医学界新聞

寄稿

2014.02.03

【寄稿】

米国理学療法のパラダイムシフト
ジェネラリストとしての理学療法士へ

一色 史章(AEHP代表/理学療法士)


 理学療法というと,日本では手足を他動的に動かし,歩くときの補助をする"リハビリ屋"というイメージが強いのではないだろうか。米国では,そのような認識はなく,一つのメディカルスタッフとして位置付けられている。医師がメディカルスクールに行くように,理学療法士も理学療法士スクール,つまり大学を卒業後,修士課程または専門職理学療法博士課程(Doctor of Physical Therapy)へ進学して資格を取得する。

 米国の整形外科分野においては理学療法士は「メスのいらない整形外科医」と評されることもある。しかし,これは昔から言われていたわけではなく,近年その必要性が認められ,構築されてきた認識である。さらに米国では,「なりたい職業ランキング」で理学療法士が毎年トップ10入りしており,メディカル分野では常に1位または2位であることからも,国民からの理学療法士に対する評価の高さがうかがえる。

理学療法士へのダイレクト・アクセスの実現

 EBMが提唱され始めた1990年代前半,理学療法でもパラダイムシフトが起こった。 従来,例えば肩関節挙上ができない患者がいると,挙上時に関節内で円運動が行われる際の異常を探し,関節を操作,または筋収縮や弛緩を利用した正常運動を促していた。さらに肩甲帯,胸椎進展不全,骨盤傾斜,足部のアーチ低下など肩関節挙上に影響するその他部位の運動機能に着目して,何が肩関節挙上を害しているのか考える,いわゆる「クリニカルリーズニング(Clinical Reasoning;臨床推論)」を行い,介入を施していた。

 しかしこれでは,皮膚,血管,内臓などさまざまな器官が関連する疾患に対し,理学療法士それぞれが経験則に基づく処方を選択するため,"理学療法"と一口に言っても多種多様な介入が行われかねない。「アート70%,サイエンス30%」と言われるような理学療法が提供されてきた実態があった。

 教育面に目を向けると,パラダイムシフト後は,博士課程中心の教育へと変更されていった。理学療法教育の大きな変革のポイントは,患者が医師を介さず理学療法士のもとに来院した際,理学療法を提供することが安全であると判断できるジェネラリストとしての知識・技術を博士課程教育において習得すること。その上で,整形外科,中枢神経,小児などそれぞれの専門において,誰が診てもエビデンスに基づいた治療ができるスペシャリストを育成することである。こうして両者を兼ね備えた理学療法士を養成した結果,経済的な観点も加わり,医師の処方がなくても直接理学療法士の診察を受けられる「ダイレクト・アクセス」が実現した(1)。米国50州のうち,このダイレクト・アクセスが可能な州は現在28州にのぼり2),2014年には,カリフォルニア州も可能となる見通しだ。

 理学療法士を介した診療の変化を示す概念図(参考文献1を改変)

理学療法士が鑑別を行う

 患者が理学療法の対象者として適切か否かの判断が理学療法士に求められるダイレクト・アクセスでは,例えば「腰痛」で来院した患者に対して,腹部大動脈瘤,腸閉塞,腎不全などが原因の腰痛かどうかを鑑別し,該当する場合はしっかりと専門医へ紹介しなければならない。

 理学療法士にも可能なのだろうか。現在その根拠となる調査も行われている。例えば,腰痛の診断には"Red flag sign(重篤な疾患の可能性)"という言葉があるが,Scottらの調査によると医師の40%がこの鑑別に不慣れである一方,理学療法士は25%にとどまるという結果が出ている3)

 「3時間待ち3分診療」という言葉が日本ではやったように,米国でも医師が患者一人ひとりに時間をかけることができない状況がある。看護師であるBethalによると,ジェネラリストとしての理学療法士の登場による効果は,医師の時間の創出,医療費の抑制,待ち時間の短縮,患者のより高い満足度,患者に対して時間をよりかけられる,医師に重篤なケースを多くみてもらえると報告され,ダイレクト・アクセスの有効性が裏付けられてきている4)

サイエンス70%,アート30%

 また,ダイレクト・アクセスにより,解剖学や機能に基づいた経験則ベースの処方はセカンドチョイス(第二選択)となり,エビデンスのある処方をファーストチョイス(第一選択)とするようになった。ファーストチョイスを支える一例が「クリニカルプレディクションルール(Clinical Prediction Rule)」だ。もともと,薬学などの分野で使われていた考え方が理学療法に適応された経緯がある。医師にはおなじみのCanadian C...

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