医学界新聞

インタビュー

2014.04.07

【interview】

臨床研修必修化から10年,「次」の論点
國光 文乃氏(厚生労働省医政局医事課医師臨床研修推進室/医師臨床研修専門官)に聞く


 医道審議会医師分科会医師臨床研修部会(部会長=国立病院機構理事長・桐野高明氏)が昨年12月,医師臨床研修制度の見直しに関する報告書をまとめた。新たな専門医制度など卒前・卒後の医学教育をめぐる動きが加速するなか,必修化後10年を迎えた医師臨床研修制度の見直しにおいてはどのような論点が挙がったのだろうか。厚労省・医師臨床研修専門官の國光文乃氏に聞いた。


「到達目標」と「評価方法」の見直しが今後の課題

――今回の臨床研修部会においてはどのような論点が挙がったのでしょうか。

國光 主な論点は2つです。1つは,臨床研修制度の基本理念である「基本的な診療能力を身に付けること」をさらに推進させるにはどうしたらよいか。もう1つは,昨今の医師不足を踏まえた「地域医療への配慮」です。

 まず,「基本的な診療能力を身に付けること」に関してですが,臨床研修制度は2004年度の施行以降,到達目標の内容を変更していません。一方で,この10年の間には,高齢化がさらなる進展をみせると同時に,入院医療から外来医療へのシフトをはじめとした医療提供体制の変化も起きています。こうした環境変化への対応に加えて,到達目標自体の課題も検討会の中で指摘されました。というのも,現在の到達目標の主体は,「経験すべき診察法・検査・手技」「経験すべき症状・病態・疾患」といった「経験目標」なのですね。これに関しては,より診療能力を踏まえた形で工夫する必要があるという意見が出ました。

――評価方法自体についても,報告書では標準化の必要性が示されています。

國光 現状では,各病院で採用されている評価方法が「指導医による評価」「コメディカルによる評価」「レポート」「実技試験」など,施設によってさまざまです。評価方法について何らかの標準化をしなければ,臨床研修修了者の到達度に差が生じてしまい,制度の理念からも望ましくないという指摘がありました。また,諸外国の評価方法,例えば英国におけるe-ポートフォリオの活用なども検討会のなかで話題に上がりました。

 具体的な標準化の方法についてはこれからの議論になりますが,研修医へのフィードバックも含めた体系的な評価モデルを提示して,各病院の実情にあわせて活用してもらえるような仕組みを考えています。また,評価手法は指導体制とも密接に関係しますので,指導医の在り方,指導技法,院内体制を含めて,研修の質の向上に向けてしっかり議論していきたいと考えています。

――到達目標と評価方法の見直しに関しては,報告書のなかで「速やかな検討が望まれる」と明記され,研修診療科や研修期間など他の検討事項よりも優先度が高い印象です。

國光 はい。臨床研修部会の下に別途検討の場を設けて見直すことまでは既に決まっています。2020年度の新研修医からの適用に向けて,到達目標と評価方法の見直し作業に入る予定です。

――到達目標については,専門医制度の動向ともかかわってくる話ですね。

國光 そうですね。新しい専門医の仕組みは,2017年度からの開始が予定さています。これに加えて卒前教育に関しても,共用試験の標準化等による充実が期待されます。こうした医師養成の全体的な動向を踏まえて検討されることになります。

専門研修における「医師偏在」の是正が必要

――次に,もう1つの論点である「地域医療への配慮」について伺います。臨床研修制度の施行は地域医療,特に大学病院に大きな影響を与えました。

國光 確かに大学病院は非常に厳しくなりました。研修医の採用実績を大学病院と臨床研修病院で比較すると,制度施行前の2003年度のデータでは,研修医の7割が大学病院に採用されましたが,制度施行後は例年4-5割にまで低下しています。

 しかし,「都市部に研修医が流れた」かというと,必ずしもそうでもありません。都市部の6都府県(東京・神奈川・愛知・京都・大阪・福岡)とその他の道県で研修医の採用実績を比較してみると,制度導入後は,都市部の6都府県で研修医が減少傾向にあります(図1)。あわせて臨床研修修了時に行っているアンケート調査結果なども踏まえますと,研修医は「都会か地方か」よりも「指導体制やプログラムの充実」を重視していて,その結果として地方の臨床研修病院に研修医が集まっている傾向があります。

図1 研修医の採用実績の割合(6都府県とその他の道県)

――大学にとっては臨床研修制度の副作用が大きかったのは確かですが,都道府県レベルで見ると臨床研修医は地方に残っている,と。

國光 はい。ただ,専門研修の段階になると,臨床研修に比べ,より都市部に集まりやすい傾向があります。新しい専門医の仕組みの第一の目的は「質の向上」ですが,地域での医師確保の観点からは「偏在の是正」にも配慮する必要があります。

――都市部は症例数が多く,専門性を高める上では有利に働くのでしょうか。

國光 都市部に症例が多いのは確かですが,医師があまりに集中すると,1人当たりが持てる症例数は逆に限られてしまいます。各都道府県レベルでも,大学病院や基幹病院ならばある程度の症例は集まるので,1人の医師に対する症例数,指導体制(指導医数)などを基本としつつ,地域の医師分布の状況を総合的に踏まえる必要があります。

 臨床研修については,1968年のインターン制度廃止の後36年間の長きにわたって続いた「努力義務」の期間に臓器別のストレート研修が中心であり専門志向に偏っていたことや身分・処遇が不十分であったこと等の反省から,相当の議論を積み重ね,2004年に新臨床研修制度として必修化された経緯があります。その後,制度必修化の目的である研修医の基本的な診療能力はデータ(図2)でみると上昇傾向にあり,研修医の処遇といった問題もある程度改善されています。ただ同時に,大学病院の若手医師数が低下し,地域医療に混乱を招く一因となったことは否めません。医師の質の向上やキャリア形成を図るとともに,地域での医師確保をいかに両立していくかが,当面の課題であると認識しています。

図2 研修医の基本的な診療能力についての経年的評価
基本的な臨床知識・技術等について,「自信をもってできる」「できる」と答えた研修医の割合は,全体的に年々上昇(図は代表的なものの例示)。
【出典】平成24年度厚生労働科学研究「医師臨床研修制度の評価と医師のキャリアパスの動向に関する調査研究」(分担研究者=聖路加国際病院長・福井次矢氏)

――最後に,医学生・研修医へのメッセージをお願いします。

國光 新人のころの経験はその後のキャリア形成にも大きく影響すると言われています。まずは,臨床研修を精いっぱい満喫しつつ新鮮な感覚で多くを吸収してください。そしてその中で,将来どのような診療科・キャリアに進むにしても,患者さんとしっかり向き合えるよう,医師としての「基本的な素養」「基本的な診療能力」,この2つを基盤として養ってほしいと思います。具体的にどんなことが必要なのかは,到達目標にいろいろ盛り込んであるので,ぜひ一度見てください。

 また,急速な高齢化に伴い医療・介護などのニーズが増える中,若い医師には「地域を診る目」を養ってほしいと願っています。基幹型病院は急性期病院がほとんどですが,例えば「地域医療研修」の期間を活用するなどして,急性期以外の病院や診療所などのリハビリ・外来・在宅医療・介護など,より患者さんの生活に近い現場での取り組みに触れることで,患者さんが地域で暮らしていくために何が必要なのかを知り,「地域包括ケア」時代にふさわしい医療者に育ってくれることを期待しています。 

 そして,専門医との関係で言えば,多くの若い医師に,総合診療専門医に関心を持ってもらいたいと思います。これまで総合診療医は位置付けやキャリアパスが十分に確立していない部分もありましたが,今回,専門医の1つとして総合診療専門医が位置付けられたのは医師育成の中で画期的な出来事ですし,行政としてもこの仕組みを支援していきたいと考えています。

(了)

参考文献/URL
1)医道審議会医師分科会医師臨床研修部会報告書「医師臨床研修制度の見直しについて」

國光文乃氏
2003年長崎大医学部卒。臨床経験後に厚労省に入省し,介護保険制度,健康危機管理,病院管理などに関する業務に携わる。その間に米国カリフォルニア大ロサンゼルス校(UCLA)公衆衛生大学院に留学(MPH取得),東京医歯大大学院にて医学博士号を取得。12年より現職。

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