新時代の統合失調症(福田正人,糸川昌成,村井俊哉,笠井清登)
対談・座談会
2013.05.20
【座談会】 | |||
村井 俊哉氏 京都大学大学院教授・精神医学 | 糸川 昌成氏 東京都医学総合研究所 統合失調症・うつ病プロジェクト プロジェクトリーダー | 福田 正人氏 群馬大学大学院准教授・神経精神医学 =司会 | 笠井 清登氏 東京大学大学院教授・精神医学 |
精神科の入院患者のうち3分の2を占める統合失調症。脳画像検査の進歩や新たな視点に基づく研究の進展によって,病因や病態の理解が少しずつ深まってきている。また,最近では当事者による積極的な情報発信が盛んになり,医療者と患者さんやご家族が協働する取り組みが増え始めている。本紙では,『統合失調症』(医学書院)の編集を務めた4氏に,新たな展開をみせる統合失調症について,研究,診療,教育の観点から議論していただいた。
福田 近年,精神科診療における統合失調症の位置付けが少しずつ変化しているように思います。患者さんの数が多いのは依然として変わりませんが,医療・福祉・保健が組み合わされた充実したサービスを地域で受けると十分な回復が得られやすいことが明らかになり,良い意味で統合失調症が特別扱いされなくなってきました。その結果,統合失調症をより広い視野から理解できるようになってきたと思います。本座談会では,統合失調症理解の最新動向と,当事者と一緒に取り組む治療や研究の新しい在り方について,お話しいただきたいと思います。
自我や価値観が形作られる思春期の重要性
笠井 統合失調症に対する見方が以前と変化しているのは私も同じで,最近は発達心理学的な視点から疾患をとらえています。
福田 何かきっかけがあったのでしょうか。
笠井 10代の精神科患者さんを多く診るようになったことですね。
米国のデータでは精神疾患の患者さんのうち半数が14歳までに,4分の3が24歳までに発症すると言われています。統合失調症も,患者さんの多くが思春期に発症することから,自我や価値の形成過程に対する脳科学・発達心理学的な解明と,それらが不調になって起こる統合失調症の病態理解が重要ではないかと認識するようになりました。
人間は,10歳ぐらいまでの小児期に,親との関係を通して基本的な情動や報酬系の機能を形成します。その後,対人関係の比重が親から友人へと移行するなかで,社会関係に適応した自我形成や,「自分がどう生きていきたいのか」という価値形成をし始め,20歳ごろまでに確立させます。脳の前頭前野が担うこれらの高度な精神機能を形成する重要な時期が,思春期なのです。
福田 これまでの精神医学教育では,発達心理学的な視点が取り上げられることは少なかったですね。
笠井 従来は,精神病理学によって精緻に体系化された精神疾患の症候を横断的にとらえていたため,発達という縦断的な視点を持ちにくかったのでしょう。私自身も,そのように教育を受けてきたように思います。しかしこれからは思春期の脳科学と発達精神病理学が双方向的に進むことが期待されており,私もそのような新しい学術領域の確立をめざしているところです1)。
社会性を解明する脳画像
村井 統合失調症を対人関係など社会性の観点からとらえて研究する重要性は,近年私も強く認識しています。私たちが社会生活を送る上で重要な認知機能のことを“社会認知”と呼ぶのですが,この社会認知や社会コミュニケーションをターゲットにした神経科学の進歩によって統合失調症の神経基盤が解明されれば,病因や病態への理解が進み,心理社会的な支援も新たな視点から提示できるかもしれません。
福田 統合失調症の患者さんの社会性について,先生のご専門である脳画像研究では,どのようなことが明らかになっているのでしょうか。
村井 画像検査の進歩によって多くの研究が行われ,例えば統合失調症の患者さんには,対人社会生活に重要とされる脳領域の機能や構造に,健康な人では見られない特徴があることが徐々にわかってきています。
人の意識や複雑な感情の基盤となる神経活動を目に見える形で示すことを可能にしたのがfMRI(機能的MRI)という技術です。神経科学の世界に大きなインパクトを与えたこの画像検査の登場によって,人間の感情や意識がどの脳部位の機能と対応しているかなど多くの知見が得られ,続く研究では,統合失調症の方の脳活動に見られる特徴が調べられました。例えば,特定の認知・感情課題を施行する際に,統合失調症の方と健康対照群では前頭葉のいくつかの特異的な領域の活動に違いがあることが報告されています。
福田 一方,脳の形態学的なアプローチを用いた研究も進んだそうですね。
村井 ええ。構造MRIを用いた研究では,統合失調症の方の脳構造の特徴を明らかにすることで,病気の原因そのものについての知見が得られるとの期待が高まっています。私の研究でも,統合失調症の方は,視床と前頭葉をつなぐ特定の神経線維の結合が健康な人よりも弱く,この弱まりが直接結合している大脳皮質の厚みの減少と強く関連していることが明らかになりました。
笠井 こうした脳の機能や構造と,患者さんの自我形成や対人関係との関連を検討した研究が始められたのは最近のことです。なかでも,患者さんの主観的な生活の質(QOL)に着目した村井先生の研究は大変興味深いですね。
村井 患者さんの具体的な日常生活レベルを表す指標こそが,脳の本質的な機能と深い関連を持つのではないかと考えて画像解析を行った結果,統合失調症の方の主観的なQOLの低下は,右背外側前頭前皮質などいくつかの脳領域の体積減少と関連していることが明らかになりました。QOLのような主観的で全般的な指標は,あいまいなところが多いと思われがちで,これまで脳画像研究でも注目されてこなかったと思います。しかし,統合失調症の患者さんの観点に立てば,個別の症状の重症度よりも生活レベルのほうがずっと重要なことですから,もっと研究者が注目していくべき指標ではないでしょうか。
笠井 今後は,統合失調症という疾患と患者さんの価値観との関連を検討する研究が,よりいっそう注目されそうですね。
丁寧な臨床から出発した研究が,治療・予防へと発展
福田 病因や病態を解明するもう一つの研究として,統合失調症の素因としての脆弱性を検討する遺伝子研究があります。
糸川 統合失調症は遺伝子変化による脆弱性と環境要因が影響し合う疾患であるため,原因解明には遺伝学的アプローチが有望と考えられてきました。しかし,それだけで統合失調症のすべてを説明できるような特定の遺伝子変化は,いまだ発見されていません。アルツハイマー病で解明が進んだような脳の組織学的特徴も発見されていませんし,経過も人によってまちまちです。また,過去の研究では表出される精神症状を遺伝子の表現型として扱ってきましたが,精神症状の背景に1対1で対応するメンデル型遺伝形式のような単一遺伝子が存在する可能性はかなり低いだろうと,現在では考えられています。
福田 脆弱性の基盤となりうる遺伝子変化の発見は,多くの研究者がめざしてきたことです。これまでにはどのような研究が行われてきたのでしょう。
糸川 精神疾患の原因となる個別の遺伝子変化を探す研究が盛んになったのは1990年代で,1989年にドパミンD2受容体がクローニングされたことがきっかけでした。神経内科でも同様の研究が盛り上がり,次々に疾患の鍵となる遺伝子が特定されて病態の解明が進んだ一方,精神科ではほとんどうまくいきませんでした。その結果2000年に入ると,今度は個別の遺伝子ではなく,ゲノムワイドに網羅的に検討しようという風潮が主に欧米で広がり,被験者の数も千から万へと規模が大きくなっていきました。こうした研究手法は,臨床と両立して研究を行う私たちには取り組みにくいスタイルでした。
福田 欧米型のビッグサイエンスに対して,先生は臨床に根ざした研究を発展させたとお聞きしています。
糸川 私は臨床診療で出会ったある患者さんがきっかけで,まれに起こる遺伝子変化に注目した研究を進めてきました。統合失調症はさまざまな病態を有する症候群なので,すべての統合失調症の共通病因となる単一遺伝子を探し求めるよりも,ある病態に強く関与するまれな遺伝子変化を予測し,特定するほうが有効かもしれないと思ったのです。こうして研究を進めた結果,ある被験者の方からGLO1遺伝子でフレームシフトをもたらす新規の変化を同定し,GLO1活性の低下も伴っていることを見いだしました。
フレームシフトをもたらすまれな遺伝子変化を持っていた方は,血中のAGEs(終末糖化産物)濃度が健康な人の3.7倍も高いカルボニルストレス状態にありました。さらにそのAGEsを解毒するために大量のビタミンB6が消費され,健康な人の20%以下まで減っていることがわかったのです。
笠井 糸川先生の研究の素晴らしい点は,特定の多発家系にみられた遺伝子変化を一般症例に
糸川 同じ傾向が統合失調症の患者さんでみられるか検証したところ,健康な人よりも血中AGEs濃度が有意に高く,ビタミンB6が低下していることがわかりました。また,AGEs濃度が高い患者さんほど陰性症状......
この記事はログインすると全文を読むことができます。
医学書院IDをお持ちでない方は医学書院IDを取得(無料)ください。
いま話題の記事
-
医学界新聞プラス
[第1回]心エコーレポートの見方をざっくり教えてください
『循環器病棟の業務が全然わからないので、うし先生に聞いてみた。』より連載 2024.04.26
-
医学界新聞プラス
[第3回]冠動脈造影でLADとLCX の区別がつきません……
『医学界新聞プラス 循環器病棟の業務が全然わからないので、うし先生に聞いてみた。』より連載 2024.05.10
-
医学界新聞プラス
[第1回]ビタミンB1は救急外来でいつ,誰に,どれだけ投与するのか?
『救急外来,ここだけの話』より連載 2021.06.25
-
医学界新聞プラス
[第2回]アセトアミノフェン経口製剤(カロナールⓇ)は 空腹時に服薬することが可能か?
『医薬品情報のひきだし』より連載 2022.08.05
-
対談・座談会 2025.03.11
最新の記事
-
対談・座談会 2025.04.08
-
対談・座談会 2025.04.08
-
腹痛診療アップデート
「急性腹症診療ガイドライン2025」をひもとく対談・座談会 2025.04.08
-
野木真将氏に聞く
国際水準の医師育成をめざす認証評価
ACGME-I認証を取得した亀田総合病院の歩みインタビュー 2025.04.08
-
能登半島地震による被災者の口腔への影響と,地域で連携した「食べる」支援の継続
寄稿 2025.04.08
開く
医学書院IDの登録設定により、
更新通知をメールで受け取れます。