医学界新聞

寄稿

2013.05.27

【寄稿】

南オーストラリア州の緩和ケアの実際

本田 真夕湖(豪・フリンダース医療センター・看護師)


 2005年に看護師として,南オーストラリア州(以下,南豪州)のフリンダース医療センター(Flinders Medical Centre;以下,FMC)で働き始めたころ,「こんなにも医療依存度の高い患者も自宅へ戻ることができるのか」と豪のケア,特に緩和ケアの質の高さに驚いたことを覚えています。本稿では,南豪州の緩和ケアの状況をご紹介します。


政府が示す緩和ケアの基本方針

 豪は現在,日本と同様,平均寿命の延長(2009-11年では男性79.7歳,女性84.2歳)により慢性疾患患者が増加傾向にあり,死に方のパターンも変化しつつあります1)。南豪州もその傾向に漏れることなく,現在の高齢化率15%が,10年後には22%にまで至るとされ,「超高齢社会」を迎えることが見込まれています。こうした状況を受け,州政府は09-16年を対策の強化期間と位置づけており,緩和ケアサービスの向上に努めています2)

 南豪州では,1980年代に州内初となる公立ホスピスが設立されたほか,The Royal District Nursing Society(以下,RDNS)の訪問看護による在宅緩和ケアが始まったとされています(実際には,1902年からThe Mary Potter Homeで終末期医療が開始されていたようです3))。当時,豪全体で毎年約14万4000人が亡くなり,そのうち3万6000-7万2000人は緩和ケアが求められる人々であったと報告されています2)。しかし,当時は支援体制も十分ではなかったため,こうした人々すべてに緩和ケアを実施することは困難でした。

 このような背景を踏まえ,2000年,豪政府は『緩和ケア戦略』を発表し,家庭医,訪問看護師,ケアワーカー等を通して,豪全土の死に直面するすべての人々に適切で良質な緩和ケアを提供するべきと,緩和ケアに対する政府としての基本方針を示しました。2010年にはこの戦略の目標を4つの分野に明確化し,それに伴う5つの方策を提言しています(4)

 豪政府が示す緩和ケア戦略の目標(文献4より作成)
認識と理解 (1)死とは生きていく上で連続的に起こるものであるという理解と認識の向上
(2)緩和ケアサービスは有益なものであり,適切な時期に適切な方法で提供するという関係者の認識の向上
適切性と有効性 (3)全てのオーストラリア人は適切かつ有効な緩和ケアサービスを受けることができる
リーダーシップと統括 (4)効果的な緩和ケアの戦略,資源,アプローチを互いに協力し合い,見越して行う
能力と可能性 (5)緩和ケアを提供する全ての部門の能力の向上

 現在では,各州政府がこの戦略を基に,より具体的な策を講じ,国民への緩和ケアの提供を実施するに至っています。例えば私の住む南豪州政府は,緩和ケアサービスプラン内で患者が自宅でのサポートを受け,在宅で死を迎えることができるように目標患者数を打ち出しています。それを見ると,16-17年の在宅サポートを受けることができる患者を3190人とし,うち在宅死は1590人を目標とするなど,地域での緩和ケアサービスに重点を置いていることがわかります4)

 また豪では緩和ケアの実践者を養成するため,大学・大学院教育のほか,A National Program of Experience in the Palliative Approach(PEPA)と呼ばれる緩和ケアアプローチ経験プログラム等を整備しています4,5)。これらの対象者は,医師,看護師,理学療法士,作業療法士,死別ケアカウンセラー,栄養士,宗教家といった広範囲の専門職にわたっており,緩和ケアの質の向上に寄与しています5)

コミュニティ単位のマネジメントと,4段階の必要度評価

 南豪州政府では,緩和ケアを個々の医療機関に任せていません。州都アデレードを「北部」「中部」「南部」の3つに区分けし,それぞれの地域が州内の遠隔地と提携することで,コミュニティ単位でのマネジメントを実践しています。

 例えば,私の職場であるFMCは,アデレード南部緩和ケアサービスに属しており,ホスピスを含む2つの公立病院と,アデレード郊外の4つの地方にある地域病院とパートナーシップを組んでいます2)。患者に緩和ケアを提供する場合,まず緩和ケアサービスの医療従事者が患者・家族のサービス必要度を評価(後述)します。そして必要度と患者側のニーズに合わせ,緩和ケアサービス内の各施設と連携をとりながら,病院,ホスピス,在宅やナーシングホームなど適切な場でケアが提供できるように調整します。

 緩和ケアサービスには,緩和ケア専門看護師のほか,医師,ソーシャルワーカー,専門の教育を受けたボランティア等が所属し,彼らはサービスの必要度を評価する以外にも,患者の家庭医・病院の医師へのアドバイスやサポート,ホームサービスのサポートなどを行っています。また,患者のもとへ訪問してケアを担う緩和ケア専門訪問看護師を派遣するRDNSやDomiciliary careを通し,可能な限り長期に患者が自宅で過ごすことができるように支援を行い,必要物品の貸し出しのほか,病院やホスピス内,患者の自宅やナーシングホームで音楽療法等を含む補完療法を患者・家族に提供しています。その他にも死別ケア,研究,私たちのような病院の一般看護師への助言・教育を行うなど,幅広い役割を担っているのです6)

 患者・家族のサービス必要度の評価方法については,まず4段階のレベルで評価し,適切な時期・場所・人員で十分な緩和ケアサービスが受けられるように調整します。例えば,初期段階のレベル1に当たる患者であれば,終末期患者ケアにかかわるすべてのスタッフが提供者の対象となりますが,必要度のレベルが上がると,ケアの提供者側も緩和ケアの経験と資格を有する看護師が担い手となります。さらに最高レベルになると,緩和ケア医,精神科医,特定看護師,緩和ケア理学療法士・作業療法士コンサルタント,緩和ケア認定薬剤師,ソーシャルワーカー,宗教家等で構成されたチームでケアに当たります4)。このように患者・家族が求めるサービスに対応できるよう,評価レベルに応じて,提供者のレベルもまた高度になっていくのです。

学びの多い豪の緩和ケア

 豪での就職当初に私が戸惑ったのが,緩和ケア患者の家族に「神父を呼んでください」と言われたことでした。豪ではオンコールで宗派ごとの宗教家が待機しており,依頼をすれば病院に呼び出せるシステムがあります。時には病室内でミサが行われたり,必要であれば補完療法として利用されたりすることもあり,その間は私たちスタッフすらも入室を控えることになっています。日本と豪では宗教観が大きく異なるので一概には言えませんが,患者の心身全てを看るという観点から考えると,ホスピスだけでなく,病院においてもこうした試みを導入することには意味があるのではないかと考えています。

 また豪に来て感じたのは,日本と比較して,患者,家族,医療従事者による話し合いの機会も多く設けられていることでした。FMCでは「Family meeting」と呼ばれる場が設定され,医師,看護師,栄養士,作業療法士,理学療法士,ソーシャルワーカー等の医療従事者と,患者・家族が必要に応じて話し合っています。各分野のスペシャリストが患者・家族の希望を実現するために,患者・家族とともに解決方法を探る。こうした方法が,病院の中から積極的に実践されていることが,早期からのチームでのかかわりや,患者中心の医療を実現する上で重要な役割を果たしているのだと考えます。このような取り組みによるためか,FMCには「自分のことをよく知っている看護師に看取られたいから」と入院継続を希望される患者さんがたくさんいらっしゃいます。

 高いレベルで行われる緩和ケアの中で見聞きする,患者さんが口にする一つひとつの感謝の言葉や,同僚が「We love you」と伝えたことで死への恐怖に怯えていた患者さんが浮かべた安堵の表情。これらは忘れることのできない貴重な経験として私の中に残っています。豪における緩和ケアサービスシステムは素晴らしいものだと思います。これからも発展するであろう豪の緩和ケアシステムには,学ぶことがまだまだたくさんありそうです。

参考文献
1)Australian Bureau of Statistics
2)Palliative Care Service Plan 2009-2016
3)Palliative Care Council SA
4)Supporting Australians to Live Well at the End of Life,National Palliative Care Starategy 2010
5)Program of Experience in the Palliative Approach
6)SA Health,Gorvernment of south Australia


本田真夕湖氏
1999年愛知県立春日井看護専門学校卒。99-2003年藤田保衛大第一病院勤務。04年豪フリンダース大看護学部に編入。05年に豪の看護師資格を取得し,フリンダース医療センターに就職。一般内科を経て,現在は腫瘍・血液内科勤務。フリンダース大にてプライマリ・ヘルスケア,緩和ケアを学び,看護修士課程にて研究中(今年6月修了予定)。

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