今,世界が求めるのは質の高い家庭医療(Michael Kidd,葛西龍樹)
インタビュー
2014.05.12
【interview】今,世界が求めるのは質の高い家庭医療 | |
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総合診療専門医が基本領域の専門医の一つに位置付けられるなど,プライマリ・ケア領域への期待が高まっている日本。地域で多様な患者を診ることができる「家庭医」へのニーズも今後ますます増えると考えられるなか,その“質”の向上は喫緊の課題とされる。一方,世界レベルで家庭医療の質向上をミッションに掲げ,1972年から活動しているのがWONCA(世界家庭医機構)であり,現在加盟団体は世界130か国,約50万人の会員を擁する。今回はWONCAの会長で,プライマリ・ケア先進国であるオーストラリア(以下,豪州)の家庭医療領域におけるリーダー的存在のMichael Kidd氏に,日本の家庭医療の専門性確立に尽力してきた葛西龍樹氏がインタビュー。世界目線でとらえる「家庭医療」の在り方とは――。
家庭医の専門性が確立され,へき地研修も人気
葛西 豪州では,家庭医療は医学生に人気のある分野だそうですね。
Kidd ええ,他の専門診療科と同等に,1つの専門領域として認知されており,とても人気があります。国内に16ある医学部の全てで家庭医療の卒前実習の機会が設けられ,地域で活躍するGP(General Practitioner;家庭医)を身近なロールモデルとして学ぶことができるのです。結果的に医学部卒業生の40%が専門研修を受けて,家庭医として働くようになります。
葛西 医学生にとって,最もメジャーな選択肢というわけですね。
Kidd そうです。社会的に見ても,国民の9割が「何かあればまず家庭医に相談する」という考えを持っています。家庭医が患者と家族の健康についての全人的なコーディネーターを務め,必要に応じて病院の専門医へ紹介するゲートキーパーとしての役割も担う,という文化が浸透しているのです。
私自身も,出生時から1人の家庭医の先生にずっと診てもらってきましたが,豪州ではまさに家庭医が“揺りかごから墓場まで”,患者の生涯にわたってかかわりをもつ存在として,認識されています。
また,へき地や遠隔地で働くことは若者に魅力的に映るようで,それも豪州で家庭医療が人気である理由の一つです。私も医学部卒業後,さまざまな診療科で研修しましたが(註1),2年目の数か月,地域の家庭医の下で行った家庭医療研修と,3年目の半年間,住民5千人に対し,指導医と自分しか医師がいないようなへき地で行った研修が非常に面白く,それが家庭医の専門研修を受けるきっかけになりました。
葛西 へき地医療は,日本では“医学の最前線から離れる”“学びがない”というネガティブなイメージをもたれてしまいがちなのですが,豪州ではそのようなことはないのですね。
Kidd そうです。へき地では,産科・救急・外科を含め広範な臨床経験を積むことができますし,フライング・ドクターの経験だってできるのです。
それに何より,他職種を尊重し協働することや,コミュニティの住民と積極的に対話し,かかわっていくことの重要性を学ぶ貴重な機会になります。私もその重要性に気付き,専門研修の最終年には,家庭医診療所での臨床の傍らモナシュ大学のアカデミックGPのコースに在籍し,コミュニケーション教育や,地域のヘルスリテラシー向上について学びました。まだ体系立った教育がなされていなかった,自己紹介の仕方やリラックスさせる会話法,悪い知らせの告げ方など患者との接し方や,メディアを利用した情報拡散,効果的な患者教育のやり方などのレクチャーを受けたのです。
モナシュ大学には当時,家庭医療と医学教育分野における国際的リーダー,ジョン・マータ先生がおり,彼をメンターとして学べたことで,得るものもとても大きかったと思います(註2)。
葛西 地域にいながらにしてアカデミズムにも触れていられるというのは,理想的な環境ですね。
家庭医療が,地域のQOLを向上させる
葛西 世界的にみて,家庭医療重視の動きは強まっていると感じますか。
Kidd WONCA会長として既に30か国近く訪問していますが,どの国に行っても,家庭医療制度を整備し,保健医療改革を進めようとしている空気を感じます。例えば中国やブラジル,キューバでも国を挙げて,全ての国民が質の高い家庭医療を利用できるよう,政策的に家庭医の養成を始めています。これは従来にないことで,現代が医学の歴史の中で特筆すべき時代であることを表しています。今後数年で,各国の家庭医療領域にはかなりの進歩があるでしょう。
葛西 おのおのの国では,家庭医療にどんな役割が期待されているのでしょうか。
Kidd 端的に言えば,医療の質の担保と医療費の抑制です。現代において求められているのは,新しい病院を次々建てることではなく,地域での疾病予防・重症化防止に重点を置き,医療費を抑えることです。家庭医療が充実することで,“いつでも頼れる存在がいる”という安心感,医療への信頼感が強まり,地域の健康意識が向上します。結果的に無駄な検査や投薬も減り,必要なところに集中して医療費を投入できるので,国全体の医療の質が向上するのです。
葛西 それはまさに,今の日本にも必要とされている医療の在り方ですね。
Kidd ええ,殊に日本は世界で一番高齢化の進んでいる国ですから,どの時点まで,どの程度の医療を提供すべきか,という医療費とQOLにかかわる問いとそれに応える研究が,今後もっと必要になっていくでしょう。そのためには個々の患者との対話,コミュニティとの対話が大切になりますから,家庭医の活躍できる場面はどんどん増えていくと思います。
葛西 そうですね。ただ日本国内,特に臨床実習・研修の舞台になる大学病院や大きな病院では,地域を基盤とした家庭医療の価値を理解できていない指導医もいまだに多くいます。「1つの分野を専門的に極めるのだって大変なのに,全ての分野を診ることなんてできない」などと言われ,医学生の家庭医志望の芽が摘まれてしまうことがあるのです。
Kidd その指導医が言うことには,エビデンスがありませんね。WONCAの会員である50万人の家庭医を見ればわかるとおり,ジェネラリストとしてよく教育され,地域住民の広範な健康問題に効率的に対応できています。
2007年,シンガポールでの世界学術大会の際,WONCAは「世界の全ての医学部・医学校に家庭医療学講座を作り,全医学生に家庭医療の実習の機会を与えること」を推奨する声明を発表しました。理想を言えば,医学部卒業生の50%が,家庭医として地域の医療を担えるようになるべきと考えています。
WONCAのミッション達成のために
葛西 WONCAは「質の高い家庭医療によって世界中の人々のQOLを改善する」ことを大きなミッションとして掲げています。これを達成するための目標について教えてもらえますか。
Kidd 大きく分けて3つあります。第1には,保健医療制度の作り手側との連携です。家庭医療が保健医療制度改革の鍵として認識され,家庭医の声が世界,大きな地域,そして国レベルで,それぞれの保健医療政策の策定者に届き,反映されるようになれば,そこに属する住民全体のQOLを改善できます。そうした意味で,世界の公衆衛生の整備を担うWHO(世界保健機関)の現事務局長,マーガレット・チャン氏が家庭医療への理解が深く,“I love family doctors.”と支援してくれることはとてもありがたいですね。
第2には,家庭医の専門性,そしてジェネラリズムの専門性を広く認知し,根付かせること。世界の全ての国々で,家庭医療の診療,教育,研究のそれぞれが,最高水準で行われるようにすべきです。
第3は,将来の家庭医療を担う若手家庭医の交流促進です。現在,世界の7地域(アフリカ,アジア太平洋,東地中海,ヨーロッパ,イベロアメリカ,北アメリカ,南アジア)で若手家庭医がネットワークを作っており,WONCAは彼らの相互交流を支援しています。他国や他地域の家庭医療における診療,教育,研究の実際を知ることはとても大事です。成功事例だけでなく,失敗事例や課題を含めて学ぶことで,自国や自地域の家庭医療を顧みて,その質を高めることにつながるからです。ヘルスケアの制度が異なる国々のことにはなかなか考えが及びませんから,世界のさまざまな国の医療の実情を知る手助けを,WONCAができればと思っています。
葛西 なるほど。日本プライマリ・ケア連合学会でも,昨年から英国家庭医学会の若手家庭医との交換留学プログラムを開始しています。ヨーロッパとアジア太平洋の地域間交流への発展も視野に入れつつ,まずは二国間の交流から始めたい考えです。ぜひ,家庭医をめざす日本の医学生・研修医には海外にいる同年代の,同じ志を持つ仲間と...
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