61例でJAを認めたのは39例(感度63.9%)にすぎず,JA陰性でもなお髄膜炎は否定できないと警告しています(図Group3青点線*部分)。同じJAという基準を用いているのに,なぜこうした違いが出てくるのでしょうか。

 われわれの研究では,(1)最近2週以内に起こった頭痛,(2)37度以上の発熱,(3)意識障害や神経学的異常を伴わないという3つの条件を全て満たす54例に対象を限っています(図Group11)。さらにJAの有無をLPの前に確認し,LPの結果に左右されないようにして信頼度を高めています。JAは脳腫瘍や片頭痛でも陽性となりますが,それらは上述の3条件を満たさないので除外され,結果的にこの症例群については,JAを調べる前から髄膜炎の事前確率が34/54=63.0%と高くなっています。

 一方,条件を限定せず集めたLP施行例では,髄膜炎の事前確率は下がります。さらに髄液細胞増多のあるJA陰性例(図Group3青点線*部分)も含まれ,JA陰性でも髄液細胞増多は否定できないとの警告につながるわけです4)。面白いことに,Tamuneらの研究でも頭痛,発熱があり,意識障害のない113例に限ると(図Group2),JAが髄膜炎を予見する感度は78.9%まで上昇しています4)。つまり,これらの条件がそろう患者群では髄膜炎の事前確率が上昇し,他の疾患の確率が低下しており,これを踏まえた上でJAの有無を問えば,完全ではないにしても髄膜炎を高い確率で予見できるわけです。

 Jolt accentuationの感度,特異度
「髄液細胞増多あり」を同じ長さの黒実線で示す。これに比例する長さの黒点線で「髄液細胞増多なし」,青実線で「jolt accentuation(JA)あり」を示し,それぞれの実数を付記した。Group1は文献1から,Group2-3は文献4からで,Group2ではGroup1と同様に頭痛,発熱があり,意識障害のない例のみを抽出している。

 ちなみに,JA陽性(j)患者に髄膜炎(m)があることを予見する確率(感度)はP(m|j)と表記されます。jとmの両者を持つ確率はP(m&j)=P(m|j)・P(j)=P(j|m)・P(m)で,P(m|j)=P(j|m)・P(m)/P(j)とBayesの定理を導けます。このP(m)が髄膜炎の事前確率で,これに比例してJAが髄膜炎を予見する感度が高まることがわかります。

能動的な病歴聴取と身体所見で,原因疾患を浮き彫りに

 遠くで立ち上る煙を見て,「火事」「たき火」「花火」「自動車事故」など,状況に応じて最も可能性の高い「意味するところ(原因)」を推論していく過程を仮説推論(Competing theories abduction)と呼びます5)。これは,「頭痛,発熱等の“髄膜炎らしさ”を病歴から浮き彫りにすることで,その意味するところ(原因)である髄膜炎の事前確率とJAの陽性的中率を高めていく」過程とも類似しています。

 William Oslerは“Listen to the patient, he (she) will tell you the diagnosis.”とHistory taking(病歴聴取)の重要性を説きました。しかし,患者さんが語るがままに漠然と記録しても,診断の絞り込みにつながることはまれです。髄膜炎を念頭において「どのような頭痛があるか」「いつ起こったか」「熱やほかの症状があるのか」と具体的な質問を重ねることで,髄...

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