医学界新聞

寄稿

2013.08.19

【寄稿】

神奈川発TIAクリニックモデルによる地域連携構築の試み

長谷川 泰弘(聖マリアンナ医科大学教授・神経内科学)


 一過性脳虚血発作(Transient Ischemic Attack;以下TIA)を発症すると48時間以内に5%の確率で脳梗塞に移行するとされ,TIA発症後の迅速な対応が求められるようになった12)。わが国の脳卒中治療ガイドライン3)でも「TIAを疑えば可及的速やかに発症機序を確定し,脳梗塞発症予防のための治療を直ちに開始しなくてはならない」と記載され,TIAは明確な緊急症と考えるべき時代となった。

 TIA患者が最初に受診するのは,最前線の診療所や耳鼻科,眼科など脳卒中の非専門医である。また専門病院への紹介時診断がTIAであった患者のうち,最終診断がTIAであったものは3分の1に過ぎなかったと報告されているように4),TIAは重要な疾患であるにもかかわらず,その初期診断の信頼性は極めて低い。病歴のみに頼らざるを得ないTIA診療の初期段階で,安易に「TIAではない」と否定し去ることは脳梗塞への移行を許す危険を伴うため,初診医の対応は確定診断をつけるというよりも,「TIA疑い例」の後方連携を考慮したトリアージに重点が置かれることとなる。

 TIAを緊急症と考える時代となった今日,「TIA疑い例」にファーストタッチする最前線の医師は,どのように後方連携を行うべきであろうか? 神奈川県で進められている地域連携の取り組みの一端を紹介する。

英国TIAクリニックを日本の医療環境下でどう実現するか

 英国では最前線の医師がTIAを疑ったとき,直ちにアスピリン300mgの投与を開始した上で,年齢(A),血圧(B),臨床症状(C),持続時間(D),糖尿病の有無(D)からABCD2スコア(最高7点)をつけ,この点数が4点以上(高リスク)であれば24時間以内に,それ以下(低リスク)では7日以内にTIAクリニックに紹介することが定められている。

 このようなTIAクリニックの有用性を示す報告はフランスからも行われているが,ここでいうTIAクリニックとは“無床診療所”の意味ではなく,軽症脳卒中/TIA患者に迅速に対応する大病院に設けられた専門外来のことである。初診医の具体的な行動指針を明確に示した点で英国のガイドラインは大いに参考となるが,これらの行動指針は,地域の登録医(GP)を受診して紹介状をもらわなければ大病院での専門的診療を受けることができないという英国独特の医療制度を反映したものであり,フリーアクセスの医療環境にあるわが国にこのままの形で取り入れることはできない。

 OECDの調査5)によれば,わが国のMRI普及台数は100万人当たり40.1台と世界最高で,これは英国の5倍,フランスの7倍に当たる。世界最高のCT/MRI普及率を誇るわが国では,CT/MRIを撮らずにアスピリンを投与したり,ABCD2スコアが低いからといって画像診断や専門医へのアクセスを待たせることは誰も容認しないだろう。わが国の最前線の医師たちの行動指針は,フリーアクセス,世界最高の画像診断普及率という世界のどこにもないユニークな医療環境を考慮したものでなければならない。

豊富な画像診断装置を地域連携に活かす

 以上のような問題意識から,神奈川脳神経科医会(神奈川県医師会)と日本脳卒中協会神奈川県支部は世界のガイドライン,行動指針,エビデンスを渉猟し,地域の医療資源を最大限に活かした医療連携を図るべく協議・調査を重ねた。急性期脳梗塞診断において現在最も感度の高い検査法は,拡散強調MRI(DWI)であるが,われわれの調査の結果人口約900万人の神奈川県下に,実に160台以上のDWI撮像可能なMRIが稼働している実態が明らかとなった。

 DWIなどの画像診断が行われれば,ABCD2スコアによるリスク層別化よりもはるかに高い精度でリスク評価,病態診断が可能である。フリーアクセス下にあるわが国のTIA診療は,これら画像診断装置を有する無床診療所や中・小規模病院が脳卒中専門病院とさまざまに連携して行われているのであって,諸外国よりも高レベルの診断治療が行われている可能性があるが,その実態は明らかにされていない。

トリアージツールと地域連携モデルの開発・調査

 われわれはまず諸外国の指針や最新のエビデンスをもとに,初診医がリスク層別化を行うためのトリアージツール(図1)と地域連携モデル(図2)を作成して公表した6)。これらはポケットサイズのカードにまとめて医師会員に配布し,郡市医師会の勉強会などの活動を通して,「少なくとも高リスク患者は24時間以内に専門医による画像診断を含めた診断が行われるよう対応すべきこと」などの理解を深めた。

図1 初診医のTIAトリアージツール

図2 TIA地域連携モデル

 また,かかりつけ医から送られた患者をDWIなどの画像診断をもとに共通の方法で対応できるよう,専門医向け診療ツールを作成し,地域の専門医とともに連携の実態や患者転帰,日本におけるABCD2スコアの意義などを明らかにする登録調査COMmunity-BAsed Triage of Transient Ischemic Attack (COMBAT-TIA)Studyを行っている。現在30施設以上の参加を得て逐次登録,前向き追跡調査が行われており,中間解析の結果,DWIで虚血病巣が確認された症例は,それ以外の症例に比べ有意に3か月後の脳梗塞移行率が高いことが示されている。今後6か月後,1年後までの追跡が行われ,TIA疑い例の初期治療の実態,ABCD2スコアの意義,患者紹介ルート別の脳梗塞移行率などの解析を行う予定である。

初診医の役割は後方連携のためのトリアージ

 Common diseaseであるTIAを含む脳卒中には全ての臨床医が初期対応可能であるべきである。そしてその本質は,患者のリスクに応じた緊急度で後方連携を行うためのトリアージであって,専門医ですら困難な「TIAか否か」の二者択一の診断を迫るものではない。トリアージは簡潔なリスク評価に基づいて誰もが直ちに行動できるものでなければならず,日本の医療環境に適した方法でなければならない。

 神奈川発「歩いて受診する脳卒中/TIA例」の地域連携モデルとそれに基づく実態調査から,「TIA疑い例」に対する初診医の具体的なトリアージ方法や行動指針の策定の基礎となる情報が得られるものと期待される。

参考文献・URL
1)Johnston SC, et al. Short-term prognosis after emergency department diagnosis of TIA. JAMA. 2000 ; 284(2) : 2901-6.
2)Lisabeth LD, et al. Stroke risk after transient ischemic attack in a population-based setting. Stroke. 2004 ; 35(8) : 1842-6.
3)篠原幸人,他編:脳卒中治療ガイドライン2009.協和企画 ; 2009. p78-84.
4)Calanchini PR, et al. Cooperative study of hospital frequency and character of transient ischemic attacks. IV. The reliability of diagnosis. JAMA. 1977 ; 238(19) : 2029-33.
5)OECD Health Data 2013
6)神奈川脳神経医会/日本脳卒中協会神奈川県支部「一過性脳虚血発作(TIA)資料全文


長谷川泰弘氏
1980年鹿児島大医学部卒。国循内科・脳血管部門で脳血管障害の臨床研究を進め,米国マサチューセッツ大医学部神経内科留学。帰国後に国循脳血管障害研究室長,2005年より現職。公益社団法人日本脳卒中協会神奈川県支部長。

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