地域で行う認知症ケア(池田学)
インタビュー
2013.04.01
【interview】
地域で行う認知症ケア
慣れ親しんだ場で,安心して暮らせる体制をつくるために
池田 学氏(熊本大学大学院教授・精神神経医学)に聞く
認知症患者の急増が見込まれるなか,“入院”から“地域”へと認知症ケアの在り方を見直す動きが広まっています。厚労省は2013年度より「認知症施策推進5か年計画(オレンジプラン)」を開始。「社会的入院」などの場当たり的な対応から,地域に受け皿をつくり患者と家族を支える体制への移行を掲げたものの,受け入れ側となる地域には戸惑いがあるのも実情です。
本紙では,認知症医療「熊本モデル」(MEMO)をはじめ,地域における認知症ケア体制と医療との連携構築に先駆的に取り組んでこられた池田氏に,これからの認知症ケアの“鍵”を伺いました。
――今なぜ,地域における認知症ケアが注目されているのでしょうか。
池田 認知症患者の介護は,2000年の介護保険の開始や核家族化の進展とともに,半ば必然的に家庭だけでなく社会でケアする方式に切り替わってきた経緯があります。デイケアやショートステイなどの介護サービスは,認知症高齢者数の推計に基づき整備されてきました。ですが,最新の有病率調査によると患者数はこれまでの推計値をはるかに超えて増えてきています。そのため現場では既に施設や人材の不足が露呈しており,行き場のない認知症患者が増えています。
さらなる患者数の増加が見込まれるなかでは,認知症ケアを施設や病院だけに頼る構造には限界があります。そこで,地域の資源を最大限に使って認知症患者を診ていくことが求められているのです。
――地域とは,具体的にはどこで認知症患者をケアするのですか。
池田 現実の認知症患者は,住む地域も価値観も多様です。「早く施設に」と希望される方もいれば,自宅で過ごしたいと考える方もいます。入院だけ,在宅だけといった考え方は実態にそぐわないため,地域の実情に合わせ「病院」「老健」「居宅」「在宅」などさまざまな選択肢を患者・家族に提供していくことが必要です。
――「認知症施策推進5か年計画」では,在宅中心のケアへの移行がうたわれていますね。
池田 「自宅で頑張りたい」と希望する軽症患者は実際多いのですが,在宅ケアを選択する際はきちんとした支援体制の構築が前提条件となります。特に一人暮らしの場合,夜間の安全確保や薬剤管理の方法などをすべて整備していく必要があります。
熊本大病院では,一人暮らしの軽症患者を優先的に入院させ,主治医や担当の看護師が夜間も含め一日中観察した上で在宅ケアが可能かを判断しています。在宅ケア継続の方針が固まった場合は,遠方の家族やケアマネジャーも同席の上で退院前訪問を行い,例えば足があまり上がらない患者さんであれば退院前に風呂の段差を少なくするなど,自宅で安心・安全に暮らせるための細やかな取り組みを行っています。認知症患者の自宅での事故発生件数は多いため,在宅ケアの選択者を増やすには,使える資源をフルに動員して安心・安全を守れる仕組みをシステマティックにつくることが求められるのです。
――地域で認知症患者を診る場合,何がケアのポイントとなるのですか。
池田 多くの認知症にはまだ根本的な治療法がないため,認知症ケアを困難にさせているいわゆるBPSD(認知症に伴う精神症状や行動障害)のマネジメントが重要です。責任を持ってBPSDを診られる医療機関を地域につくることが鍵になると私は考えています。
実際,二次医療圏に1施設でも困難事例を必ず引き受ける「最後の砦」があるだけで,介護スタッフはもちろんかかりつけ医にも余裕が生まれます。また地域の側でBPSDへの対応をあらかじめ準備しておくことで,入院を回避できた事例も多く経験しています。
身近な病院での相談・治療を可能とした「熊本モデル」
――そうした経験が,熊本県の認知症ケア体制である「熊本モデル」につながったのですね。
池田 ええ。認知症疾患医療センター(以下,センター)の役割は,認知症の鑑別診断や身体合併症,BPSDへの対応,また介護との連携や市民への啓発など,多岐にわたっています。厚労省は当初「全国150か所にセンターを整備する」方針を打ち出しましたが,それを熊本県に当てはめると2か所程度の設置にとどまります。7-8万人と推計される県内の認知症患者がBPSDや身体合併症でセンターを訪れると仮定すると,2か所では一瞬でパンクします。また,重篤な症状の高齢者を2-3時間も車で移動させること自体,臨床上あり得ません。そこで県の担当者と相談の上,車で30分以内に専門医療機関に到着できる体制を目標とし,結果的にほぼ二次医療圏に対応した計10か所のセンターを配置する形となりました。
各センターでは,研修や事例検討会を絶えず行い医療の質の向上を図るとともに,当院以外の9つの地域型センターそれぞれが地域特性を活かしたケアシステムの構築を行っています。
――患者数の増加が予測されるなか,県内の施設数は十分なのですか。
池田 現在,平均通院時間は基幹型センターである当院を除けばほぼ30分以内となっており,認知症専門医療の地域偏在解消という点では目標を達成できました。しかし,センターの専門外来の待ち時間は1-2か月に及んでおり,その意味で課題はあります。認知症の早期診断を行う場合は,診断ま
この記事はログインすると全文を読むことができます。
医学書院IDをお持ちでない方は医学書院IDを取得(無料)ください。
いま話題の記事
-
医学界新聞プラス
[第2回]アセトアミノフェン経口製剤(カロナールⓇ)は 空腹時に服薬することが可能か?
『医薬品情報のひきだし』より連載 2022.08.05
-
医学界新聞プラス
[第1回]心エコーレポートの見方をざっくり教えてください
『循環器病棟の業務が全然わからないので、うし先生に聞いてみた。』より連載 2024.04.26
-
寄稿 2024.08.13
-
ピットフォールにハマらないER診療の勘どころ
[第22回] 高カリウム血症を制するための4つのMission連載 2024.03.11
-
新年号特集 医薬品開発の未来を展望する カラー解説
創薬における日本の現状と国際動向寄稿 2025.01.14
最新の記事
-
2025.01.14
-
新年号特集 医薬品開発の未来を展望する カラー解説
創薬における日本の現状と国際動向寄稿 2025.01.14
-
新年号特集 医薬品開発の未来を展望する
国民に最新の医薬品を届けるために対談・座談会 2025.01.14
-
新年号特集 医薬品開発の未来を展望する
医薬品開発の未来を担うスタートアップ・エコシステム/米国バイオテク市場の近況寄稿 2025.01.14
-
新年号特集 医薬品開発の未来を展望する
患者当事者に聞く,薬のことインタビュー 2025.01.14
開く
医学書院IDの登録設定により、
更新通知をメールで受け取れます。