医学界新聞

取材記事

2013.10.07

講演録

『medicina』創刊50周年記念セミナー
〔講師〕須藤博氏(大船中央病院内科部長)
最後はやっぱり身体診察


 『medicina』誌の創刊50周年を記念し,若手医師・研修医を対象としたセミナー「最後はやっぱり身体診察」が6月9日,医学書院(東京都文京区)にて開催された。講師を務めたのは須藤博氏。医師に必須のスキルである身体診察の考え方や,知っておきたい知識を豊富な経験を基に講演いただいた。本紙では,そのもようをダイジェストでお伝えする[全文は『medicina』(第50巻 第10号)に掲載]。


身体診察の手順

 まず,身体診察は何のためにするかを考えたいと思います。医師が患者さんに出会ってから診断に至るまで,頭のなかでどのように考えるでしょうか。

 最初に,患者さんの言葉を聞きますよね。例えば60歳台の男性が,「一昨日から急に右足首が痛くて歩けなくなった」と言ったとする。われわれはその言葉を「60歳台の壮年男性が2日前から急性に右足1個の関節が痛くなって来院した」と置き換えます。これが病歴であり,壮年男性に発症した急性単関節炎であれば偽痛風・痛風と関節炎の2つを鑑別診断として考えていきます。

 関節が腫れているのか,関節の周りが腫れているのかを確かめる。その時に,よく見ると下肢に変な皮疹があったとする。ここで話が変わってきますね。皮疹が出るような病気は何があるかということを考えて,もう1回話を聞くわけです。例えば,菌血症を起こしている化膿性関節炎で,実は数日前に熱が出ていたならば,ほかにフォーカスはあるかなと,もう1回病歴を聞いたり身体所見をとる。そこで特徴的な身体所見があれば,確定診断にたどり着ける。このような方向(診断を想起し,その診断にたどり着くための特徴的な身体所見を探すこと)がいわば王道です。

 けれども,なかなか最初からはこのようにできるわけではありません。ですから,王道とは逆向きの練習が重要です。つまり,診断がわかっているうえでその診断に特徴的な身体所見があるかどうかを確かめたり,特別な病歴があるかどうかを聞きにいくことが大切です。

 よく,「診断名がわかっている患者さんを診ても勉強にならない」なんて言いますけど,僕はそんなことはまったくないと思います。診断がわかっているから,その病気の所見には「こんなものがあるんじゃないか」と確かめることができるのです。例えば大動脈弁閉鎖不全症の患者さんがいるとする。その所見には有名なものがたくさんありますから,それを1個ずつ確かめるんです。症状でも同じです。例えば血管炎だと診断がわかっている患者さんが,どういう経過で来院したかをよく聞く。

 そういうときに,「この疾患にはこの所見がある」ということを知っていなければ絶対にわからないので,あらかじめ知っていることが重要です。知っていたうえで,それを探しにいくという態度が一番重要じゃないかなと思います。

 こうした練習を繰り返すうちに,本来の方向である病歴・身体所見から診断へたどり着くことができるようになると思います。僕もそうやってずっと練習してきました。

■身体診察の達人なんているのか?

 今回のセミナーも含め,「身体診察のスペシャリストである須藤先生」って最近よく紹介され,「身体診察のスペシャリストになるにはどうすればいいでしょうか」なんて聞かれるんですが,「いるかそんなもん!」と思います。身体診察だけの達人なんて絶対にあり得ない。要するに,身体診察はあくまでも臨床力の一部でしかなく,身体診察の達人はすなわち臨床の達人であるということです。残念ながら自分はまだとても臨床の達人とはいえません。身体所見の写真をたくさん撮っているという意味で達人と呼ばれるのだったら,僕は胸を張って「はい,たくさん写真を撮っているカメラ小僧です」とは言える。でも,本当の達人というのは,ローレンス・ティアニー先生のような人を言うので,僕は「いつかはそうなれたらいいな」と思っています。

写真1 セミナーの様子

わからなかったらとにかく写真を撮っておく

 そうは言っても,「どうやって勉強するんですか」と聞かれて「そんな方法はない」と言っては身もフタもないので,自分の勉強法をお話しします。いまはデジカメという非常に強力なツールがあります。昔は記録を残すことが難しかったけど,デジカメによって非常に正確に記録を残すことができる。「何だろう?」と思ってわからなかったら,すかさず写真に撮っておくんです。そうしたら,5年後に答えがわかることもあります。「ああ,これがそうだったんだ!」ということがあるんですよ。

 あらかじめその所見が異常かどうか知らなかったら,目の前にそれがあっても絶対にわかりません。「私はそんなものを見たことがない」と言った外科医に対して,「いいえ,先生は見たことがあるはずです。ただ,“認識”したことがないだけです」と言った内科医の反論を覚えておきなさい,と『サパイラ――身体診察のアートとサイエンス(原著第4版)』に書いてあります。これは私の大好きな話で27章の小さな注のところに書いてあります。

 また,ずーっと「そうなりたい」と思い続けていると,少しずつでもそうなります。例えば聴診にしても,僕は十数年前に右脚ブロックが聴診でわかるということを聞いて,「そんなこと可能なのか?」と天地がひっくり返るほどビックリしました。

 でも最近,レジデントと一緒に回診していて,「この人,ひょっとして右脚ブロックがない?」と言うと,3回に1回ぐらい当たるんです。右脚ブロックでは,高齢者であっても2音が吸気時にも呼気時にも幅広く分裂して聞こえるのですが,10年前には自分はまったくわからなかった。だから,右脚ブロックの患者さんがいると知ったら,必ず聴きに行っていたんです。そうすると聞けるようになるんですよ。あるとき,わかる瞬間がきます。ですから,やり続けることです。

50周年にちなんで

 『medicina』誌創刊50周年に際し,50という数字にちなんだ診察例をご紹介します。臍の位置はどこか知っていますか。実は,臍の位置は剣状突起と恥骨結合の真ん中±1 cmだそうです。その位置がどちらかに寄ると異常だということがあります。例えば臍が下のほうにずれるのが肝腫大とか,腹水ですね。お腹の上部にずれるのは妊娠です。

 それから,こんな人を診たことありますか(写真2)。91歳の高齢男性ですけど,ものすごくしっかりした人でした。排便・排尿の記録を自分でつけておられたのですが,その後で看護師さんに「この患者さん,50回も尿が出ていますけどいいんですか?」と言われて,「嘘だよ!」と思って確かめたら本当に50回なんですね。ビックリしました。よくこれだけ記録したなと思いましたが,原因は何だと思いますか?

写真2 91歳男性の腹部所見(左に頭部)

 これは,本当に患者さんに申し訳ないことをしたと思いましたが,お腹を診たときに「あっ!」と思いました。下腹部が膨隆しているんですね。実は尿閉でした。つまり尿の回数が多かったのは溢流性尿失禁だったわけです。

 尿閉を診断するのに,聴性打診が有効です。auscultatory percussionといって,聴診器を恥骨結合の上に乗せて,上から指でポンポンポンと叩いていくんですね。叩いていって,ちょうど膀胱の上縁までいくと音が急に大きくなります。『サパイラ』に書いてあったのですが,結構使えます。恥骨結合から音が変わるまでの距離が8-9 cmを超えていれば,間違いなく残尿のため膀胱が大きい。ぜひ,これはやってみてください。

(抜粋部分終わり)


須藤博氏
83年和歌山医大卒。茅ヶ崎徳洲会総合病院で内科研修後に米国Good Samaritan Medical Center腎臓内科などで臨床研修。その後同院で指導医として勤務。94年池上総合病院内科,2000年東海大医学部総合内科を経て06年より現職。「3年がかりで『サパイラ――身体診察のアートとサイエンス(原著第4版)』(医学書院)の監訳を多くの先生方の協力を得て無事終えられたのが最近でもっともうれしかったことです」。

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