医学界新聞

寄稿

2014.06.02

【寄稿】

スポーツによる脳振盪をめぐって

藤原 一枝(藤原QOL研究所 代表)


 日本脳神経外科学会(JNS)は,第72回学術総会(会長=日大・片山容一氏)開催中の2013年10月18日,脳神経外科医に向けて緊急提言を行い,12月16日には国民に向けて提言を発表した(表11)。背景には,2001年に『スポーツ現場の選手・コーチのみなさまへ――頭部外傷10か条の提言』(日本臨床スポーツ医学会学術委員会脳神経外科部会)を出版し,迅速かつ適切にスポーツ頭部外傷への対応ができるようにと意図したにもかかわらず,実効を得なかったことへの反省があった。その轍を踏まぬようにと,学術総会最終日には,市民公開講座「スポーツから脳を守る」が開催され,「スポーツによる脳振盪」に特化した5演題の一つを筆者も担った。今回の提言は,脳神経外科医の研究や分析に基づいたものだが,簡略なので,私見を交えて少し概説してみたい(註1)。

表1 スポーツによる脳損傷を予防するための提言1)

1-a.スポーツによる脳振盪は,意識障害や健忘がなく,頭痛や気分不良などだけのこともある。
1-b.スポーツによる脳振盪の症状は,短時間で消失することが多いが,数週間以上継続することもある。
2-a.スポーツによる脳振盪は,そのまま競技・練習を続けると,これを何度も繰り返し,急激な脳腫脹や急性硬膜下血腫など,致命的な脳損傷を起こすことがある。
2-b.そのため,スポーツによる脳振盪を起こしたら,原則として,ただちに競技・練習への参加を停止する。競技・練習への復帰は,脳振盪の症状が完全に消失してから徐々に行なう。
3.脳損傷や硬膜下血腫を生じたときには,原則として,競技・練習に復帰するべきではない。

 なお既に今年4月,Webで簡単に用語検索ができる「goo辞書」(『デジタル大辞泉』)の「脳振盪」の項に,「多くの場合,短時間で回復するが,スポーツ時に脳振盪が疑われる場合は,競技や練習への参加を停止し,医師の診断を受ける必要がある」と加わっている2)

脳振盪の発生実態は?

 寺田寅彦が1933年に発表したエッセイに,脳振盪が登場する。階段から落ちて鎖骨を骨折したわが子を診た東京帝大整形外科の大家は,頭部打撲の痕と吐き気から,「脳振盪から頭蓋内出血に至る怖さ」を説いた。ひどく心配したと同時に,自身の小学生時代,相撲の後の脳振盪は親にしかられるのが怖いから隠したが,「考えてみると実に危険なことであった」と記述し,「そんな大事なことを教育されも読んでもいなかった」と強調している。

 JNSの提言を受け,マスコミは脳振盪の重大性を訴え,教育しようとしているが,脳振盪を実数で示すことはできない。症状が軽いと,脳振盪と申告しなかったり認知していなかったりする場合も多いからだ。その上,日本にはスポーツ事故全体を単独に扱う統計はない。

 学校での事故に関しては,医療費や見舞金を支払う日本スポーツ振興センター(JSC)が扱っている災害共済給付の実績を読み替え,事故件数としている。この資料を用いて,日本体育協会が日本におけるスポーツ外傷サーベイランスシステムの構築をめざし,2009-11年度の中高生の体育部活動中の事故を分析している。重症頭部外傷として,被災当初月の治療費が10万円以上(実際の給付医療費は3万円以上に相当)を抽出すると約500件あり,頭部外傷総数約1.9万件の約2.5%に当たる。その内訳は表2の通り急性硬膜下・硬膜外血腫が毎年50例前後,脳振盪は重症頭部外傷全体の4割程度である。なお,治療費10万円以上の脳振盪とは少なくとも4日以上の入院であり,「びまん性軸索損傷」と病名が変わるものもあると想像されるが,最終診断や翌月以降の転帰を追うことができない。

表2 中高生の体育部活動中(11競技)の重症頭部外傷
*奧脇透「学校管理下(中高生の部活動)におけるスポーツ外傷発生調査」をもとに筆者作成

 さらに時間が経って症状を残していると「脳振盪後症候群」と呼ばれる。

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