医学界新聞

寄稿

2014.07.21

【特集】

施設間の連携が好循環を生む新人看護職員研修


 2010年に新人看護職員研修が努力義務化されてから4年。今年2月の厚労省「新人看護職員研修ガイドラインの見直しに関する検討会」(座長=北海道医療大・石垣靖子氏)報告では,「自らの施設のみで新人看護職員研修を行うことができない医療機関が外部組織の研修を活用して研修を実施するためには,地域の医療機関の連携体制を構築することが重要」と記された。課題となっているのは中小規模施設への研修の普及だ。地域の医療機関連携による研修はどのような形で行うのがいいのか。広島県北部の庄原赤十字病院と三次地区医療センターによる合同研修の模様と,施設の取り組みを報告する。

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 「腹部聴診のポイントは,1-2分かけてじっくり聴くこと。腸ぜん動音の違いがわかるかな」。庄原赤十字病院の研修室では,講師と共に20人の新人看護職員が1体のシミュレーターを囲んでいる。受講者は一施設の看護師だけではない。今年4月に入職した庄原赤十字病院(以下,赤十字病院)の看護師15人と三次地区医療センター(以下,医療センター)の看護師5人による合同研修が行われていた。

 今回のテーマは「腹部のフィジカルアセスメント」。講師は院内の臨床看護師が務め,日々の臨床で培われてきたアセスメントのコツを次々に披露する。シミュレーターを囲む輪の外に,遠慮がちに立っている看護師を見つけると手を取り,聴診器を当てるよう促す。所属施設の分け隔てはない。グループディスカッションでは身を乗り出して意見が交わされ,休憩時間も会話が弾む。他の施設で研修を受けることを入職後に知ったという医療センターの新人看護職員は,研修を通じて交流が深まり「臨床現場の苦労もわかち合えるので研修はとても楽しみ」と語った。

写真 合同研修の様子。異なる施設の新人看護職員が共に学ぶことで,自分たちの今の到達度を確認でき,学ぶ意欲につながる。同じ看護学校出身の看護師との再会や情報交換も楽しみの一つだ。同じ地域での研修だからこそ新人看護職員も共に支え合いながら成長できる。最初は週1回の頻度で開催された研修も,7月からは月1回のペースになり,「ちょっと寂しいな」という声も。

看護部全体でかかわる新人教育

 「看護部全体で新人の教育に取り組んでいる」。こう語るのは,赤十字病院看護副部長で研修責任者の谷口理恵氏。2007年,赤十字病院が赤十字社独自のキャリア開発ラダーを導入したのを機に,新人看護職員の教育体制を整えた。2010年には,研修が努力義務化され,広島県の新人看護職員研修事業がスタート。合同研修は,当時県の看護協会支部の役員を務めていた両施設の看護部長同士の発案で行われるようになった。両施設とも看護部内に設置されている教育委員会の一部門として新人看護職員のサポート体制を敷き(図1),県や関係団体と連携しながら研修に当たっている。

図1 新人看護職員サポート体制のイメージ
研修責任者,教育担当者,新人一人につき一人付く実地指導者(プリセプター)で教育を担う。これとは別に,他の看護師も含めたグループもいくつか編成し,分担して各回の研修運営をサポートする。

 赤十字病院の研修は,新年度の4月から翌年2月までの全20回。そのうち,両院の新人看護職員が顔を合わせるのはオリエンテーションと“卒業式”を含め8回ある。医療センター看護師長で教育責任者の新川蔦子氏は,「送り出す側としては,うまく周りと協調できるか心配はあったが,研修後の報告書からは充実感がうかがえる」と話す。医療センターも同様の研修体制をとっているが,規模・診療科の数から,自施設でできる技術的な研修には限界があるため,補い切れない部分を赤十字病院で学ぶ。「技術だけでなく,精神面も赤十字病院に支えてもらっている」と合同研修の意義を語った。

 受け入れる側も,疎外感を感じさせないよう共に育てる雰囲気づくりを心掛けている。その一つが4月のオリエンテーションだ。両施設の新人看護職員だけでなく,教育担当者,実地指導者など両施設の先輩看護師が協力して新人を歓迎する。11月には,プリセプター・プリセプティの卒業式を兼ねた宿泊研修も行う。ここでは振り返りを通して新人1年目の自分を内省し,初心者から一人前の看護師へと階段を昇っていく。

新人参加型研修で,基礎教育と臨床のギャップを埋める

 研修プログラムの特徴は二つある。一つは,一人の仮想患者を主人公とした赤十字病院独自の「ストーリー学習」を実施していること。研修と臨床での学びの乖離を縮めるための工夫をしている。二つ目は,新人看護職員の能動的なかかわりだ。新人は,各回2人ずつ当番が割り振られている。予定のテーマに対し,学校でどこまで学んだか,どこが足りないと感じているかを事前に教育担当者と話し合う。今回の腹部聴診も「学校で知識は得ているが,音の聞き分けまでは自信がない」という要望をもとに進められた。新人看護職員の持っている知識を引き出しながら毎回の講義内容を決める。いわゆる“基礎教育と臨床のギャップ”を埋めていく。過去の研修で喀痰吸引の実技を学んだ新人看護師は「学校ではシミュレーター相手だったが,研修でお互いに試してみて,患者さんの苦しみがわかった。現場に出て即実践に役立っている」と満足そうに話した。

教育する側も成長する

 10年来,両施設とも新人看護師の離職率は0%。効果はそれだけではない。合同研修実施以降の入職者数はそれまでの2倍以上に増えたという。両施設の研修責任者である谷口氏と新川氏は,合同研修の実施によって,新人看護職員を受け入れる体制が整っていることを内外に周知できたことが要因と推測する。

 かつて新人として研修を受けた看護師が今は指導する立場として活躍している。「しっかり教えられるだろうか」と心配する講師役の看護師も多いが,そのぶん学ぶ側以上に勉強する。ほとんどの看護師が何らかの形で教育に携わることで,「他部署の看護師との連携も広がり,看護部全体で新人を育てる意識が高まっている。教えることで教育する側も成長している」と谷口氏。さらに赤十字病院では,2013年から「伴走型支援」として,教育担当者と実地指導者によるナラティブを中心とした教育プログラムもスタートした。一部の看護師が教育担当を“負担”するのではない。看護部全体で新人を育て,そして教える側も成長する,赤十字病院看護部の理念でもある「育み,育まれる」好循環が定着し始めている。

写真 研修責任者の新川氏(左)と谷口氏。「合同研修の成果を,自施設の研修にも生かせている」(新川氏)。「今後は研修に頼るだけでなく,臨床現場でもしっかり見守り教えられる体制にしていきたい」(谷口氏)。

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