動き始めたアルコール関連問題対策(樋口進,今成知美,吉本尚)
対談・座談会
2013.03.04
【座談会】 動き始めたアルコール関連問題対策 | |||
吉本 尚氏 三重大学大学院医学系研究科 臨床医学系講座 家庭医療学分野=司会 | 樋口 進氏 国立病院機構久里浜医療センター 院長 | 今成 知美氏 特定非営利活動法人ASK(アルコール薬物問題全国市民協会)代表 アスク・ヒューマン・ケア代表取締役 |
飲酒文化は日本社会に深く根付き,アルコールは私たちの身近に存在している。その一方で,がんや生活習慣病,うつ病など多くの疾患や,自殺などとの関連が問題視され,さらには飲酒運転やドメスティック・バイオレンス(DV),迷惑行為などの社会的被害,経済的損失もクローズアップされつつある。世界的にもアルコールの有害な使用を規制する流れが強まる中,本座談会では,医療現場での早期介入の鍵を担うプライマリ・ケア領域,専門治療機関,そして民間の支援団体それぞれの立場から,法制化を含めた日本のアルコール関連問題対策の“今”を語っていただいた。
“有害な飲酒”“適度な飲酒”,それぞれの基準とは
吉本 まず,日本におけるアルコール消費の現状から議論していきたいと思います。
樋口 日本人1人当たりの消費量の平均値は,2009年の国税庁のデータを基にすると年間6.99 L,米国やカナダと同程度です。飲酒習慣(週3回以上,1日1合以上の飲酒)を持つ人は,2011年の国民健康・栄養調査では男性35.1%,女性は7.7%です。日本人の約4割が遺伝的にお酒に弱い,または飲めないことも考え合わせると,「飲める人」の飲酒量はかなり多いと言えると思います。
ただ消費量自体は,1993年の8.36Lをピークに少しずつ下がっています。私は急速に進む社会の高齢化がその理由の一つだと考えており,今後,トータルでの消費量は上がらないものと推測しています。ただ,酒類の消費者物価指数は一貫して下がっており,最近は特に,ダンピングをして価格を下げている小売店も珍しくありません。価格の下落は,特に若者や失業者などの飲酒傾向に大きく影響してきます。
今成 若い女性も積極的に飲むようになりましたね。実際40年前に比べると,女性の飲酒率(年1回以上飲酒した人の割合)は約4倍に増加していて,08年の厚労省による一般住民に対する無作為抽出調査では,20代前半の飲酒率は男性83.5%,女性90.4%と,男女逆転しているほどです。
樋口 未成年者の飲酒も,日本を含め世界中で減少傾向にあるものの,女子の減少率のほうが緩やかです。理由として多くの方が指摘するのは,お酒の種類が増えたこと。甘くて飲みやすいカクテル様のお酒も,今や本当に多くの種類が出ています。
吉本 飲酒量の多寡について,目安となるのはどのような数値でしょうか。
樋口 「健康日本21(第一次)」で「多量飲酒」として規定されたのは,1日平均60 g(ビール中ビン3本が目安)を超える飲酒です。08年には成人男性の12.0%,女性の3.1%,約766万人がこれに当てはまっていました。本年からの「健康日本21(第二次)」1)ではこの数値に代わり,「生活習慣病のリスクを高める飲酒量」として1日当たり成人男性40 g以上,女性20 g以上という基準が設けられました(図)。妊婦や授乳中の女性に関しては,胎児や乳児への影響に鑑み,摂取量をゼロにすべきことも明記されています。
図 依存症を頂点とした,アルコールの「有害な使用」の概念2) |
また「節度ある適度な飲酒量」が成人男性20 g,女性10 g程度であることも,引き続き認識しておくべきでしょう。
吉本 それらのリミットを超えて,依存症にまで至る,あるいはその疑いのある人は,どのくらいいるのでしょう。
樋口 ICD-10(国際疾病分類)の依存症診断基準(MEMO 1)を満たしたのは,03年には成人男性の1.9%,女性の0.1%で約80万人,08年には1.0%,0.2%で約60万人と推計されています。同じくICD-10の「有害な使用(harmful use=依存症には至らないが,心,または体の健康が障害されている)」に当たる人は,03年当時は218万人と推計しましたが,調査を行った身としては,もっと多い実感を持っています。
文化として根付いたお酒だが害についてもきちんと認識を
吉本 ICD-10と並んで基準としてよく使われるのがDSM-IVです。こちらでは,当事者の健康問題の有無にかかわらず,社会的,家族的問題がある使用を「アルコール乱用(alcohol abuse)」と分類しています。周囲に及ぼす被害が大きいというのは,アルコールの特徴ですね。
今成 英国の薬物関連独立科学委員会では,家庭内暴力や飲酒運転,交通機関の職員への暴力など,他者への害の深刻さから,2010年には20種の薬物のうちアルコールを最も有害と認定しました。
また,ニュージーランドでは今,受動喫煙ならぬ“passive victims of alcohol(受動アルコール被害者)”という概念が注目されており,この被害規模の推計が試みられていると聞いています。
樋口 WHOでも“harm to others”としてクローズアップしています。03年の日本での調査では,飲酒関連の問題行動の被害を受けた成人の数は約3040万人に上ると推計されており,子どもを含めると,この数はさらに増えるでしょう。
吉本 日本社会はお酒に寛容であると長年言われていますが,その寛容さが,問題行動を助長してきた面はあるでしょうか。
今成 年に数回の“ハレ”の日には皆で「お神酒(みき)」を飲んでしたたかに酔っぱらう。お酒の席での粗相は問わない。アルコールが日常的な飲み物になった今でも,そうした昔からの風習が根本にあることは実感します。
また,どこでも誰でもお酒が買えるというのも,ある意味寛容さの表れかもしれません。お酒の自動販売機が存在するのも,世界的に見ると珍しいのです。
樋口 米国などではかなり問題になるであろう,公衆の面前で泥酔している光景も,日本では日常的に見られますよね。販売に関しても,必要なのは酒類免許くらいです。広告の規制もほとんどない状態です。
とはいえ,お酒は食品の一部として,文化への根付き方も,嗜好品として比較されるタバコよりはるかに大きい。飲めば陽気になって会話も弾むという良さもあるでしょうし,特定の人口集団でみれば,少量のアルコールが有病率や死亡率を下げることも推定されています。完全規制は難しくとも,「酒は百薬の長」「飲みニケーション」のような考え方に流されるのではなく,その害についても認識していただきたいと思うのです。
今成 全面規制をする必要はないけれど,「百薬の長」が「万病の元」に切り替わってしまう境目を知り,部分否定はきっちりしたい。それは,世界的な潮流でもあります。
■日本にも波及する,世界的なアルコール規制の潮流
吉本 2010年,WHOの総会で「アルコールの有害な使用を低減するための世界戦略」(MEMO 2)が決議されました。これは,多量飲酒がもたらす健康被害に加え,社会的な悪影響も大きいことを指摘した上で,10分野の対策メニューを示し,世界各国に施策の推進と報告を義務付けるものです。
樋口 この前段階として,世界に6つあるWHOの地域事務局がそれぞれの地域戦略を作っていましたが,その時点ではほとんど話題になりませんでした。世界戦略が決議されてからは報道も増え,多くの方々に認識されるようになり,アルコール関連問題への対策が進む原動力となりました。その意味で,世界戦略化は非常に有効だったと思います。
吉本 日本でもこの決議を受けて,さまざまな動きが起こりつつありますね。
今成 ええ。この戦略を実施するためには,国家レベルでアルコールへの対策を統括する法律が必要不可欠です。そこで昨年,学会や関連団体が共同で「アルコール関連問題基本法推進ネット(アル法ネット)」2)を設立。超党派議員でつくる「アルコール問題議員連盟」の協力を得て,基本法案3)の作成を進めてきました。
吉本 その骨子案が同連盟の総会で了承を得たのが,昨年11月14日でした。
今成 衆議院解散が決まる1時間前というタイミングでしたね。
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