医学界新聞

2013.09.16

Medical Library 書評・新刊案内


SHDインターベンション ハンドブック

ストラクチャークラブ・ジャパン 監修
古田 晃,原 英彦,有田 武史,森野 禎浩 編

《評 者》吉川 純一(西宮渡辺心臓・血管センター院長)

SHDインターベンションを科学的に解説

 ストラクチャー・ハート疾患(SHD)とは,別に新しい疾患概念ではない。ただ,それに対するインターベンションが大きな時代の変革の到来を示唆しており,「新語」として登場したものと理解される。疾患でいえば,大動脈弁狭窄や僧帽弁逆流,僧帽弁狭窄,肺動脈弁狭窄,心房中隔欠損を中心とする先天性心疾患などである。これらの疾患群に対するインターベンションの中では,何といっても大動脈弁狭窄に対するカテーテル治療(TAVI)や僧帽弁逆流に対するMitraClipが鮮烈な印象を与える。

 そのインターベンションに対して,わが国で初めてその概念や手技などの臨床を科学的に解説したテキストが登場した。私は心からそれを歓迎する。

 本書の序文「はじめに」に森野禎浩先生が私の思うところを記載されている。すなわち,「冠動脈疾患に特化したステント治療は極めて安定した成績が得られ,これ以上の発展が難しいと思えるレベルまで成熟した。その結果としてデバイスの開発会社自体やその領域で働く研究者たちに閉塞感が生まれてきた」と述べておられる。そこに登場したのがSHDインターベンションである。若い有能な心臓病医が海外に渡り,主にヨーロッパ(特にフランス)で経験を積み,SHDインターベンションが日本でも開花しようとしている。森野先生は続けて「そうした若者のエネルギーに触れるにつけ,これからこの新しい領域はわれわれ世代を飛び越え,実質的には彼らが率いていくべきものと確信する」とまで述べておられる。立派である。私も執筆者の幾人かを知っているが,森野先生の言葉に恥じない人々ばかりである。

 昨年,私自身も米国のコロンビア大学でTAVIを見学してきた。カテ室に入ると,異様な雰囲気である。とにかくカテ室に人が溢れるぐらい入っていて,いろんな言語が飛び交っている。熱気に溢れている。その中心にいるのが,経食道心エコー図を操る中国系米国人の女性医師であった。カテが始まると,部屋は静かになり,その女性医師と術者の声だけになった。あっという間にTAVIは成功裏に終わり,TAVIが優秀な治療法であることを確信した。

 さて,SHDインターベンションには内科医にとって,誠に魅力的であることに間違いない。ただ,冠動脈インターベンションが普及したときに,外科医と内科医の間に,何ともいえぬ齟齬が生じたのを忘れてはならない。SHDインターベンションも,外科医と十分に討論の上施行されるべきである。従来,各科の医師が自分の専門領域の視点で治療法を決めてきたように思う。特に大学においてそうである。この点は,われわれ医師すべてが銘記すべきことと思われる。

 皆さんには,まずわが国で最初のSHDインターベンションの科学的著作である本書で十分にSHDの診断や病態を学習し,次いでSHDインターベンションに関してしっかりと勉強してほしい。私は本法がインターベンションと心エコーを中心とする画像診断を結ぶ強力な技術であることとも絡み,SHDインターベンションを強力に支持する。

B5・頁240 定価6,825円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-01708-4


今日の神経疾患治療指針
第2版

水澤 英洋,鈴木 則宏,梶 龍兒,吉良 潤一,神田 隆,齊藤 延人 編

《評 者》金澤 一郎(国際医療福祉大大学院長/東大名誉教授)

身近に1冊備えるべき神経疾患治療の教科書的書籍

 この度,医学書院から表題の本が上梓された。第2版である。だが,これがほぼ20年ぶりの改訂であることがすぐにわかる人は少ないだろう。亀山正邦・高倉公朋両先生編集による初版の序にすでに,神経学は「遺伝子レベルの研究が最も盛んな領域」であり,「高齢化によって,わが国では,神経疾患対策が強く要請されている」とある。その他に,この20年間に臨床や研究の内容が縦にも横にも著しく拡がった。例えば,認知症が増加した上にその鑑別診断も細分化したし,MRIをはじめとする画像診断が精緻化し,神経免疫学的病態の知見も増大した。疾患概念そのものが変わったものもある。精密になる一方の診断へのアルゴリズムも均てん化されてきた。当然,それに並行して治療法も進展した。新しい薬物や手術も開発され,治療の選択肢が多くなった。そればかりでなく,EBMの概念も定着し,いくつかの疾患について,「治療ガイドライン」も学会等の責任で作成されてきた。また,20年前にはそれこそ「夢物語」でしかなかった神経変性疾患の根本的治療も,遺伝子治療や細胞治療などによって「もしかしたら」と思わせるような時代になったことを忘れてはならない。

 これほどの大きな進歩が,ものすごいスピードで進行している神経学領域での治療法の教科書的書籍の改訂に際して,東京医科歯科大学大学院脳神経病態学・水澤英洋主任教授をはじめとする6名の編集者のご苦労は並大抵ではなかったであろう。妙なことを言うが,取り上げない項目を決めるには,新幹線のように疾走する列車から飛び降りるような勇気がいるからである。改訂されたことがわかる点を挙げると,この20年間の臨床知見や画像知見を凝集させた「症候と鑑別診断」にページを割いていること,「治療方針」はガイドラインに沿って非常に具体的に記載されていること,薬物の商品名と一般名の対応表などの気配りが随所にあること,などであろうか。取り上げられた項目を見ると,神経内科以外に,脳神経外科,整形外科,小児神経科,神経耳科,神経眼科,など,関連診療科に関わる項目も豊富にあって非常に実用的である。これだけの内容を357名の執筆者が分担して書き上げたことを考えると,これ以上の内容を望むのは気の毒になるが,あえて注文をつけることにしよう。

 1つは心療内科的あるいは精神科的な項目がもう少しまとまってあってもよかったのではないか。例えば「不安」に対する専門家の立場からのコメントや処方例が載っていると心強いだろう。また,個人的なことで気が引けるが,私が苦しんだ腰椎脊椎間狭窄症の項目を立てて,プロスタグランジン製剤による治療を紹介してくれても良かったかと思う。無論,こんな注文にいちいち応えていたらきりがないが,患者の心理だと許して欲しい。いずれにせよ,身近に1冊備えるべき必携の書である。それにしても,改訂までの20年はいかにも長すぎる。今後は,せめて5年に縮めて欲しいとお願いしておきたい。

A5・頁1136 定価15,750円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-01621-6


異常値の出るメカニズム 第6版

河合 忠,屋形 稔,伊藤 喜久,山田 俊幸 編

《評 者》本田 孝行(信州大教授・病態解析診断学)

ルーチン検査には本書の活用が欠かせない

 “検査値を読んでみたい”という衝動に駆られたことはないだろうか。その知的好奇心を十二分に満たしてくれるのが,河合忠先生,他編集の『異常値の出るメカニズム 第6版』である。1985年に第1版が発売され第6版を迎えるので,超ロングセラーに間違いなく,医療従事者にとって検査値を読むためのバイブルといっても過言ではない。第5版から5年目の早い改訂であり,河合先生の意欲が感じられる。

 ルーチン検査(基本的検査)は血算,生化学,凝固線溶および尿検査などを含んでおり,世界中で最も頻繁に行われている。臨床検査部では正確な検査結果を返そうと努力しているが,患者の診断,治療に必ずしも十分に活用されているとはいえない。最大の理由として,ルーチン検査を読む教育が十分でないことが挙げられる。AST,ALTが上昇すれば肝機能が悪い,UN,クレアチニンが上昇すれば腎機能が悪いなど,ごく表面的な浅い解釈に留まっており,患者の病態を深く追求できていない。結果として十分に活用されない検査が大量に行われており,医療費の無駄遣いともいえる。

 ルーチン検査では,1つの検査で1つの病態を解釈することは不可能である。複数の検査を組み合わせその変動を検討することにより,詳細に患者の病態が捉えられる。まず,全身状態,そして各臓器の病態を把握していくので理学所見をとるのに似ている。ただ,複数の検査項目を結び付けて考察する必要があり,各検査の異常値の出るメカニズムを熟知していなければならない。

 本書以外に,個々のルーチン検査の異常値の出るメカニズムについて詳細に解説している本を知らない。検査値を読みたい,すなわち,ルーチン検査を十分に活用したいならば,本書を活用するしかない。信州大学医学部病態解析診断学では,16年前から本書を教科書としてReversed Clinicopathological Conference(R-CPC)の授業を行っている。私はR-CPCを始めるころに本書に出会い,授業で本書の内容を学生に伝えられれば十分だと直感した。10回以上本書を精読した後,R-CPCの授業を始めたころを昨日のように思い出す。今でも,ルーチン検査でわからないことがあれば本書を開いている。

 河合先生は,第6版の序文で“artの部分の修練”という言葉を使用されている。本書で検査値を読む修練を重ねることにより,検査に振り回されるのではなく,検査を道具として自由に操れるartistになれという意味だと勝手に理解させていただいた。遺伝子検査や腫瘍マーカー(カットオフ値があるのでデジタル検査と呼んでいる)は切れ味のよい検査であるが,患者の全身状態を捉えることはできない。ルーチン検査(アナログ検査と呼んでいる)は,直接診断につながらないが病態の変化が捉えられる。検査にはそれぞれ使い方がある。本書により各検査の異常値の出るメカニズムを十分に理解し,多くの検査のartistが誕生することを期待する。

B5・頁480 定価6,300円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-01656-8


運動器臨床解剖アトラス

中村 耕三 監訳
M. Llusá,À. Merí,D. Ruano スペイン語版著者
Miguel Cabanela,Sergio A. Mendoza,Joaquin Sanchez-Sotelo 英語版訳者

《評 者》吉尾 雅春(千里リハビリテーション病院副院長)

理学療法士や作業療法士こそ手にとるべき解剖学書

 この解剖学書は実に素晴らしい。

 評者なりに解剖学書に特に求めていることは,(1)写真や図が見やすいこと,(2)写真や図の掲載に終わらず解説が豊富なこと,(3)理学療法士や作業療法士にこそ必要な情報が含まれていること,などである。

 まず,本書は写真が豊富で,しかもホルマリンで固定したものだけでなく,フレッシュでリアリティに富んだものが多く,読者の目を引き付けてくれる。また,部位によっては染色も施し,X線写真も併載され,理解を深めさせてくれている。運動器に関わる臨床家にとって確認したい部位の「見る方向性や角度」に応えてくれる掲載も多く,“臨床解剖アトラス”にふさわしい構成になっている。

 解説も豊富で,単に解剖学的な説明に留まらず,臨床的な視点を含みながら解説を加えている。写真を多く掲載して,その部位を知らしめることももちろんあって良いが,やはり解剖学者が見たことをきちんと文字で読者に伝えることは大切である。写真を見るだけでは理解を得にくいことも多い。

 理学療法士である評者が最も重視しているのが理学療法士や作業療法士こそが知っておかなければならない情報が含まれている解剖書であるか否かである。本書をどのように読み取っていくかはもちろん読者に委ねられるが,記載そのものは評者が知る限り,同類の解剖書の中では最も優れた書であると言って良い。

 解説の中で評者が最も注目しているのは「関節筋」についてである。本書で「関節筋」という表現はないが「膝関節筋」として中間広筋の深層の線維束を解説している。関節包に緊張を与える筋で,運動学的にはとても重要なシステムである。肩関節については「棘下筋や小円筋の一部が関節包に停止して関節包を引き締める役割を担っている」と解説している。脳卒中などによってこれらの筋が麻痺すれば,関節包は陰圧の関節の中に吸い込まれてしまうかもしれない,そして炎症や損傷を引き起こすかもしれない,と読解することが理学療法士や作業療法士には求められているのである。神経障害を有する患者を対象に運動を主としてかかわる専門職者にとって不可欠な情報であり,教員もそのことを理解して講義をしなければならない,きわめて重要な解説部分である。

 わずか数行ではあるが,そのヒントがきちんと記載されている。ここに本書の価値を見た。

A4・頁424 定価18,900円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-01199-0


ジェネラリストのための内科外来マニュアル

金城 光代,金城 紀与史,岸田 直樹 編

《評 者》松村 理司(洛和会ヘルスケアシステム総長)

頭の訓練,整理にもってこいの1冊

 2004年に始まった新医師臨床研修制度(以下,新制度と省略)の第1期生が,医学部卒後10年目を迎えている。新制度の3大眼目のうち最重要かと思えるものが,プライマリ・ケアの重視である。卒後初期にこそ,基本的臨床能力をどっしりと構築しておかねばならないという配慮である。そのために多くの地域中核病院や中小病院が,新たに臨床研修指定病院となり,一般病棟や救急現場を研修の場に提供している。

 一方,外来診療の修練の時期・場所・方法・効率について考えてみると,これがなかなかに難問であることがわかる。内科外来と限定してみてもである。プライマリ・ケアの重視と銘打った新制度の到達目標でもない。後期研修以降の課題なのだ。“大リーガー医”のローレンス・ティアニー先生が,本書の「推薦のことば」で,「医学のなかでも最も難しい分野である外来診療」と形容するくらいである。若手医師が担当する場合でも,一人前の顔付きでの即決即断が外来診療の基本だからである。

 本書の特質の第1は,3つの中-大規模病院で働く8人の中堅ジェネラリストだけの手によることだ。576頁もあるだけに1人当たりの執筆の負担はかなり大きいはずだが,この種の少数精鋭主義は心地よい。第2として,米国臨床医学に精通した方々ばかりなのに,訳本ではなく,自前の症候学というのも心憎い。種々の症候へのアプローチの仕方にも教わるところが多い。白衣のポケットに入れて診療の隙間に垣間見るという風にはいかないが,逆に少しは時間の余裕があるときの頭の訓練や整理にはもってこいである。第3として,「初診外来」「継続外来」ともに,その選択項目の幅と議論の深さは,必要十分かと考えられる。第4に,ほぼすべての項目において疾患頻度が5段階で区分けされていることである。エビデンスが示されていないので,主として執筆者の経験に基づくものだろうが,思い切った試みである。「よくある疾患」における頻度と「見逃したくない疾患」における頻度の基準は異なると思われるし,疾患頻度自体が各人の診療の場の影響を受けるわけだが,大概の地域中核病院での外来診療にとっては大いなる参考値となるだろう。

 本書は,内科外来を開始する後期研修医だけでなく,内科外来にかかわるジェネラリスト,さらに専門医にとっても資するところが大きい。値段はやや張るが,中味が実に濃いからだ。

A5変 頁576 定価5,460円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-01784-8


皮膚血管炎

川名 誠司,陳 科榮 著

《評 者》山元 修(鳥取大教授・感覚運動医学講座皮膚病態学分野)

皮膚科医はもちろん,関連する内科医,病理医も必読の書

 わが国における皮膚血管炎研究の第一人者である,川名誠司,陳科榮両巨頭の著書『皮膚血管炎』(医学書院)が刊行された。総論で疾患概念,病因・病態,病理組織のポイントを理解し,さらに各論で一次性血管炎疾患,二次性血管炎疾患,重要な鑑別疾患へと流れるような内容の展開で,手にした瞬間から一気呵成に読破してしまった。それだけ惹きつけられる魅力的な書である。それにしてもまず感じたのは,皮膚科学の中で皮膚血管炎は決してメジャーな領域ではないにもかかわらず,348ページにも及ぶ大著であり,それだけにかゆい所にまで手が届くように丁寧で,かつ最新の情報まで網羅した,皮膚科医のみならず内科医,病理医必携の書であるという点である。

 私は,書店で医学書,特に臨床写真や病理組織写真が豊富に掲載されている本を選ぶ際に,まずはぱらぱらとページをめくり,いかに美麗な写真が厳選されているかを吟味する。本書は臨床写真の明瞭さ,的確さはもちろんのこと,病理組織写真の美しさとバックの白抜けの良さに圧倒された。皮膚の血管炎ほど病理組織診断が重要な位置を占める疾患はない。皮膚病理組織学は何といっても「多数の標本を見てなんぼ」の世界であるが,その点で美しくかつ的確に病理組織学的所見が示された皮膚血管炎に関する書物を,私は他に知らない。私事で恐縮であるが,この度日本皮膚病理組織学会理事長を拝命して,あらためて若い医師の皮膚病理学教育について考えてみた。以前から皮膚病理学を志す若い医師が減少の一途をたどっていることに危機感を抱いてきたが,減少の理由の一つに,かつて周囲にたくさん居られた皮膚病理組織学に精通した皮膚科医が激減し,論議の対象になっている所見がどれであるかを若者に指摘できなくなったことが挙げられる。所見を把握できなくなると,全く面白くないわけである。臨床写真もそうであるが,本書の病理組織写真の一つ一つに丁寧な解説が加えてあり,このような若者でも本文を読まなくても十分に学習できる。特に入門者にとってありがたいのは,総論で皮膚の正常血管の解剖・組織学について,一般解剖学・組織学の教科書も足下に及ばないくらい懇切丁寧に解説している点である。さすが日常皮膚を精確に観察してきた皮膚科医の手による書である,と快哉を叫びたい。さらに,ある程度皮膚臨床を経験した者にとってありがたい点は,国際的な血管炎の定義や診断基準ではやや消化不良に陥りがちな“皮膚の”血管炎についての暫定診断の要点を示してくれている点であろう。実際大変役に立つのでぜひ目を通していただきたい。

 さて,本書で著者らは,(1)皮膚は小血管炎の発生頻度が高い臓器である,(2)皮膚生検で早期確定診断が可能である,特に致死性全身性血管炎の場合はこの点が重要である,(3)血管炎類似疾患は臨床症状が血管炎と酷似し,治療方針が異なる点で厳密な鑑別が必要である,という点を強調しているが,ここから筆者らの豊富な経験とそれから得られたポリシーがうかがえる。

 皮膚科医はもちろん,関連する内科医,病理医の必読の書である。そして若い医師には,ある一つのジャンルを研究してきた筆者らの熱いポリシーを知ってもらうために,一度は読破していただきたい書物である。

B5・頁360 定価13,650円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-01010-8


感染予防,そしてコントロールのマニュアル
すべてのICTのために

岩田 健太郎 監修
岡 秀昭 監訳
Nizam Damani 著

《評 者》青木 眞(感染症コンサルタント)

実際的でハイレベルのPractice満載

感染管理に必要な広い視野

 評者は感染症の世界を「微生物,臨床,疫学」の3つの領域に分けている。カメラのレンズでいえば「望遠,標準,広角」の3種類となる。望遠レンズはその解像力の高さを生かし微生物を拡大・分析するが代償として広い視野を失い,また多くの場合,微生物観察の場所は宿主から離れている。臨床担当の標準レンズは微生物と宿主の相互作用を検討するが,施設全体,社会全体を広く視野に入れての広角レンズ的な検討は疫学に委ねることになる。そして「しっかりとした標準レンズ(臨床)の訓練なくして,その後のまともな望遠レンズ(微生物)的研究や広角レンズ(疫学)的研究の発展はおぼつかない」とは長年の評者の持論である。さて感染管理Infection Controlという専門性の基本軸は広角レンズ「疫学」となるが,この専門領域は望遠,標準レンズ的知識も高いレベルで求められる点で際立っている。幸か不幸か評者のこの指摘が真実であることはワクチン行政をはじめとする,この国の病理が雄弁に物語っている。

簡にして要そして包括的

 さて岩田健太郎先生監修,岡秀昭先生監訳の本書であるが第一の特徴は極めて包括的である点にある。これ一冊で感染管理全体の業務内容(Job description)が概観できる。同時に包括的でありながら優れた優先づけ(Prioritization)が本書を肥大化させないでいる。この優先づけ作業を可能にしているのは言うまでもなく既述の3レンズが適切に融合した視点である。例えば耐性菌の記述(10章)を見てみよう。ここに登場する耐性菌はたったの5種類(MRSA, VRE, ESBL産生菌・緑膿菌,Acinetobacter)であるが,この5種で先進医療とほぼ同義語である菌の耐性化と患者の脆弱化を雄弁に表現している。

感染管理の新人にもベテランにも

 「感染源を隔離し,感染経路を遮断する……」といった抽象的理論は現場ではほとんど役に立たない。感染管理の世界ほど実学として具体的なノウハウを必要とし,それが現場の救いとなる領域は少ない。少し例を挙げよう。

・アウトブレイクの管理にはマスメディア対応専門官とその訓練が重要(P45)。
・掃除会社の社員教育用マニュアルかと見間違えるほど具体的な病室清掃手順(P88)。
・狭域抗菌薬を使用させるため制限された(=広域抗菌薬の有効性を隠した)感受性報告書の使用(P161)。
・抗菌薬使用ガイドライン作成時,臨床スタッフにも参加させ「自らの」ガイドラインと意識づける(P163)。
・人工呼吸器関連肺炎の予防には「発生率」よりも予防手順の「遵守率」の公表が効果を挙げる(P266)。

 本書は極めて実際的であるが感染管理上の達成目標のレベルは犠牲にしていない。微生物検査室は「世界標準の方法で菌種を同定,感受性検査を行うべき」とあるが,これなど日本を除くほとんどの先進国が国家として責任を持って行っていると聞く。「WHONETを使用し国内サーベイランスにデータを提供する」(P166)なども施設間のデータ互換性を意識した国全体のサーベイランスの重要性を認識したプロの見識である。

 本書は地味な内容も手伝い決して読みやすい本ではない。しかし,感染管理の“新人”には自らの業務内容を概観しその基本的「構成要素」を知るのに有用であり,“ベテラン”にとっても日々の業務に有用な現実的・具体的なノウハウを新しく与えられる本となるだろう。多くの感染管理にかかわる医療従事者に勧めます。

A5変・頁400 定価4,725円(税5%込)MEDSI
http://www.medsi.co.jp/

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