離職要因の考察からみえてきた課題(富永真己)
寄稿
2013.04.22
【寄稿】
新卒看護師の離職防止に向けて(前編)
離職要因の考察からみえてきた課題
富永 真己(京都橘大学看護学部教授 地域看護学・公衆衛生看護学)
「辞めたい」と「辞める」の間で
「もう,仕事を辞めたい」。
仕事を持つ人なら,一度はこの言葉を耳にしたり,自ら発したことがあるだろう。しかし,実際にはどのくらいの人が有言実行しただろうか。
ネガティブな感情からの「仕事を辞めたい」という言葉は複雑である。言葉通り,間もなく辞める人もいる。一方で,愚痴の延長線で「辞めたい」と頻繁に言うことで,蓄積する仕事のストレスを発散している場合もある。「辞めないで」という次に返ってくる言葉を期待し,それを得ることで自己の存在価値を再確認し,仕事を継続するための発奮材料にしている場合もある。
つまり,ネガティブな感情で衝動的に仕事を辞める人はそう多くない。なぜなら,人にとって「働くこと」とは,生きる上での糧を得て,基本的欲求を充足させ,自己実現を果たし,生きる意味を見いだす機会となるからだ。そのため,多くの人は「辞める」決意をするまでに,離職に伴うメリットとデメリットについてあれこれと考える。「この病院を辞めたら,収入がなくなり無職になる(デメリット)。しかし,辛い仕事や嫌な上司から解放されてストレスがなくなり,気楽になる(メリット)」というように,天秤にかけ,そろばんをはじく。よって,その過程を経た上での「仕事を辞めたい」という言葉は,かなり現実味を帯びる。離職を実行に移す可能性が極めて高い離職意向である。このような離職意向はMobley1)が指摘するように,離職の最たる予測因子となる。
離職対策に必要とされるのは「分析」を踏まえた「戦略」
「仕事を辞める(離職)」という行動をとらえる場合には,二通りある。一つは,「現在の組織(例えば,病院)」からの離職,もう一つは,「現在の職(例えば,看護師という職業)」からの離職である。組織の管理者や経営者は,離職という現象を個人レベルの問題として片付けてしまうと,それが組織レベルの問題に発展することがある。
組織レベルのマイナス影響では,労働者の直接・間接の経済的損失のみならず,即時に数値化・可視化できない負の産物を残すことがある。例えば,1人の看護師を採用し1年以内に離職されてしまうことは,国外の報告では1人の看護師の年収分相当の経済的損失があるとされる2)。さらに,複数の看護師が離職した場合に,背景にある本質的な問題(例として過重労働やサポートの低い職場環境,管理者のまずい管理方式など)を放置していると,その問題が職場の文化として根付く。結果,低い士気が常態化し,数珠つなぎに離職者が続出。職場運営上の危機が度々訪れ,病院経営にまで影響を及ぼす。
離職の要因には,個人や組織の要因のみならず,国の経済や文化といったさまざまな要因が複雑に絡む。2010年に筆者が訪問した米国の大学病院では,「リーマンショックの影響で看護師の離職率が以前よりも低くなり,欠員枠に対する応募者も増えた。しかし,今後の景気回復を見越し,看護師確保について戦略的な取り組みが必要である」と副看護部長が話していた。日本における看護師の離職率の改善も,長引く不況の影響を受けていることは確かであろう。しかし,それに対する戦略的な取り組みについて議論している病院の看護管理者はどの程度,存在するのであろうか。
Aiken3)が指摘するように,先進諸国では看護師不足がいまだ深刻な問題であり,介入すべく,国内外で多くの研究が行われてきた。最近ではHayes4)らが,筆者らの論文も含め看護師の離職や離職意向に関する研究の知見をまとめ,総括論文を発表している。一方,日本の看護師および病院を取り巻く状況は,欧米の先進諸国とは,法や医療制度,病院組織の経営や労務管理の方式など,異なる点が多い。さらに,看護師は9割以上が女性という職種であることから,ライフステージや時代とともに変化する女性の価値観も,離職や離職意向に影響する。このことから,単純に「看護師」とひとくくりにして,国内の看護師の離職や離職意向の対策を論じることは賢明でない。
“金の切れ目が,縁の切れ目”に
そこで筆者らは新卒看護師に焦点を絞り,労......
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