科学的根拠のある音楽療法の広がりをめざして(佐藤正之)
寄稿
2013.07.01
【寄稿】
科学的根拠のある
音楽療法の広がりをめざして
佐藤 正之(三重大学大学院医学系研究科准教授・認知症医療学/三重大学医学部附属病院音楽療法室室長)
音楽療法は万能薬?
世は代替療法のブームである。「○○は△△に効く」「□□で△△が治った」といううたい文句が,毎日のように新聞・週刊誌・テレビをにぎわせている。音楽療法も例外ではない。うつ,認知症,消化器症状,緑内障に至るまで,音楽療法が効くとうたう対象疾患は私が目にしただけでも両手に余る。
では,音楽療法は医療現場で根付いているか? 医師や看護師をはじめとする医療従事者の信頼を得ているか?
答えは「ノー」である。療法を行った音楽療法士,同席した医師は効果を実感し,大部分の患者・家族からは感謝されるが,最前線でかかわる者の実感と,医学界全般での認識との間に大きな隔たりがある。なぜだろうか?
本稿では,音楽療法全般について概説した後,われわれの取り組みを紹介し,本邦の音楽療法の現況と将来像について述べる。
音楽療法の定義と原則
音楽療法は「精神および身体の健康の回復・維持・改善という治療目的を達成するうえで音楽を適用すること」(全米音楽療法協会)と定義される。治療目的を有することから,単なる嗜好・娯楽としての音楽聴取・歌唱行為とは一線を画する。音楽の適用方法により,受容的音楽療法と活動的音楽療法に大別され,それぞれ音楽の聴取と歌唱・演奏を治療手段として用いる。実際の療法では,両者がさまざまに組み合わされる。定義と分類の詳細については拙文1,2)を参照されたい。
音楽療法の大原則に「同一性の原理 (isoprinciple)」がある。これは,治療に際してはその時点での患者の症候に合致した性質の曲から入り,次第に目的とする状態に近づけるべく楽曲を変えていく,というものである。例えば,うつの治療に音楽を用いるとき,いきなり元気で明るい楽曲を用いるのではなく,まずは落ち着いた静かな曲から導入し,患者の様子をみながら次第に明るさ・活発さを増していく。身体リハビリテーションで,患者の回復に合わせて加える負荷を替えていくのと同じである。音楽療法士には,病気と症状,評価バッテリーについての知識と,何よりも患者の心身の変化を鋭敏に察知する感受性が必要である。
神経疾患への音楽療法に期待
いまだエビデンスの確立していない中で,neurologyにおいて比較的報告が多いのが認知症,失語症,パーキンソン病に対する音楽療法である。
◆認知症:認知症の症候は,もの忘れなどの中核症状と,心理・行動上の異常であるbehavioral and psychological symptoms of dementia (BPSD)に分けられる。もの忘れに関しては,音楽聴取によりアルツハイマー病患者のエピソード記憶が改善したとの報告がある3)。また,音楽は情動に直接はたらきかけることからBPSDに対する効果も期待されてきたが,最近の複数のシステマティック・レビューでもその有効性が確認されている4,5)。音楽療法にかかる経費は,認知症患者の一日のケア費用の70分の1で費用対効果が大きいとの報告もあり6),BPSDは,音楽療法の効果がもっとも期待できる領域である。
◆失語症:言語能力のすべてを失った全失語の患者が,歌唱の際には歌詞を
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