医学界新聞

寄稿

2014.04.14

Controversial
コモンディジーズの診療において議論のあるトピックスを,Pros and Cons(賛否)にわけて解説し,実際の診療場面での考え方も提示します。

高齢肺炎患者の抗菌薬投与・入院は必要か

福家 良太(仙養会北摂総合病院 呼吸器内科/感染対策室)


 肺炎は感染症であるが,高齢者肺炎では抗菌薬を投与すれば解決するというものではない。厚労省の人口動態統計では70歳を境に肺炎死亡率は増加し始め,年齢別の肺炎死亡率の動向を見てみると,若い世代は肺炎死亡が減少傾向を示したのに対し70歳以上は増加していることがわかる1)

 この70歳を境とした死亡の増加減少の違いは,70歳以上の高齢者は抗菌薬の進歩の恩恵を受けていないことが推察される。実際に,厚労省の人口動態統計の疾患別死亡率を見ると,1975年以降にセフェム系,カルバペネム系,キノロン系が発売されたにもかかわらず死亡率は増加の一途をたどっているのである。高齢化により70歳以上の人口が増え,これらの集団が抗菌薬では救命し得ない何らかの要因で死亡していることを示している。


高齢者肺炎は感染症か?

 Teramotoらの研究2)によれば,誤嚥は50歳から始まっており,肺炎患者における誤嚥の関与は70歳代では70%以上,80歳以上では90%前後にまで達している。そして,この誤嚥は嚥下機能低下というベースがあっての合併症の存在にほかならない。

 さらに嚥下機能低下は数多くの機能低下の氷山の一角に過ぎず,高齢者肺炎にはさまざまな合併症がつきまとう。心不全,運動障害,認知症,低栄養状態,電解質異常などであり,抗菌薬治療の内容が予後に関連せず,これらの宿主因子が予後に関連していることは既に多くの報告3)が示す通りである。当院の70歳以上の肺炎入院患者291例の観察研究(未論文化データ)でも,生存群と死亡群に初期抗菌薬奏効率に有意差はなく,肺炎そのもので死亡に至った例はわずか5例(1.7%,死亡群の中では17%)であった()。

 当院呼吸器内科に肺炎で入院した70歳以上の患者291例の解析
福家良太,ほか.第3回北摂四医師会肺疾患フォーラム2014年2月15日一般演題2

 さまざまな機能が低下した高齢者はいわゆる“frailty”と呼ばれる状態かそれ以下の不可逆な機能低下の状態(以下ではpost-frailtyとする)にあり,高齢者肺炎治療で実際に難渋するのは肺炎ではなくこれらの背景病態の管理である。すなわち,高齢者肺炎は感染症というよりも加齢による種々の機能低下による症候群にほかならない。では,この機能低下の状態に至った高齢者の肺炎において,抗菌薬投与や急性期病院への入院は果たして意味があるのだろうか?

Cons
抗菌薬投与・入院は必要ではない

 高齢者肺炎に抗菌薬治療を行うか行わないかでその後の予後はどう違うのかについて,ひとつの答えとなる可能性があるのがCASCADE study4)である。この報告は米国22の介護施設の認知症が進行した肺炎患者225例の前向き観察研究を行ったものである。患者背景を見ると,「Do-not-hospitalised(DNH)order(入院しない意思表示)」という記載があり,このDNHをあらかじめ意思表示している患者が約半数に上る。人生の最期(End-of-life)を快適に過ごせたかについてQOL(Quality of life)を評価すると,抗菌薬治療を行わなかった患者に比して抗菌薬治療を行った患者はQOLが低く,入院した患者ではさらにQOLが低下していた。

 また,DNHの意思表示がない場合は侵襲的治療介入が増加することが報告されている5)。米国とオランダの介護施設の認知症を伴う下気道感染症の前向きコホート研究6)では,行動抑制はADLを低下させ,経口抗菌薬治療は3か月死亡率を改善させないと報告している。全ての医療・介護従事者は,高齢者肺炎では入院自体が侵襲であることを認識する必要がある。

Pros
抗菌薬投与・入院は必要である

 前述のCASCADE studyでは,抗菌薬を投与することで死亡リスクは80%減少し,DNHの意思表示は死亡リスクを2.21倍に有意に増加させたとしている。また,認知症患者への抗菌薬治療の差し控えは認知症を進行させる,重症肺炎を惹起させる,食物・水分の経口摂取量が減る,脱水が進行するなどの弊害があることを指摘する報告7)や,肺炎による死亡の直前は認知症患者において著しい苦痛を伴い,死が差し迫っている状況での抗菌薬の使用はこれらの不快さを減じるかもしれないとする報告8)もあり,必ずしも抗菌薬を投与しないことがよりよい余生を過ごすことにつながるとは限らない。また,入院は,その患者の終末期において,呼吸困難や疼痛といった苦痛の緩和目的でのオピオイドをはじめとする各種薬剤の投与も(病院によっては)可能であるという一面も有する。

 Post-frailtyの高齢者肺炎にお...

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