医学界新聞

対談・座談会

2013.04.15

座談会

神経疾患治療の過去・現在・未来

高橋 良輔氏
京都大学
大学院教授
水澤 英洋氏
東京医科歯科
大学大学院
教授 =司会
祖父江 元氏
名古屋大学
大学院教授
中島 健二氏
鳥取大学教授


 近年,神経学の発展は目覚ましい。病態研究や治療薬開発,治療デバイスの進歩により,かつては病因が不明で,著効を示す治療法がないために“神経難病”とされていた疾患に対しても,根治療法・対症療法を含めた治療法の選択肢が広がっている。また,各疾患の診療ガイドラインの整備も進み,エビデンスに基づいた医療を行うことが可能になった。

 本座談会では,神経内科領域で臨床・研究の第一線に立つ4氏が,神経内科医療の過去・現在・未来を俯瞰した。


水澤 このたび『今日の神経疾患治療指針』が,1994年発行の初版から約19年の時を経て,改訂されることになりました。編集に携わって実感したのは,年月とともに神経内科医療も大きく進化してきたということです。今回,第2版の発行を機に,神経内科医療の過去を顧みて,現状を再認識し,未来に残されている課題を考えてみたいと思います。

病態解明により,標準化された神経免疫疾患治療が可能に

水澤 私が今でもよく覚えているのが,初めてCTスキャンの画像を見たときのことです。英国EMI社の頭部CTスキャンの日本初導入は,私の卒業年度である75年。当時の画像の輪郭はガクガクでしたけれど,それでも映し出された画像を見て「こんなにもわかるのか!」と皆一様に驚きました。

祖父江 脳卒中学会で披露されたCT画像には,まさに“黒山の人だかり”といった具合で,非常に高い注目が集まっていたことを覚えています。

水澤 こうして神経内科医療を振り返ってみると,昔は機器だけでなく薬剤も発達していませんでしたし,エビデンスも乏しかった。そういう意味では,治療や診断は決して十分なレベルに達していなかったのかもしれません。

祖父江 かつては神経免疫疾患においても,疾患概念が明確にされておらず,病態の区別をすることなく治療に当たっていた状況がありましたよね。

水澤 ええ。私が医師になりたてのころ,ギラン・バレー症候群の患者を診るのに苦労した記憶があります。当時はまだ慢性炎症性脱髄性多発ニューロパチー(Chronic Inflammatory Demyelinating Polyneuropathy ; CIDP)も,それぞれの症状によって,「ataxic form」など別々の名称がつけられており,急性・慢性を混在して診ている状態でした。診断をつけるにしても,治療を選択するにしても,エビデンスを示すような論文は少なく,一つひとつの文献に当たって「この患者にはどの方法がベストか」と比較・検討しながら行っていました。

祖父江 当時,CIDPに対しては,その必要性がわからぬままに副腎皮質ステロイドが使われていたように記憶しています。しかし,80-90年代前半にかけて副腎皮質ステロイドの他,免疫グロブリン大量療法(IVIg)などの治療薬に関するエビデンスが出され,そのあたりからようやくシステマティックな治療を行うことが可能になったと思います。

水澤 重症筋無力症(Myasthenia gravis; MG)も,疾患としての定義は古くから確立されていたものの,治療法という面では十分なエビデンスはなかったのではないでしょうか。

高橋 当時のMG治療におけるエビデンスの少なさは,80年の『J Neurol Neurosurg Psychiatry』誌に掲載された総説1)でも指摘されています。実際に私も,副腎皮質ステロイド,免疫抑制薬,抗コリンエステラーゼ薬(ChEI)の使い分け,胸腺摘除術や血漿交換に関する指針が定められていなかったため,経験豊富な先生の指示に頼っていました。

祖父江 その後,各疾患の病態が明確になるとともに,病態を取り入れた診断基準や治療法が整いました。現在では日本神経学会,日本神経治療学会,日本神経免疫学会などによって各疾患の治療ガイドラインも作られ,かなり標準化された治療ができるようになっています。

 いまでも個々の患者さんに最適な治療法を考えるという点では「手探り」と言えるのかもしれませんが,エビデンスというバックボーンがあるのは大きな進歩です。

パーキンソン病治療薬の進歩に伴い,治療範囲も拡大

水澤 パーキンソン病治療では,どのような変化が見られていますか。

高橋 パーキンソン病の病因はいまだ不明で,現状ではドパミン神経の細胞死を抑制する神経保護治療の方法も見つかっていません。ただ,治療法の進歩により,身体機能および生命予後の改善が図られており,治療の質そのものは著しく向上してきたと言えます。

祖父江 昔はパーキンソン病の治療薬もL-ドパ製薬の1種類しかなく,その方法だけで治療に当たるしかありませんでしたね。

高橋 ええ。しかし,現在では,L-ドパ製薬長期服用で問題となるウェアリングオフやジスキネジアを起こしにくいドパミン受容体作動薬が登場し,その種類も6種類に上っています。また,L-ドパ製薬の作用を助けるMAOB阻害薬やCOMT阻害薬,さらには非ドパミン作動性の作用機序を有するゾニサミドなども使用できるようになりました。

 一方で,こうした薬剤の副作用として心臓弁膜症,突発性睡眠,衝動制御障害,下肢の浮腫の存在も明らかになっており,薬物療法のベネフィットだけでなくリスクに関する知見もかなり蓄積されています。

水澤 薬物療法以外にも有効な治療法はあるのでしょうか。

高橋 凝固術や脳深部局所に電気刺激を与える脳深部刺激術(Deep Brain Stimulation ; DBS)などの手術療法は大きく進歩し,薬物療法で改善が図れない症例にも有効な治療法となっています。

水澤 薬物療法,非薬物療法ともにさまざまな選択肢が生まれたことで,一人ひとりの患者に合わせた,きめ細かな治療が可能になってきたということですね。

高橋 ええ。治療法の進展により,発症早期の患者さんには「薬で症状をコントロールすることで,これから10-15年はお一人でも生活できます」と予後説明できるようになったことには,隔世の感すらあります。

中島 パーキンソン病治療においては,治療法の進展とともに,薬剤の副作用や進行期の諸症状への対応も求められるようになってきたのではないでしょうか。

高橋 そうですね。治療の対象となる症状の範囲が広がってきたと言えるのかもしれません。

 特に精神症状や自律神経症状など「非運動症状」への対応の重要性が認識されるようになり,2011年に作成した日本神経学会「パーキンソン病治療ガイドライン」における「クリニカル・クエスチョン」の実に3分の1は,非運動症状の治療に関する疑問でした。

中島 パーキンソン病患者にみられる幻覚・妄想や興奮といった症状への対応に神経内科医が慣れてきたことの副次的効果として,認知症の行動・心理症状(Behavioral and psychological symptoms of dementia ; BPSD)に対しても多くの神経内科医がより積極的に取り組むようになってきたのではないかと感じています。

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