ジョブデザインから始めよう(高橋俊介,渋谷美香)
対談・座談会
2013.06.24
【対談】 ジョブデザインから始めよう
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キャリアとは上昇志向の強い人のもの。管理職やスペシャリストになりたくないから関係ない――。いえいえ。どんな人にとっても,自分にとっての「幸せなキャリア」と「不幸せなキャリア」はあるはずです。キャリア開発の研究・コンサルティングの第一人者である高橋俊介氏によれば,幸せなキャリアを築く上で大事なのは「何をしたいか」よりも「どう働きたいか」,キャリアデザインの前にジョブデザインなのだそうです。
あなたも「キャリアの棚卸」を行い,日常の看護業務から「内的基準」を探し出してみませんか。そして「偶然を計画する」ために,思い切って「デビュー」してみるのはいかがでしょうか。
高橋 看護職の離職問題はメディアでも一時期取り上げられましたが,最近は離職率が低下傾向にあるようですね。
渋谷 はい。常勤・新卒ともに離職率は4年連続で減少しています。特に新卒看護師でその傾向は顕著で,2011年度は7.5%まで下がりました(日看協「2012年 病院における看護職員需給状況調査」)。
高橋 新卒看護師の離職率低下に寄与した取り組みは何だったのでしょうか。
渋谷 最大の要因は,2009年の法改正に伴う,2010年4月の新人看護職員研修努力義務化です。私自身この前後に研修講師として全国の病院を回っていましたが,努力義務化後は各病院が教育研修体制の整備に本腰を入れたことを強く実感しています。
向き/不向きは試行錯誤しないとわからない
渋谷 離職率低下のほかの要因としては,労働条件の改善が挙げられます。また,多くの病院がメンタルサポートの取り組みを強化したことも大きいかもしれません。新人のリアリティショック軽減のため,職場に適応できない場合の対応として配置転換を図る施設も増えてきました。
高橋 それは重要だと思います。例えば救急と産婦人科では,看護師に求められる仕事内容も向いているパーソナリティも違うはずですよね。それなのに,最初に配属された科の特徴や職場の雰囲気がたまたま合わないだけで,「私は看護師に向いていない」と思い込んでしまう人もいるのではないでしょうか。
渋谷 「入職後数年は最初の配属先で頑張らないと成長につながらない」という固定観念が管理職の側に強すぎると,余計にそのリスクは高まるでしょうね。
高橋 向き/不向きは,何年間か試行錯誤しないとわからない。キャリア形成において特に重要なその時期に,組織としての支援体制があるかどうかによって大きな差がつきます。そのよい例が,航空会社大手のサウスウエスト航空です。
米国は職種別労働組合が主体ですから,A社の整備士がB社に整備士として転職することはあっても,A社で整備士だった人がA社のチェックインカウンターで係員を務めることは基本的にあり得ません。ところがサウスウエスト航空の場合は,「現在の仕事より向いている仕事が見つかった場合は,職種転換を支援する」という方針を取っています。そのためのサポート体制もあって,社員がいまの職場とは別の部署で働く「1日体験デー」,あるいはキャリア自律のための研修やキャリアコーチ制度を設けています。
渋谷 それをきっかけに社員が自身のキャリアや適性について考えるのを「寝た子を起こす」,つまりわがままを言い出したり離職につながったりするという理由で敬遠する企業はないのでしょうか。
高橋 たくさんあります。しかし,サウスウエスト航空は米国航空業界において最も離職率が低いのです。中でも,1日体験デーやキャリア研修を受けた社員の離職率はさらに低下します。自分のキャリアを自分自身で考える,つまり自律的キャリア形成こそが,本人の成長だけでなく,組織への定着率にも寄与するという結果なのです。
キャリア目標がなければ専門職とは言えない?
渋谷 自分自身を振り返ると,20代は仕事を覚えるのに精一杯で,キャリアについて考える余裕はほとんどなかったように思います。30代は自身の裁量で仕事も回せるようになり充実している反面,将来に対する漠然とした不安を抱いていました。周囲の話を聞いても,30代は先の見えない悩みを抱えている人が多いように感じます。
高橋 企業の場合,キャリア研修を行うタイミングについては会社ごとにいろんなやり方が模索されていますが,入社直後に実施するよりは,少し間を置いたほうが効果的なのは確かです。職種・業種によっても違うのでしょうが,やはり30代はキャリアを考える上でのひとつの区切りですね。
渋谷 管理職やスペシャリストをめざすなどの明確な目的を持った道を選ぶのか,あるいは出世・報酬の目標にはこだわらずに自分なりの働き方を貫くのか。そうした選択を迫られる上に,結婚・出産などのライフイベントも重なってくる。これらが,30代看護職の悩みが深まる背景なのかもしれません。
高橋 キャリアを考える際に誤解を招きやすいのが「キャリアアップ」という言葉です。本来は,勝ち負けを測るものさしがない以上,キャリアに「アップ」も「ダウン」もありません。昇進や資格の取得に限らず,もっと多様なキャリアの形があり得ると思うし,プロフェッショナルの世界は特にそうではないでしょうか。
渋谷 同感です。講師を務めた研修の場で,年代を問わず受けるのが「資格取得や管理職をめざしたほうがいいでしょうか」という質問です。「患者さんに真摯(しんし)に向き合う看護が好きなら,それを大事にするのもひとつの選択肢ですね」と伝えると,その場で涙ぐまれる受講生もいます。
高橋 目標が見えず,日々の仕事に埋没する自分がダメに思えてくるのでしょうか。
渋谷 きっとそうでしょうね。もちろん,生涯学習によって能力の維持・開発に努めることは看護職の責務なのですが,「専門職として向上すること」と「キャリアアップすること」が混同されている。こうした現状が,「キャリア目標がなければ専門職とは言えない」といった呪縛となり,中堅層や管理者を苦しめているように感じます。
高橋 本来キャリアに目標はいらないのです。目標に向かって突き進むのは,変化の激しい時代にもそぐいません。
渋谷 想定した計画のとおりには進まないのがキャリアですし,未来は予測できません。しかしその時々に置かれた状況の中で「こんなことをしたい」「こんなふうに働きたい」を実現するためには,仕事の仕方や価値の置き方を自身で軌道修正することが必要だと思います。
高橋 それと,「短期的にバランスを欠く時期があっても仕方ない」と割り切るのも大事です。仕事8割で家庭2割の時期があれば,その比率が逆の時期もある。職業人生全体で帳尻が合えば,それでいいわけです。
渋谷 私は家庭に重きを置いた働き方も経験していますが,毎日想定外のことが起きるので,その時点でのベストを尽くすことと,目の前の仕事も自身のキャリアも柔軟に組み立て直すことを学びました。
高橋 先ほどは「キャリアにアップもダウンもない」と話しました。ただ,その人自身にとっての「幸せなキャリア」と「不幸なキャリア」はあります。
幸せなキャリアを得るために大事なのは,「何をしたいか」よりも,「どう働きたいか」を考えること。つまり,キャリアデザインの前にジョブデザイン。普段の仕事の仕方そのものが問われているのです。
内的キャリア基準を自分自身で探し出す
渋谷 スタッフが自身のキャリアを考えるようになってほしいという思いで,「あなたは5年後,どうなりたいの?」と面談で聞く管理者がいます。でも,その問いに即座に答えるのは難しいものです。
まずは仕事を通して培ってきた経験やスキル,これまで大事にしてきた価値観などを自分自身で振り返って,「キャリアの棚卸」をする機会が必要なのかもしれません。
高橋 そのとおりですね。「自律的なキャリア形成」,中でも「上昇志向が強くない人にとってのキャリア自律」というテーマは,私も長年考え続けてきました。そのポイントは,内的なキャリア基準と外的なキャリア基準を分けて考えることです。
大企業は等級制度をつくり,等級が上がれば給料が上がり,机も大きくなる。そうやって社員のモチベーションを上げてきました。ところがいまの時代は上昇志向が強い人ばかりではないし,外的なキャリア基準を示すことで人が育つ時代でもない。内的な基準,つまり「自分は何をやっているとき...
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