実践につながる病態生理学の理解に向けて(深井喜代子)
寄稿
2013.10.21
【寄稿】
実践につながる病態生理学の理解に向けて
看護基礎教育における「形態・機能学教育強化」の必要性
深井 喜代子(岡山大学大学院教授・基礎看護学)
「本当に解剖生理の単位,取ったんですよね?」「看護師免許,持ってますか?」。これは筆者が大学院の講義中にしばしば院生に投げ掛ける言葉である。1993年に看護学教育・研究に携わるようになって以来,学内外のさまざまな機会を得て形態機能学,特に生理学の講義を担当してきた。高価で分厚いテキストを使い,試験もレポートも課す難儀な科目をあえて受講する目的を問うと,「実践をやる上で不可欠な知識だから」「初めからきちんと学習し直したいから」と院生(特に社会人入学の)は皆口をそろえて答える。そう,彼らは生理学の知識不足を痛感してきたというのだ。
参考までに形態機能学の講義時間を,わが国の看護学系と医学系大学および海外の看護学系大学で比較した(表1)。各大学とも柔軟なカリキュラムを組んでいるため数字はあくまで概数であるが,問題の所在が見える。医学生の4分の1に満たない学習時間で,彼らと同程度に病気を理解せよというのは無理な話である。
表1 形態機能学講義時間数の比較 |
註)いずれの数値も過去3年以内のシラバスから算出した概数。Aは私立大学,B-Eは国立大学,F・Gは米国有数の看護学系大学(*F・G大学はそれぞれ130コマ/60分,168コマ/60分だが,1コマを45分間に換算して統一し,授業コマ数を日米で比較できるようにした)。 |
問題の核心が見えない構造
筆者のような生理学と看護学の両方にアイデンティティを持つ者は当然だが,臨床経験のある院生も看護実践者も,教育者も国も,看護学関係者は誰でも「看護師が形態機能学に弱い」ということに気付いている。それなのに,一向に改善されないのはなぜか。そこには問題の核心が見えない構造がある。
人体の形態機能学の知識不足・不十分な理解という問題をひも解いていくと,(1)疾患・治療→(2)病態生理→(3)解剖生理にたどり着く。ここまでは誰もが見える問題点である。しかし,実は核心はその先,→(4)細胞レベルの生理学の知識および理解不足にあるのだ。
この単元は,どの生理学テキストにも最初に出てくる生理学全般に関係する基礎部分で,薬理学や病態生理学を理解する上で不可欠な理論である。医学生はここを理学部並みに徹底的に学習する。しかし,看護学教育では「時間がない」という理由で教科書に書かれていても省略されることが多い。日々進歩する現代医療を"暗記"でなく理解するには,細胞レベルの知識が必要不可欠にもかかわらず,である。このことを一体どれだけの看護学系教員が指摘できるだろうか。
医師が知らないことは看護師も知らなくていい?
2012年の専門看護師教育課程の改訂により強化された教育課程は,実習のほかに,病態をより深く専門的に理解するための病態生理学全般と薬理学で,合理的かつ理想的のように見える。筆者は関係者に「いくらでもお手伝いしますよ」と持ち掛けたことがあるが実現せず,実習以外の病態生理学は医師が担当することに変わりはなかった。
たまたま最近,こうした大学院教育に携わる細胞生理学専門の現役の基礎医学系教員に話を聞く機会があった。氏によると,看護職の専門能力向上に寄与すべく入念に準備して講義に臨んだが,一向に思うような成果が上がらず自信を失いかけた。改善しようと原因を探って初めて看護の基礎教育が提供する貧しい知識のほどを知り,愕然としたというのだ。しかも,受講者の誰からも「私たちは細胞生理学をほとんど習ってこなかったので,病態生理学の講義に入る前に,まずそこから教えてください」という注文はなかったらしい。
「医師でも知らないんだから,看護師は知らなくてもい...
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