医学界新聞

寄稿

2013.09.02

【寄稿】

人工呼吸器装着時からの早期離床――米国の実践

田中 竜馬(LDS Hospital 呼吸器内科・集中治療科)


 集中治療室(ICU)における2つの重大な精神・神経合併症に筋力低下とせん妄がある。筋力低下は急性期に限らず長期にわたって遷延し,ICU退室後に最も多く表れる症状の一つとなる。せん妄は入院期間を延ばし,死亡率を上昇させるだけでなく,長期にわたる認知機能障害を起こす可能性が指摘されている。これらの合併症を防ぐために,米国集中治療医学会のガイドラインでは鎮静を可能な限り浅くすることと,ICUにおける早期離床を推奨している1)。また,早期離床は退院後の身体機能も有意に改善させる2)。本稿では筆者が勤務する米国の一施設のICUにおける取り組みを紹介する。

思うように使えない鎮静の現状

 かつては,ICUで人工呼吸器を装着している患者は深く鎮静され,場合によっては筋弛緩されるのが一般的であった。重症疾患やその治療のために苦しい思いをさせるくらいなら,深く鎮静しておいて,よくなってから目を覚まさせればよいという考え方である。また,深鎮静をしたほうが,人工呼吸器との同調が得られやすく,看護の手間が減るという医療者側の事情もあったのだろう。このような診療は日本だけでなく米国でも広く行われており,かのThomas Petty医師(註)は「最近は患者が鎮静され筋弛緩されて身動きもしないので,モニターがなければ生きているのかどうかもわからない」(筆者訳)と嘆いていた3)

 苦しませたくないという思いやりの心で使う鎮静だが,なかなか思うように使えていない実情もあった。ベッド上安静のために筋力が低下して深呼吸や咳嗽が十分にできなくなったり,明確な指標のない鎮静薬使用のためにせん妄の発症が助長されたりした。筋力低下やせん妄を起こした患者は,人工呼吸期間が延長するため,さらに鎮静と安静が必要になるという悪循環になる。しかも,つらい思いをさせないはずの鎮静は,ICU治療後の心的外傷後ストレス障害(PTSD)の頻度を減らさないばかりか,かえって増やす可能性も指摘されている4,5)

米LDS Hospitalにおける早期離床の取り組み

 「鎮静+安静」型治療での精神・神経合併症に,医原性の要素があるのは否めない6)。これらの合併症を減らす努力として,筆者が勤務する米国ユタ州ソルトレイクシティーのLDS Hospitalでは,積極的な鎮静の減量・中止と早期離床を行っている。

◆少ない人員でも鎮静中断は可能
 早期離床を安全かつ有効に行うためには鎮静の調節が欠かせない。ICUにおいては鎮静スケールの使用や1日1回の鎮静中断(DIS: daily interruption of sedation)が提唱されている。しかし,これらを儀式的に行うだけでは早期離床の価値は半減する。当院ICUでは「鎮静は少なければ少ないほうが良い。中止できればなお良い」という共通理解のもと,鎮静を最低限にするよう積極的に試みている。

 例えば,前夜に入室して気管挿管・人工呼吸を導入した患者であっても,多くの場合,明朝には鎮静を中断し,問題がない限りそのまま再開せずに経過を見る。鎮静を使わないことで人工呼吸器を要する日数が短縮されることを示したランダム化比較試験では,看護師1人に対して患者1人という恵まれた体制を採用していたが7),当院では日本の多くのICUと同様に「看護師:患者数=1:2」で実現しており,マンパワーは必ずしも重要ではない。

◆ICUから一般病棟まで継続する早期離床
 早期離床は鎮静薬の減量と並行して開始される。患者の全身状態にもよるが,通常1日3回程度行うため,スタッフ間の時間調整が必須だ。人工呼吸器を要する患者の場合,担当看護師,理学療法士,呼吸療法士で介助する。他の施設と同様,人が有り余っているわけではないので,当院では家族に協力してもらうことも少なくない(写真)。

写真 早期離床を行っている様子。手前に呼吸療法士,患者の左手を看護師,右手を理学療法士が支える。車いすを押してついてきているのが患者の家族(本人と家族の了承を得て撮影)。

 離床は一般病棟へ移った後も継続して行い,退院後に備える。当院ではICUで担当した理学療法士がそのまま一般病棟でも継続して治療にかかわるので,「ICUでの成果が一般病棟に移って帳消しになった」とはなりにくい。

 離床の手順としては,まず端坐位を行う。自力で体幹を支えて坐位を維持できるようであれば,次には介助付きで立位を取り,さらにベッドそばの椅子へ移動する。椅子上での坐位を維持できれば,次は歩行。歩行は人工呼吸器を装着した患者でもルーチンに行う。むしろ人工呼吸器からの離脱のために積極的に行うと言ってよい。PEEPなど人工呼吸器設定が高い場合は,人工呼吸器を装着したまま歩行し,そうでなければバッグ換気に切り替える。歩行距離の目安はICU一周の60メートルだ。この距離を歩ききれるようになるのと同時期に,人工呼吸器から離脱,一般病棟に転床となることが多い。重症患者でも,安全に離床を行えることが報告されており8-10),筆者が当院に勤務し始めてからも,離床中に気管チューブが抜けるといった重大な有害事象には遭遇していない。

◆良質な睡眠の鍵は日中の活動
 鎮静減量・早期離床と並んで重要なのが良質な睡眠の確保である。ICU患者は頻回に目を覚ます(覚まさせられる)ため睡眠が断片化する。そのため,徐波睡眠やREM睡眠といった疲れを取るための睡眠が減り,Stage I・IIの浅い眠りが増える。鎮静と睡眠が混同されることがあるが,ベンゾジアゼピン系の鎮静薬は浅い睡眠を増やすため,かえって睡眠の質は低下する。

 また,睡眠のおよそ半分が日中に起こるため概日リズム(circadian rhythm)にも変調を来す。ICU患者が睡眠不足になると著しく認知機能が低下するというのは,集中治療に携わる医療従事者の多くが同意するところであり,「ICU症候群なんて呼んでいるのは,とどのつまりICU患者の睡眠不足に過ぎない」という意見もある。夜間の良質な睡眠を確保するためにも,昼夜のメリハリをつけたリズムを保つことが重要だ。日中には離床を含めた活動によって覚醒を維持し,夜間には睡眠をとるための環境を整えることで,普段の生活に近い概日リズムを保つのである。

「できるはずがない」という思い込みが最大の障害

 これから早期離床に取り組むのであれば,まずはすでに実践している施設の見学を勧める。早期離床を行うに当たっての最大の障害は,医療者側の「できるはずがない」という思い込みにあることが多い。だが,実際に見てしまうと,そんなに簡単なことだったのかとむしろ驚くだろう。その上で,自施設の1-2人の患者で試してみる。「重症肺炎だけど改善の兆しが見えてきた」ような,導入しやすく,効果が見えそうな患者から始めると良い。成功体験をチーム内で共有すれば,さらに次につながりやすくなる。

 先のPetty医師が始めた人工呼吸病棟では,1964年当時すでに人工呼吸器を付けた患者が覚醒して坐位を取っていた3)。つまり,早期離床は決して高度な技術を要する医療ではない。しかし,実現には多職種によるチーム医療が不可欠である。ICUからの退室というような短期的目標だけでなく,退院後の機能的予後まで考慮した長期的目標をチームの全員が共有し,その一環として早期離床を実践できれば,患者にとってより良い医療の提供ができるのではないかと考える。

註)Thomas Petty(1932-2009):呼吸器領域における国際的権威。800以上の文献を発表し,編著書は45冊に上る。ARDSを最初に報告した論文11)の共同執筆者であり,人工呼吸管理にも造詣が深かった。

文献
1)Barr J, et al. Clinical practice guidelines for the management of pain, agitation, and delirium in adult patients in the intensive care unit. Crit Care Med. 2013; 41 (1): 263-306.
2)Schweickert WD, et al. Early physical and occupational therapy in mechanically ventilated, critically ill patients: a randomised controlled trial. Lancet. 2009; 373 (9678): 1874-82.
3)Petty TL. Suspended life or extending death? Chest. 1998; 114 (2): 360-1.
4)Jackson JC, et al. Long-term cognitive and psychological outcomes in the awakening and breathing controlled trial. Am J Respir Crit Care Med. 2010; 182 (2): 183-91.
5)Wade DM, et al. Investigating risk factors for psychological morbidity three months after intensive care: a prospective cohort study. Crit Care. 2012; 16 (5): R192.
6)Vasilevskis EE, et al. Reducing iatrogenic risks: ICU-acquired delirium and weakness--crossing the quality chasm. Chest. 2010; 138 (5): 1224-33.
7)Strøm T, et al. A protocol of no sedation for critically ill patients receiving mechanical ventilation: a randomised trial. Lancet. 2010; 375 (9713): 475-80.
8)Bailey P, et al. Early activity is feasible and safe in respiratory failure patients. Crit Care Med. 2007; 35 (1): 139-45.
9)Morris PE, et al. Early intensive care unit mobility therapy in the treatment of acute respiratory failure. Crit Care Med. 2008; 36 (8): 2238-43.
10)Pohlman MC, et al. Feasibility of physical and occupational therapy beginning from initiation of mechanical ventilation. Crit Care Med. 2010; 38 (11): 2089-94.
11)Ashbaugh DG, et al. Acute respiratory distress in adults. Lancet. 1967; 290 (7511): 319-23.


田中竜馬氏
1997年京大医学部卒。沖縄県立中部病院にて研修後,99年に渡米。St. Luke's-Roosevelt Hospital Centerにて内科レジデント,ユタ大にて呼吸器内科・集中治療科フェローとして研修。2005年亀田総合病院呼吸器内科および集中治療科集中治療室室長,07年より現職。臨床医として米国で勤務する一方,「若手医師のための人工呼吸器ワークショップ」の主任講師として日本国内での呼吸ケア教育に力を注いでいる。

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