この先生に会いたい!! 公開収録版(林寛之)
インタビュー
2013.05.13
【シリーズ】
林寛之先生(福井大学医学部附属病院総合診療部教授)に聞く
シリーズ「この先生に会いたい!!」の公開収録版を医学書院で開催しました。演者は,医学生や研修医からの絶大な人気を誇る林寛之先生です。今回のテーマは,「オー!マイ!キャリアパス! Everything is gonna be fine!」。笑いの絶えない講演で,全国から集まった80人の医学生・初期研修医を魅了。「川の流れに身を任せるよう」な自身のキャリアを振り返り,医師に求められる基本的態度を示しました。
こんにちは。福井大学の林です。今日は,僕のいい加減な人生の話をしようと思っています(笑)。振り返ってみると,僕は一心に何かをめざしてきたわけではなく,川の流れに身を任せるように医師としてのキャリアパスを進んできたみたいなんです。これまでの僕の歩みを示しつつ,皆さんがキャリアを考える上でのヒントを,そして医師として持ってほしい姿勢を伝えたいと思います。
時間をかけた者が勝つ
大学時代,僕はテニスに打ち込みました。東医体(東日本医科学生総合体育大会)でも2回優勝しているんですよ。毎日,午前中は実習に出席して,午後の講義は練習のためにパス(笑)。日が落ちたらグラウンド10周,夕食をとったら体育館で壁打ちと筋トレ。こうして1日8時間は練習に費やしていたんです。もうアホでしょ。
ただ,この経験から学んだのは,ひたすらに時間をかけた者は“勝てる”ということです。これは勉強も同じ。医師国試もUSMLEも時間をかけて問題数をこなしていけば必ず成績は上がるし,結果はついてくる。賢い人が有利なんてことはないんです。何かを成し遂げようと思ったら,一つのテーマに集中して時間を費やすことを実践してみてほしいと思います。その道のプロになるには,1万時間をかける必要があるとも言われているんですよ。
カナダ留学のきっかけは,負け戦と……
自治医大卒なので,初期研修は地元の福井県立病院。他に選択肢はありませんでした。そして卒後3年目に,へき地の織田病院(福井県丹生郡越前町)へ外科医として赴任しました。織田病院では,医師が内科医の院長と僕だけ。つまり副院長兼ヒラのひとり外科医という環境だったんです。
ですから卒後3年目には,一人で虫垂炎の手術をする機会も何度かありましたね。初めてのときは緊張しましたよ。覚悟を決めて看護師さんにオペの準備を頼んだら,「やったー! 久々のオペ! 10年ぶり!」って(笑)。それから皆で手術器具をタワシ洗いして,煮沸消毒。緊張の連続でしたが,手術中は頭の中でシミュレートしたとおりに看護師さんにも動いてもらい,何とかうまくいきました。こういう環境でしたから,自分一人で判断を下して「エイヤッ」と行動に移す修羅場をたくさん経験できました。医師としての度胸がついた研修だったと言えるのかもしれません。
でも,良い経験ばかりではありませんでした。運び込まれた救急患者が助からない“負け戦”も多かったのですね。単に技術が足りないためか,あるいは救急のスタンダードを知らないためなのかもわからず,悔しさを募らせていました。その思いを福井県立病院時代の上司・寺澤秀一先生(現・福井大教授)に話すと,「救急医療にはスタンダードがある」と。「スタンダードを学んだ上でも負けてしまうのなら,諦めもつくはず。勉強しておいでよ」と助言してくれました。その言葉を受け,カナダの北米型ERを学ぶべく,トロント総合病院救急部への臨床留学に至ったわけです。
……こう話すとかっこいいと思うでしょう。ね? でも実は裏の事情もあって,僕の妻がカナダ留学することが先に決まっていたんです。「1人で日本に置いていかれたら寂しい! どうしたらいいですか,寺澤先生!」「じゃあ,夫婦で留学したらいいじゃない」って,そんな理由もあったんです(笑)。決意した後も,当初は福井県に反対されたりとなかなかスムーズにいかなかったのですが,なんとか留学を実現できました。
逆境は成長のチャンス
研修留学中は,外科医として外傷救急を学びたいと考えていましたが,トロント総合病院救急部は1-3次のあらゆる救急患者が来院する施設でした。その影響もあって,2年間の研修ですっかり鑑別診断や初期対応に面白さを感じるようになり,このころから救急へ関心が向くようになったんです。
帰国後もさらに実践的な臨床力をつけたいと思っていて,「診療所に行きたい! 健康診断ばかりやるような人間ドックは嫌です!」と福井県にも伝えていました。しかし,帰国後の勤務先はなんと成人病センター(笑)。無理を言って留学したからですかね。
ただ,これがまた僕の人生の転機になったんです。というのも,「やりたくない」と思っていることって,実は自分が苦手でただ避けている領域だったりしますよね。だから苦手分野をやるしかない環境に身を置いたことで,勉強するきっかけを与えられたんです。それまで不勉強だった,ポリペクトミーやERCPなど消化器内科領域の知識,高血圧患者に対する生活習慣指導の方法など,当時はいろいろな書籍を読みあさりました。まさに,逆境が成長のチャンスになったわけですよ。
皆さんにも,ぜひ自分の希望したこと以外の何かにトライすることをお勧めします。例えば,初期研修中の2年間は,自分が将来めざしている診療科以外の科の研修こそしっかりと取り組んでほしい。
働く場所に関しても同じことが言えます。大学病院,市中病院や診療所など,働く場所はさまざまありますけど,「こういうところでは働きたくない」と限定しないでほしいですね。それぞれの場によって規模や機能は違っていて,医師に求められる能力も異なる。いろんな場所で働いたほうが,その場その場で新たな能力を身につけられる上,施設ごとの視点の違いも学ぶことができ,医師として大きく成長できますよ。場を変えるごとに良い医師になれると言ってもいい。
大きな病院でしか働いたことのない医師だと,診療所に来院する患者さんのことや,そこで働く医師の気持ちがわからない。そういう医師に限って,実施できる検査が限られた環境で苦渋の決断をしなければならない立場を理解できず,「診療所がまたこんな大したことない患者を紹介してきた」なんて不満を口にしがちなんです。
地頭力が鍛えられたへき地医療
成人病センターでの勤務の後,ようやく念願の診療所へ行くことができました。3年間の診療所生活は楽しかったですね。患者さんと無駄話ができるって本当に素晴らしい(笑)。「診療中,必ず1回は患者の笑いをとる」を目標にしていました。
地域の患者さんたちにも大切にしていただきました。朝6時に「ガンガン!」と自宅の扉が叩かれるんですね。何だろうと思って外に出ると,玄関先には一人じゃ食べきれないぐらいの野菜や海の幸。皆さんが差し入れてくれるんです。82歳の患者さんからバレンタインチョコをいただいたこともありました。診療所って,病院と比べて患者さんとの距離が近く,こういう深い関係性を築ける点がいいところなんです。
こうしたへき地の診療所で働くことに関して,学生や研修医からは「最新の医学知識から遠のいてしまうのでは」という不安の声も聞きます。でも,自分のやる気さえあれば,医学的な知識で遅れを取ることはあり得ません。今は日本のどこであろうと雑誌の最新号を購読できますし,インターネットで世界中の情報にアクセスできる。僕のころはインターネットも使えなかった時代ですが,むしろリソースが少なくて自分1人で頑張らなければならないへき地だったからこそ,“地頭力”が試されましたし,それを養うこともできたと思っています。
地域で頑張れる人って,他の場所に移っても頑張れると思うんです。どんな環境であれ,その場その場で頑張る人が,最終的にはどこに行ってもうまくいくものです。未来を案ずるより,「今を頑張る」ようにしましょう。未来は「今」の積み重ねでしかないんですから。
育児休暇のススメ
診療所勤務の後,寺澤先生をサポートするために,救急医が不足していた福井県立病院救命救急センターに赴任しました。ERは老若男女,疾病・外傷,軽傷・重症を問わず,カバーしなければならない領域がとても広い。時には薬物中毒やDV,児童虐待といった社会的問題を抱える患者が運び込まれることもある。ERって世の中のるつぼみたいなところなんです。限られた人員で多種多様な救急患者を診なければならないので,ER...
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