医学界新聞

2013.06.10

Medical Library 書評・新刊案内


アウトブレイクの危機管理 第2版
新型インフルエンザ・感染症・食中毒の事例から学ぶ

阿彦 忠之,稲垣 智一,尾崎 米厚,中瀬 克己,前田 秀雄 著

《評 者》田上 豊資(高知県中央東福祉保健所長)

現場がつくった現場に役立つ健康危機管理の実践テキスト

 本書の第1版が出版されたのは2000年である。当時は1995年に阪神・淡路大震災,96年に堺市のO157食中毒事件が発生した後であり,公衆衛生現場に健康危機管理の機運が高まっていた。それから12年が経過し,公衆衛生現場待望の第2版がこのたび,出版された。この間,02年のSARS,03年の鳥インフルエンザ,09年の新型インフルエンザといったグローバルな健康危機が発生した。また,2年前には東日本大震災という未曽有の災害も発生した。本書から学ぶ健康危機管理の対応が求められる事例は引き続き起こっているのである。

 本書が大学で学ぶ教科書と全く異なるのは,現場従事者に役立つ実践的な本づくりに徹している点である。著者(阿彦忠之氏,中瀬克己氏,前田秀雄氏,稲垣智一氏)は,保健所や衛生研究所,本庁等において公衆衛生行政に長く従事されている実務者らであり,著者代表の尾崎米厚氏も,現在は鳥取大で教鞭をとっておられるが,以前は国立公衆衛生院(現 国立保健医療科学院)で公衆衛生医・保健師の現任教育や研究に携わっていた。本書は,こうした現場の公衆衛生に精通した執筆陣が具体事例を集めて執筆した,いわば「現場がつくった現場に役立つ実践テキスト」である。

 「第1章 実践編」は,新型インフルエンザなど12の実践事例が紹介・解説されている。読者には,自分が担当者としてその事件に遭遇した気持ちになって,物語風に各事例を読み進めてほしい。どの事例も,最初に「事件の概要」「学んでほしいポイント」「背景」が書かれている。それを頭に置いた上で「事件経過」を読み,「自分が担当ならば,どう対応するだろうか?」と思いを巡らせながら読むことをお勧めする。そして,末尾に筆者が記した解説と「自分が担当だったら……」と考えたこととを比較するのである。

 「第2章 演習編」は,紙上シミュレーション演習である。1例目は「原因不明の皮膚炎の流行」,2例目は「障害者施設における下痢症の集団発生」である。読者は第1章以上に,頭の体操をしてほしい。「自分が担当者だったらどうするか」と考えながら読み進めると,筆者から時系列に次から次へと質問が飛んでくる。このような構成をつくるのに,さぞかし筆者は苦労されたであろうが,演習としてとてもよくできている。筆者の努力に敬意を表したい。

 「第3章 標準対応編」は,より教科書的な内容ではあるが,ここでも単に疫学の理論を並べ立てるのではなく,実際の危機管理の手順に沿って解説が記されている。すなわち,「アウトブレイクの確認」から始まり,「症例定義と積極的疫学調査」,次いで「時,場所,人の特徴を図式化すること」「原因,伝播経路の仮説をつくって検証すること」「再発防止のために報告すること」という順に沿って,集団発生の対策・調査の基本的要素がわかりやすく紹介されている。危機管理の対応に慣れない読者であれば,ぜひとも,この項を読んだ後で,再度,第1章や第2章の事例に戻って読み直してほしい。そうすると,基礎理論の意味がよく理解できるのではないだろうか。

 そして,最終章である第4章では平常時からの危機管理が解説されている。平時にできないことは,有事にもできないのである。本章を参考にして平時からの対策を準備してほしい。本書の「おわりに」にあるように,「想定外だ」と言い訳することは慎まなければならない。ぜひとも多くの公衆衛生従事者が本書を読まれて,「想定外の事象への臨機応変な対応を可能にする基本的な考え方」を身につけることを願う。

B5・頁216 定価3,360円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-01659-9


もしも心電図が小学校の必修科目だったら

香坂 俊 著

《評 者》金城 紀与史(沖縄県立中部病院総合内科)

臨床情報を加味した心電図の解釈にお薦めの一冊

 タイトルが人の目を引く。章立ても1時間目「国語」から7時間目「数学」まで学校の時間割になっている。P波は心拍の音頭取りであるというイメージから「音楽」の時間として取り上げられている。心電図の所見と,おのおのの学科がどう関連しているのかを読み解くのも楽しい。

 本書の書き出しは「心電図は苦手です」である。初学者にとって心電図はとっつきにくく,難解である。食わず嫌いにならないようさまざまな比喩やイメージを引用する。読者を引き付けるためのいろいろな工夫があるが,内容は極めて真面目である。小学校の必修科目のように,どの科の医師でも習得するべき心電図のエッセンスは何か,というコンセプトで本書は構成されている。例えば心電図の所見だけで診断しようとせず,常に病歴・身体所見をもとに心電図を使うことを強調している。まれな所見を読影できるようになることよりも,絶対に見逃してはいけない事項が取り上げられている。要所にエビデンスが引用されており,非循環器内科医の評者も勉強になった。ともすれば心電図の読影は職人芸のような印象があるが,本書は心電図の臨床的意義,そして限界を教えてくれる。心電図を盲目的に学習して苦手になってしまうことのないよう,重要ポイントを理詰めで解説してくれるのでありがたい。

 日米両国で循環器臨床に携わってきた著者ならではの経験談が挿入されている。例えば健康診断で全員に心電図をとる日本と,低リスク患者では心電図を推奨しない米国。冠攣縮性狭心症がほとんどない米国と,よくある日本など。循環器疾患に関するエビデンスが次々に欧米から発信されるなかで,日本で臨床をする読者にバランス感覚をもってエビデンスを解釈するように教えてくれる。

 この本一冊で心電図が読めるようになるわけではない。まったくの初学者にとってはもう少し基本的な教科書で心電図の基礎を押さえたほうがよいと思う。本書はある程度心電図が読める段階になり,患者の臨床情報を加味して心電図を解釈するのが難しいと感じている医学生高学年や研修医,医師にお薦めである。

A5・頁192 定価3,360円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-01711-4


標準法医学 第7版

石津 日出雄,高津 光洋 監修
池田 典昭,鈴木 廣一 編

《評 者》山崎 健太郎(山形大教授・法医学)

卒前に必要な基礎知識とともに新しい技術や知識も網羅

 1980年に初版が発行されてから30年余りたち,第7版の執筆者は初版執筆者の弟子に相当する世代の先生方に交代した。法医学の分野でもDNAを用いた個人識別,薬毒物の精密機器分析,死後画像の導入など新たな技法や傷病概念が導入されている。また一方で,創傷の診かたや死後経過時間推定法などの基本は初版以前から大きくは変化していない。本教科書は他の法医学の教科書に比較して改訂の間隔が短いため,新しい技術や知識をいち早く取り上げると同時に,昔からある基本的な知識についても一通り網羅されている。さらに,医療事故や医療倫理など,筆者が学生時代には講義であまり学ばなかった内容に関してもページを割いている。前版(第6版)に比較して装丁も変わり,項目立てや文字などもわかりやすくなっている。

 本書は本来学部学生の教科書としてまとめられたものであるが,法医学の知識が本当に必要となるのは医師免許を取得して実際に診療を始めた後である。監察医制度のある一部の地域を除き,死体検案を実施するのは一般臨床医であり,残念ながら死体検案医対象の実務的な教科書は少ないのが現状である。加えて事件捜査にかかわる警察官や検察官も法医学の参考書を求めている。すなわち法医学の教科書の読者は,医学生のみならず一般臨床医や事件捜査関係者にまで及ぶ。

 そこで,読者をこれらの職種まで広げて本書を読んでみると,死亡日時推定や個人識別(年齢・性別の推定方法など)をはじめとした,死体検案の場面で悩む事項に関しては,本書は本文中に数字など具体的なデータを使用して解説されてあり参考になる。一方でスリム化を図った影響かもしれないが,前版で書かれていた死亡診断書(死体検案書)の作成方法,創傷治癒,損傷の写真などは削除あるいは簡単な記述のみにとどめてある。また,死後画像などについても実際の図を加えもう少し詳しく記載したほうが実践的であるように思う。もっとも法医学は他の分野と重複する内容が多く,より深い理解のために他の法医学のテキストを拾い読みしたり,他分野の成書を参考にする必要がしばしばあり,一冊ですべて満足させるのは困難であるのが現状であろう。

 医学知識は日々増加しているので,膨大化した知識を修得するのには根本理論の上に知識を有機的に結び付ける必要がある。そうでないと暗記中心で,現状に応用できないシロかクロかのマニュアル的知識しか頭に残らない恐れがある。

 本書は,医師国家試験出題基準や医学教育モデルコアカリキュラム対照表が巻末に収められているなど,卒前の学部学生の教科書として利用しやすい内容が盛り込まれていると思う。

B5・頁344 定価5,775円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-01592-9


サパイラ
身体診察のアートとサイエンス
原書第4版

Jane M. Orient 原著
須藤 博,藤田 芳郎,徳田 安春,岩田 健太郎 監訳

《評 者》青木 眞(感染症コンサルタント)

身体診察が見直される今こそ手にとってほしい1冊

身体診察の今日的意義
 本書を手に取った瞬間,最初に強く意識させられるもの,それは決してその難解な医学史的考証やラテン語文法の記載ではなく「南部」(米国南部)である。サパイラ自身が研修医時代を過ごした南部には独特の時間が流れている。それは北東部の競い合うような荒々しい速さとは極めて異質な,どちらかと言えば湿度の高い緩やかに変化する時間とでも言おうか。

 本書は序文から「現代医療に最も不足しているもの。それは時間である」と指摘する。外来患者が午前中だけで20-30人(診察時間は1人平均5分あれば御の字)であり,スピードとテクノロジーが好まれ,情報がアナログからデジタルに変わって失われたものへの思いが薄く,医学部を平然と理系とする日本。このような国で,習得に多大な時間と忍耐・労力を要し,得られる所見の普遍性や境界の鮮明さに安定感を欠きやすい身体診察の本が,そして患者の訴えの背景にある人生に思いを馳せることを説く本書がどのように受け入れられるか。これが評者の最初の懸念であった。しかし繊細な人間関係・師弟関係を重視し,収入や利権と無関係に向学心・向上心が高く,経験値が物言う職人芸を愛し,その伝統・伝承を重視する日本の文化は南部的身体診察の文化と重なりも大きいと気付いた。もちろん肺炎には全例胸部CTなどという贅沢を続けさせる経済力に陰りが見え,身体診察が見直されるべき時期に日本が置かれていることは別としても……。

丁寧・詳細・謙虚な内容
 ある意味,全く媚びる気配がない本である。Pearlとすべきものは随所にあるが,日本人の感性ではついていけない(翻訳者でさえ辟易する)ラテン語文法上のこだわりなどの中に埋もれており簡単に見つけることはできない。一種,気難しい師匠と日常生活を共にしながら少しずつ学ぶがごとく読み進むのである。しかし,その中で得るものは少なくない。紙面の関係で一部のみ紹介すると……。

 1)体重減少(p85)
 ・往々にして「味覚低下」から始まり,二次的に食欲が低下し体重減少につながっている。
  →単純にがんや結核などを考えるだけでなく,味覚異常の有無を聞き,その原因なども考慮すべきということか……。
 ・また単純に「体重減少」とするのではなくベルトの穴と穴の距離や,各穴の古さで,体重減少の程度や速度がわかる。
 2)虹彩炎と結膜炎の鑑別(p252)
 ・片目を閉じて開眼側に光を当てる。閉じた側の眼に痛み=虹彩炎の可能性:Au-Henkind試験。
  →評者は梅毒を扱う機会が多く,二期梅毒患者も少なからずいるので,その1割程度は合併する虹彩炎の診断に早速使う予定。

これからの医療を考えるヒントに

 この20年間,日本の医学教育に深い関心・関係をもってきたカリフォルニア大サンフランシスコ校のローレンス・ティアニー教授は,研修医やスタッフを採用するにあたり南部で訓練された者を好む。丁寧な病歴と身体所見で真実に迫る総合診療の化身とでもいうべき彼が,南部に特別な敬意を抱いていることは極めて示唆的である。

 本書の8割を読むのに3週間以上かかった。間違っても気軽に「一読をお勧めする」とは言えない大部の本であるが,電子カルテが診療現場から手書きのスケッチなどの繊細な情報を奪い,心臓超音波検査が聴診なら与えられたはずの意思疎通・安心感・敬愛を奪う今日こそ,初学者にも指導医にも手にとっていただく必要のある本である。ぜひEBMと対比させながらGOBSAT〔good old boys(and girls)sat at table and decided. p23〕の箴言・Pearlが与える,使いやすさ,経済性,不思議な権威を噛みしめ,これからの日本独自の医療を考えるヒントにしていただければと思う。

B5・頁888 定価12,600円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-01419-9

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