医学界新聞

寄稿

2013.06.03

【視点】

リハビリテーションの歩みを振り返って見えてきたもの

上田 敏(日本障害者リハビリテーション協会顧問)


◆リハの源流とこれから

 今回,50年前の1963年にわが国にリハビリテーション(以下,リハ)医学が誕生する前後の事情と,100年前にまでさかのぼって見えた世界と日本の歴史的背景,リハ医学誕生から今日に至るまでの50年間の歩みを概観し,さらにはこれからの在るべき姿を考察したものを一書にまとめる機会を得た(『リハビリテーションの歩み――その源流とこれから』,医学書院,2013年6月発行予定)。

 50年前の1963年に起こったのは,(1)日本リハ医学会の結成(9月),(2)日本最初の理学療法士・作業療法士学校の開校(清瀬の国療東京病院附属リハ学院,5月),(3)日本最初の大学病院におけるリハ診療部門の発足(東大附属病院中央診療部運動療法室,7月)であった。リハ医学の「三位一体」を成す,診療・教育・研究の3者が同じ年に次々と発足し,まさに「記念すべき年」であった。東京オリンピック(およびパラリンピック)を次の年に控え,新幹線と首都高速の建設が急ピッチで進められていたとはいえ,まだ「豊かさ」など実感できない時代に,よくこんなことが可能だったものである。

 私は幸いにも,これら3者のすべてに直接関係していた。そのため,どういう歴史的背景でこういうことが起こり得たのか,自分としても振り返っておきたいし,リハに関係するすべての方々に関係深いことだと思い,本書の執筆を思い立った次第である。

◆対象者の変遷は「人の一生のように」

 執筆のためにあらためて資料を読み直し,また内外の資料を集めた結果,確認できたこと,新たに気付いたことは非常に多いが,そのひとつを紹介したい。日本のリハの対象者は,あたかも人の一生のように「小児⇒青年⇒高齢者」の順に新しい層が加わり,重点を移してきたということだ。すなわち,(1)戦前の「肢体不自由児の療育」の時代,(2)戦中・戦後早期の戦傷兵・民間の青年層に対する「更生」(当時のリハの訳語)の時代,そして(3)「脳卒中リハ」を中心とする高齢化の時代があった。そしてこれら3者が出そろったのが1960年代初頭の時期であり,1963年はまさに「新時代のリハ医学」の発足の機が熟していた時であったである。

◆歴史に学び,さらなる発展を

 この本は,これからのリハ医療を担う若い方々にぜひ読んでいただきたいと願っている。ご自身が携っている仕事の成り立ちの歴史を知り,進むべき方向を知って,今後のさらなる発展に向けて役立てていただければと思う。


上田 敏
1956年東大医学部卒。同附属病院,浴風会病院,米ニューヨーク大などを経て,84年東大教授,リハ部長。86-87年日本リハ医学会会長。92年帝京平成大教授,97-99年国際リハ医学会会長,99年日本社事大社会事業研究所客員教授を経て,現在に至る。