医学界新聞

寄稿

2013.11.04

【寄稿】

"国際基準"の医師に必要な言語技術を(前編)
医学教育に求められる「言葉の教育」

三森 ゆりか(つくば言語技術教育研究所 所長)


 世界医学教育連盟(WFME;World Federation for Medical Education)は,2012年に医学教育における国際基準を定める方針を改訂した1)。これによって日本の医学教育はさらに大きな変革を迫られ,新カリキュラムの策定が進められるなど,医学教育の国際認証に対応した教育変革が図られている状況にあるようだ。

 ところで "国際基準の医学教育"を考えるにあたって,日本ではまず,専門的な医学教育の土台となる「言葉の教育」の在り方に目を向ける必要がある。というのはWFMEの中心となっている国々では,医学教育の大前提として母語による「言語技術(Language arts)」が徹底指導されているからである。

 本稿では,言語技術の解説,ならびにその基本スキルの養成方法について,前後編に分けて紹介する。

「言葉の教育」が不十分な日本

 WFMEが重要性を説く「分析および批判的思考を含む,科学的方法の原則」「EBM(科学的根拠に基づく医学)」2)は,医学の学問分野の知識・技能においてのみで行われるわけではなく,言葉の教育の上に発展的に成立するものである。しかし日本は,医学部が「理系」とされるが故に,文系科目への比重が極端に軽くなり,言葉の教育が不十分なままに医学部進学が可能な環境にある。

 例えば私立高校などでは,医学部に入学させるために早期から文系科目を排除し,理系科目に専念して教育する姿まで見られる。国立大医学部をめざす上で必須となるセンター試験の「国語」科目も"総合的な言語能力"が求められる試験とは言いがたいものであるし,また各大学が実施する小論文や面接の試験にしても,個々によほどの問題が見られなければ十分とされているのが現状である。

 こうした本邦の言葉の教育は,WFMEの執行委員会(Executive Council)を構成する国々の委員たち(スイス・ドイツ・英国・スペイン・フランス・デンマーク・オーストラリア・メキシコ・ベネズエラなど)の想定するものとは大いに異なる。なぜなら彼らは母語教育として言語技術が指導される国々で育った人々だからである。真の意味で,国際的に対応可能な医師としての技量を獲得させるには,本邦においても国際的に当然のこととして実施される言語技術の教育を行い,「コミュニケーション」「分析および批判的思考」2)の養成を図っていくべきである。

段階的に言語技術を身につける欧州各国

 「言語技術」教育とは,ギリシャで始まった修辞法をその礎とする言葉の教育である。それは,ギリシャ文化とともに欧州中に広まり,さらには欧州の人々とともに世界中に広がった。そのため,欧州系の言語を母語教育として指導する国々の指導内容は非常に似通っている。彼らは医学を志すはるか前の小学校時代から,ごく当たり前に言葉の教育として,言語技術を徹底的に指導されており,言葉を用いて行うことの全てが言語技術を基盤として成り立っている。必然的に,こうした国々の人が「コミュニケーション」「分析および批判的思考」2)と言うときに想定される方法論も共有されている。

 筆者がその母語教育の方法論を視察してきたスイス,ドイツ,英国,フランス,スペイン,デンマーク,カナダ,米国などの国々においては,小学校から高校卒業までに「話す・聞く・読む・書く・考える」の言語の5機能を体系的なカリキュラムに基づいて鍛える構成となっており,子どもの発達段階とともに,スキル訓練を積み上げる。外から入ってきた情報に対して分析的・批判的に思考をする能力の育成をめざし,情報の聞き方,書物の読み方(クリティカル・リーディング),ものの考え方(クリティカル・シンキング:論理的,分析的,多角的思考)や議論を行うためのスキルなどを指導するのである。

 さらには,分析的・批判的思考に基づいて,独自の創造的思考(クリエィティブ・シンキング)ができるように導く。同時に,考えたことをわかりやすく論理的に話したり,書いたりする技能も養う(図1)。こうした国々では自分の言葉で表現することに大きな価値が置かれ,その価値観は学生に対する試験にも反映されている。そのため言語技術教育を実施する国々では,日本のような穴埋め式・選択式の試験が行われることは極めて限定的である。

図1 言語技術の体系

ドイツにおける,徹底した言語技術の指導

 筆者が中高の教育を受けたドイツにおける言語技術の例は,具体的な内容を理解するのに有効である。ドイツでは,概ね図2のような構成で教育が行われている。授業は全て議論を重視した形式で展開され,5年生くらいからはディベートやプレゼンテーションの方法も指導される。

図2 ドイツの母語教育のカリキュラム

 例えば国語科目では,「読み」の教育が重視され,情報をどのように分析的・批判的に読むのか,つまりクリティカル・リーディングやクリティカル・シンキングの実践法が具体的に指導される。絵本からゲーテの「ファウスト」に至るまで,何となく読んで感想を持つレベルではなく,議論を通して分析的・批判的に内容を掘り下げて読むことが学生に求められるのである。

 同時に,作文教育も徹底され,考察した内容を小論文にまとめる機会も頻繁に設定される。こうした「書き」の教育も,「読み」同様に充実しており,物語から大論文までの文章作成方法が,小学校から高校卒業までの期間に段階的に指導されている。そこでは文章の型を指導するだけでなく,実際に形式に則って記述する力が育つよう,指導者による添削が繰り返し行われ,学生の文章作成能力を鍛えあげていく。

 国語において指導される言語技術に基づいたものの考え方,発言の仕方,資料の読み方,記述方法などは他教科にも応用される。つまり,社会,理科,数学,語学,音楽,美術などのあらゆる教科において言語技術に基づいた授業が展開されており,同様の手法を用いて議論,レポートの作成,試験が実施されるのである。

 なお,こうした一連の指導は全ての学生に行われており,日本のように理系・文系などという区別もない。将来的に医師になる如何にかかわらず,文学作品を分析的・批判的に読む力,作文を書く力は,全ての学生が当然身につけるべき能力と位置付けられているのである。そのため大学教育においては,言語技術は学生が当たり前に身につけている技能と考えられ,わざわざ言及されることもない。大学,あるいは大学院で学ぶ医学については,言語技術が前提となるのは言うまでもないのだろう。

 今回紹介したように,WFMEの中心を成す国々では,言葉の教育を段階的に,そして徹底的に行い,言語の5機能を体系的に養う。そしてその中で,医師に求められる「コミュニケーション」「分析および批判的思考」の基本的な力を自然に学生は獲得してきている。

 こうした国々の医学教育で養うのは,基礎言語技術の能力を前提とした,医師という専門職に必要な言語技能なのだ。本邦においても"国際基準の医学教育"を実現するには,こうした国々の言語教育の水準を見習い,現在の日本の言葉の教育の在り方を見直し,教育内容の組み立てを考える必要がある。次回は,言語技術の具体的内容を紹介する。

つづく

参考URL
1)World Federation for Medical Education.Basic Medical Education WFME Global Standards for Quality Improvement.
 http://www.iaomc.org/wfme.htm
2)日本医学教育学会.医学教育分野別評価基準日本版――世界医学教育連盟(WFME)グローバルスタンダード2012年版準拠.
 http://jsme.umin.ac.jp/ann/WFME-GS-JAPAN_v10.pdf


三森ゆりか氏
上智大外国語学部卒。卒後,株式会社丸紅に勤務し,上智大文学部博士課程前期課程中退。1990年に(有)つくば言語技術教育研究所(2001年に改称)を開設し,ドイツの作文技術教育を参考に日本人を対象とした言語技術教育を行っている。文科省コミュニケーション教育推進会議教育WG委員や,読解力向上に関する検討委員会委員なども務める。

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