医学界新聞

インタビュー

2013.08.26

【interview】

「共同災害看護学専攻」がめざす
看護のパラダイムシフト

野嶋 佐由美氏(高知県立大学副学長・教授)
山田 覚氏(高知県立大学教授)に聞く


――博士課程教育リーディングプログラム(MEMO)の申請に当たり,災害看護学をテーマに選択した理由と経緯をお話しください。

野嶋 東日本大震災を受けて,個々の学問領域のみにとどまることの限界が明らかとなり,同様に看護も集学的学際的学問領域として次の段階への飛躍が求められるようになりました。それには次世代の育成が必要です。次世代の育成に当たり,看護にとってのグローバルリーダーとは何か,どの領域に焦点を当てて育成すべきかというのが,看護界に突きつけられた課題となったのです。

 災害看護というのは,すべての看護領域の基盤になります。東日本大震災でわかったのは,例えば小児,精神,母性など,それぞれの領域が災害看護との関係性を考えずに確立できるわけではないということです。災害看護の領域はスペシャリティでありながら,看護のさまざまな分野への普遍性も持つという二面性があるため,看護学への影響力は広いと言えます。そこにグローバルリーダー育成の意義があると考えました。

 災害看護は比較的歴史の浅い領域ですが,これからは日本が世界をリードする分野になります。東日本大震災を経験した今,日本の災害看護を世界へ発信していかなければなりません。そこで,災害看護が看護界の次世代育成に向けた起爆剤となるだろうと,南裕子先生が中心となって本プログラムを立ち上げたわけです。

グローバルリーダーの条件

――では,「グローバル」とは具体的にどのような範囲を想定しているのでしょうか。

山田 本プログラムの「グローバル」には2つの意味があります。1つめは,"インターナショナル"に近い意味でのグローバルです。発災直後は,海外から救援部隊の迅速な受け入れが必要になります。そこで必要になるのが「受援力」,すなわち援助を受けるための態勢を整える力です。海外とのやり取りにはコミュニケーション能力は欠かせません。双方の文化的社会的背景の理解も必要です。まさにグローバルな知識が求められるのです。

 もう1つは「看護以外の他領域との連携」です。東日本大震災当時,私自身が日本災害看護学会の理事長として意思決定や指示を出さなければならない立場を経験し,他領域との連携の必要性を強く実感しました。被災者は,「看護師さんは看護だけを行うもの」と考えると思います。しかし,実際はそれだけではありません。看護師をはじめ医療者は,健康という視点を持って広く生活全般にかかわるべきだと考えています。急性期以降,避難生活は長期間にわたります。その間,医師,看護師,薬剤師,管理栄養士もかかわりますよね。もっと組織的に,システマティックに対応する力が必要です。さらに大切になるのが行政との関係です。行政は,復興に向けたインフラ整備から保健福祉関連まで,生活にかかわるありとあらゆる事柄に関係します。

 被災者の近くに寄り添って,その生活を見て,もとの生活に戻れるよう医療職と行政職がともに知恵を出し合うとなると,領域を超えた視点を持ち,両者の間に立って連携を図ることができる看護師の役割が重要になります。

 国際協力という広い意味でのグローバルな視点,地域の中の多職種連携としてのグローバルな視点,どちらにも力を発揮できる「グローバルリーダー」が求められているわけです。

最先端の集合型遠隔授業で学ぶ

――日本初の国公私立5大学共同大学院が注目されますが(),各大学は地理的に距離が離れています。どのような学習形態になるのでしょうか。

 5大学の主な取り組みと特色

山田 テレビ会議システムを用いた遠隔授業を中心に行います。ただ,従来のビデオオンデマンドのような一方向型ではなく,テレビモニターを通じて一堂に会し,皆でディスカッションしていく参加型授業形態を考えています。

 災害発生以降から,どこで,何が起こっているかの情報集約,これからどうするのかといった検討など,刻々と状況が変わるなかで,グローバルリーダーは組織のトップとして意思決定をしなくてはなりません。そこで演習では,それぞれの大学の学生に役割をもたせ,ビジネスゲームなども取り入れながら実践力を養います。例えば「県の災害対策の看護担当」「基幹病院の看護部長」「看護協会の担当者」と役割を振ってロールプレイを行います。実際に,東日本大震災発災直後の3月14日,日本看護系大学協議会,日本看護系学会協議会,日本災害看護学会,WHO災害看護協力センターの4者がテレビ会議を行い,意思決定をしました。その経験をもとに授業そのものが災害時を想定したシミュレーションとなる授業展開をいま考えているところです。

――看護技術の教育も欠かせません。どのように行うのでしょうか。

野嶋 兵庫県立大に設置する災害看護シミュレーションラボセンター(センター長・山本あい子氏)を中心に,遠隔授業でも技術教育に対応できる準備を整えています。医療現場では患者さんが目の前にいなくても,通信技術を使ってコミュニケーションをとるなど遠隔医療を行っているところもありますね。演習では,遠隔医療情報システムを活用したトリアージなどを,人体モデルを使って訓練します。ただ,災害看護学で何が大事かというと,やはりケアリングの考えです。"被災者に寄り添う"という観点を遠隔授業でどう伝えていくかというのは,課題でもありチャレンジングな試みでもあると言えます。

教員・学生双方に刺激的で挑戦的な教育プログラム

――博士課程前期・後期5年一貫で学び,本プログラム修了後は災害看護のグローバルリーダーとして認定されるわけですが,その後どのような場での活躍を考えていますか。

山田 産官学,幅広い領域を想定しています。産業界であれば災害拠点病院の看護管理職や企業の専門職として,災害にかかわるシステムづくりやものづくりに携わります。災害に対応可能な看護サービス,医療サービスの構築を考えると,医療機関を中心に各施設にリーダーが必要になるでしょう。

 「官」については,官公庁や自治体の専門職としての活躍も期待できます。東日本大震災で明らかになったように,災害時には行政の力が本当に必要です。国全体を動かすには,やはり都道府県,市町村レベルで役割分担の要となるリーダーが求められます。また災害への備えとして地域の防災教育やそのためのプログラムづくりにおいてリーダーが活躍する場があるでしょう。学問分野では国内外の大学や研究所の研究者です。

野嶋 それらに加え,学際性と国際性を融合し,国連やWHO,国際赤十字,国際看護師協会,JICA等で活躍する人材も輩出したいと考えています。こうした活躍の場を考え,学際性,国際性,産官学連携の要素をカリキュラムのなかに落とし込むよう努めています。

――プログラムの中で学際性・国際性をいかに養うかがポイントですね。

野嶋 災害看護学の学際性に関しては「災害看護グローバルリーダーに必要な学際的な科目群」という形で加えたいと考えています。国公私立の5大学が連携し,幅広い人的資源を活用した教育を提供します。看護を含む災害や医療はもちろんのこと,心理学・社会学などの人文科学系,防災・減災システム構築に向けた工学・自然環境系,行政との連携を想定した政策論なども学びます。

 国際性については,グローバルリーダーですから,英語での授業,英語でのプレゼンテーションなども必修になるでしょう。国際法や国際政治,宗教や異文化の生活習慣なども学び,確かな語学力と教養に基づき,グローバルに災害看護を普及・実現する能力を養います。演習や実習も国内だけではなく,国外に出てフィールドワークなどを行い,現場でハイレベルな実践経験を積むことも考えています。

 産官学連携は減災をテーマに,災害拠点病院や企業,官公庁,保健所などでインターンシップの実施を検討しています。

 非常に盛りだくさんですが,教員にとっても,学生にとっても本当にチャレンジングなものになるでしょう。いままでの大学院教育とは違った経験ができ,お互いに刺激になるだろうと思っています。

新たな大学院教育モデルの提案

――本プログラムによって今後どのような発展性や波及効果が見込まれますか。

山田 学際的研究方法の拡大による学問の発展や,グローバルで学際的視野に立った学問体系の再編等,多岐にわたる教育成果が見込まれます。こうした潮流を生み出すなかで看護のパラダイムシフトを起こしていきたいと考えています。また,新たな大学院教育の構築という観点では,本プログラムが国公私立共同教育や連合教育の発展に向けた第一歩となり,国公私立の枠組みを超えた大学院群の形成,そして大学院教育改革の世界モデルとして波及していくことを期待しています。

――最後に志望者に向けてメッセージをお願いします。

野嶋 災害看護に関心をもつ人たちというのは変革者です。変化を巻き起こしながらリードしていくというチャレンジングな精神を持った人物を求めています。それともう1つ,看護学の殻を破り,看護学から羽ばたいて,いろいろな分野に飛び立って行く。そして他分野での経験を看護界に持ち帰って来てくれるような,そんな人材が集まることを期待します。災害看護によって看護界に「パラダイムシフト」が起こればいいと思っています。

写真 大学院共同教育課程「共同災害看護学専攻」に関する共同記者発表が7月22日,霞が関ナレッジスクエア(千代田区)で開催され,5大学の代表者が集まった。

(了)

MEMO 博士課程教育リーディングプログラム
大学院教育改革の一環として産官学広く世界で活躍するグローバル人材の育成を目的に,2011年より文科省において開始されたプログラム。専門分野の枠を超えた学際的な教育内容を,博士課程前期・後期一貫した教育課程により実施する。2013年度は24件が採択されている。


山田覚氏
東海大工学部経営工学科卒。同大大学院工学研究科博士前期課程修了,同博士後期課程単位取得退学(工学博士)。日本アイ・ビー・エム株式会社大和研究所を経て現職。

野嶋佐由美氏
高知女子大看護学科卒。明治学院大社会学研究科修士課程修了。カリフォルニア大サンフランシスコ校看護学部博士課程修了(看護学博士)。医療法人精華園臨床保健婦としての勤務を経て現職。

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