解きほどかれる看護師の語り(井部俊子,村上靖彦)
対談・座談会
2013.10.21
【対談】
解きほどかれる看護師の語り
井部 俊子氏(聖路加看護大学学長)
村上 靖彦氏(大阪大学大学院 人間科学研究科准教授)
“普通”の看護師が,日常のケアを語る言葉から,これまでの哲学にはなかった概念がいくつも生み落とされていく――『摘便とお花見』(医学書院)を著した現象学者の村上靖彦氏は,看護師の語りの魅力をこう表現します。同書では,4人の看護師(MEMO)へのインタビューを現象学を用いて分析。感情や心理で語られがちな看護師の仕事を,“クールな行為”としてとらえ,行為の基盤となる複雑な時間・空間構造を洗い出すことが試みられています。
このたび本紙では,村上氏と,「ケアを言葉にすること」の重要性を説き,実践してきた井部俊子氏に,現象学によってほどかれ,磨かれていく看護師の語りと,そこに見えるケアの構造についてお話しいただきました。
看護師の語りは“冗長”でいい
井部 『摘便とお花見』,面白く読みました。看護師の語りをここまで磨いて,推理小説のような謎解きをしてくださったのは,素晴らしいですね。目からうろこでした。
村上 ありがとうございます。
井部 でも,ちょっと物好きな方だなとも思いました(笑)。哲学者の村上さんがなぜ,看護師の語りに注目してくださったんでしょう。
村上 何よりも看護師さんの語りの複雑さが,僕にとってはすごく魅力的で,新しいものだったからです。
井部 具体的には,どういうことですか。
村上 例えば,がん看護専門看護師のCさんの語り。患者さんにとって,「だんだん」やってくる内的な衰えに対し,死は外から「どんどん」やってくる。その経験を,Cさんは「じっくり」聴くという,3つの異なる時間が絡み合い,一つの看護実践の場を作っています。
このようにそれぞれの看護師さんが,それぞれ異なる時間構造のなかで実践を組み立てていて,それが細かな言葉遣いのなかに表現されている。これは,時間というものについて,常に何か唯一の,普遍的な構造があるかのごとく考えられてきた西欧哲学に対して,すごくインパクトがあります。
しかも,一見普通の看護師さんたちのあいまいな言葉のなかにそうした新しい概念がいくらでも含まれていて,自然と語られていく。そのことにいっそう,驚きと面白さを感じます。
井部 そうですか。私自身は,看護師の語りに「もうちょっとまとまらないの?」とヤキモキしてしまうほうなんです。どうしても記述的というか,おしゃべりのようになってしまうので,“冗長”だと批判されることさえあります。
きちんとできあがった言葉で語るすべをもたなかったために,この本の帯にあるように「誰も看護師を知らない」事態が生まれているのではないか,と考えていました。
村上 確かに自然科学領域の論文などから見れば,本書で取り上げた語りはどれもコンパクトにはまとまっていないし,“こんがらがって”いますね。
でも,看護実践ってそういうものじゃないかと思うのです。僕は以前,自閉症の医療現場でもフィールドワークを行っていましたが,ある意味診断基準でカテゴライズできる医師の仕事のほうが,はるかに単純だと感じました。
井部 確かに看護師の仕事というのは,法律上の「療養上の世話」や「診療の補助」といったフォーマルな記述ではとうていまとめきれない,個別性にあふれたものですね。
村上 文脈も相手も異なるいろいろな経験が同時に生じて,パターン化することが難しい。そういう看護の特徴をシンプルに語ろうとするほうが無理な話で,行ったり来たり,飛んだりするのは必然ではないでしょうか。
井部 では村上さんにとっては,冗長さそのものが,看護の本質を表現する一つの形であると。
村上 ええ。「神は曲がりくねった線でまっすぐ書く」というポルトガルのことわざを,詩人のクローデル(Paul Claudel)が引用しているのですが,そんなように,一見回り道に見える冗長さこそがまさに,看護師さんの仕事を語る上では最も的確かつ近道である気がしています。
無知なインタビュアーが引き出す「ノイズ」
井部 方法論についても伺いたいのですが,研究する人によって,アプローチがかなり違ってくるものですか。
村上 そうですね。例えば,看護師である西村ユミさん(首都大東京)は,病院にフィールドワークに入り,看護師さんたちの動きをひたすら観察し,追っていくような研究をされています。
彼女にはナースコールの音も,看護師さんの反応も,別の病室で行われている処置も,ヒトとモノとの区別なく,一つの動きの連鎖として見えるみたいです。視野が広くて,シグナルをキャッチすることに長けているんですよね。
井部 それは,確かに看護師ならではの感覚ですね。ベテランの管理者になると,ナースコールも「点滴の終わった音だ」「おしっこをしたいんだな」と聞き分けられるくらい敏感になりますし,情報が入ってくる範囲が自然に拡大してきます。
村上 僕自身はそういう感覚を持ち合わせていないので,フィールドワークに入っても,見ているだけでは全然わからないと思います。ただ看護師さんはすべて意識しているので,インタビューすることで,その一端を聞き出すことができるわけです。
井部 インタビューでの質問は,二つだけと書かれていましたね。
村上 初めに伺うのは「日々の実践について教えてください」と「看護師になられたきっかけや来歴を教えてください」の二つです。
井部 それで,こういう語りを引き出せているのは,村上さんがうまい聞き手だからでしょうか。
村上 いえ(笑),一つには,たぶん看護師さんという職業がとても内省的で,常に考えながら実践を行っているからだと思います。普段はそういう場がないけれど,聞かれれば一気にこれだけ語れるくらい,いろいろ考えている。
もう一つの理由としては,僕が看護に対して“無知”であったことでしょうか。それこそ透析室に入ったこともありませんでしたから,Dさんには,部屋の絵を描いてもらって,そこでどんな看護をしているか,身振り手振りを交えて一から説明していただくことになりました。
井部 事前に背景や状況を把握していると,言葉にしない了解性のようなものが生じたり,わかっているからこそインタビュアーがしゃべりすぎてしまう場合もあり得ます。ですから“わかっていない人”が聞き手のほうが,語りを引き出すことになるかもしれません。
看護師の重層的な動きを,一から語るというのは,少々アクロバティックですが。
村上 そこなんですよね。無知なインタビュアーに,いろいろなことを同時に説明しなくちゃと皆さん思われるんでしょう。
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