医学界新聞

寄稿

2013.02.11

【寄稿】

英国の新しい家庭医療専門医制度
その研修と選抜(後編)

澤 憲明(英国General Practitioner註),家庭医療専門医)


前編よりつづく

指導医のもとでの密度の濃い診療所研修

 前編(第3010号,2013年1月14日発行)では,英国の新しい家庭医療後期研修における,研修医の採用過程を解説した。後編では,研修と家庭医療専門医(Membership of Royal College of General Practitioners,以下MRCGP)試験の詳細,および英国の医療制度から見えてくる,プライマリ・ケアの可能性について私見を述べたい。

 後期研修の期間はフルタイムで3年である1)。初期研修が2年なので,家庭医になるためには少なくとも5年間の卒後教育が必要ということになる。後期研修の内訳は,病院での研修が18か月,診療所での研修が18か月であり,基本的に1年目は病院研修が,3年目は診療所での研修が主となっている。また,日々の自己学習の支援には,eラーニングシステム「e-GP」も活用されている。

 診療所の研修では,「GP trainer」と呼ばれる指導医に弟子入りすることになる。GP trainerは,MRCGPの資格を持った優れたプライマリ・ケア医であるとともに,家庭医療の教育的方法論に関して厳密なトレーニングを受けた優れた教育者でもある。

 研修医は自分の診察室を構え,1人の独立した家庭医として患者を診察することになるが,常時サポートする体制が整っており,外来が終わるごとに指導医と診療を振り返ることができる。指導医との関係は一種の師弟関係であり,研修医が直面している困難を恥じらいなく素直に話すことができるよう,外部からの圧力がかからない環境を意識的に提供している。

「総括的評価」と「形成的評価」のバランスを重視

 2007年から実施されている新しい家庭医療専門医試験は,無事合格しなければ家庭医として診療に従事することが法的に許されないライセンス試験であり,国民に信頼感や安心感を与えるためにも,明確な基準を持ち,透明性の高いものとなっている。医療が日々高度化・複雑化する中,プライマリ・ケアの専門医としての知識や技術などを保証するため,そしてプロとしての意識やモラルを高めるためにも,新しい専門医試験の意義は極めて大きい。

 近年の医学教育では「総括的評価」と「形成的評価」のバランスが重視されている。学習過程は「知る」ことから始まり,次に「できる」ようになる。そして最終的に「実際に行動に移す」ことができて,初めて能力があると認識される。専門医試験はこの能力ピラミッドによる3つの層別評価方法に基づき,より信頼性が高く厳密な合格基準をめざして作成されている()。

 家庭医療専門医試験の構成
ミラーの能力ピラミッドに基づき作成

【臨床応用試験(Applied Knowledge Test,以下AKT)】
 コンピューター上で行われる,知識を問う多肢選択試験である。後期研修2年目から受験することができ,現在のところ英国内全体での合格率は70%前後で推移している。

【臨床技能評価(Clinical Skills Assessment,以下CSA)】
 模擬患者を相手に1回10分,13回にわたって模擬診察を行う。一次医療のプロとして,よくみられる健康問題の扱い方,問題解決能力,意思決定の仕方,医師としてのコミュニケーション能力,身体診察のスキル,そして倫理・尊重などの職業的態度が審査される。後期研修3年目からの受験が許可されており,英国内全体での最近の合格率は,AKT同様70%前後で推移している。

【職場基盤評価(Workplace Based Assessment,以下WPBA)】
 WPBAは,研修医の「実際の行動力」のアセスメントツールである。この評価方法の特徴は,AKTやCSAのように一度の試験で評価が決まる「総括的評価」ではなく,3年間の研修の中で継続的に行われる「形成的評価」であり,継続的な評価を通して研修医の質をさらに向上させようというねらいを持つ。

 日常の診療風景を動画に撮ることで,家庭医としてのコミュニケーション能力の向上を図る「ビデオレビュー」や,日々の診療を振り返りながら,次の診療に役立てていく「省察記録(Reflectionと呼ばれる)」がその一例である。また,指導医との「症例ディスカッション」や,子宮頸部細胞診(パップスメア)などの「手技評価」,先輩や後輩医師をはじめ,一緒に働く看護師や受付のスタッフから受ける「多元フィードバック」も,WPBAに含まれる。

 その他,患者,指導医からの評価も含め,全データが各研修医の「電子ポートフォリオ(ePortfolio)」としてオンライン上に記録される。このポートフォリオは毎年,基本的に研修プログラム責任者1人,GP trainer 1-2人,地域住民(患者代表)1人からなる委員会で審査され,ポートフォリオ上で一定以上の評価に達しない者は,次の年次には進めない仕組みである。

医療を変えるプライマリ・ケアの可能性

 今後,社会の高齢化が進展し,限られた医療・財政資源の中で,より良質で効率的な医療を実現するために,近年見られる世界的潮流は「病院から地域へ,治療から予防,健康維持・増進へ,医療単独からチームケアへ」というパラダイムシフトだ。これは,疾患中心の病院医療から患者中心の地域・コミュニティ医療への移行であり,診療所をベースにしたプライマリ・ケア重視の医療サービスへの転換である。

 むろん,稀な病気や重症の患者を診る場合や,高度な検査,先進的な治療を受ける場合は病院医療が引き続き必要になるが,高齢化の問題を抱えている主要国では,高次の医療を必要としない,日常よくある急性・慢性的問題に対し,予防も含めて,適切に対応する地域医療の構築が,自然発生的でなく,システムとして構築されつつある。そのシステムの中でも,複数の健康問題を持った患者に対して,包括的で継続的,かつ効率的に対応するコミュニティ医療のリーダー,「プライマリ・ケアの専門医」は,なくてはならない存在だ。良質な医療を提供しながら,不適切な検査,投薬,入院といった望ましくない,過剰な医療から患者を守り,医療の質,財政ともに健全なシステムの構築を,「地域医療包括ケア」の中核となるべき医療者の登場を,今,時代が求めている。

 英国で地域・コミュニティ医療に従事する日本人医師として,英国GPの新しい専門医教育,認定試験を紹介することで,今なお医療改革の模索を続ける祖国に,今後の家庭医療専門医教育の新たな視点やヒントを提供できれば幸いである。


 プライマリ・ケアを専門とする医師を,英国では「General Practitioner」,北米では「Family Physician」と表記する。診療科はそれぞれ「General Practice」「Family Practice」となる。日本では「総合医」「総合診療医」「家庭医」など複数の名称が使われていたが,昨年末,厚労省「専門医の在り方に関する検討会」において「総合診療医」に統一する方針がおおむね決定した。

文献
 1)澤憲明.これからの日本の医療制度と家庭医療.第4章 英国の医学教育と家庭医の育て方.社会保険旬報.2012;2497:32-40.

参考文献
 澤憲明,田中啓広,菅家智史,武田仁,鵜飼友彦,若山隆,葛西龍樹.英国家庭医学会の新しい専門医教育・認定制度から見える日本の課題.日本プライマリ・ケア連合学会誌.2011;34(4):308-16.


澤憲明氏
英国での高校課程を経て,2007年レスター大(前レスター大/ウォーリック大)医学部卒。初期研修プログラムに従事した後,2012年英国家庭医療専門医教育および認定試験を修了。同年より家庭医として働き始め,現在は英国ヨークシャー州の診療所に勤務。最近の論文に「これからの日本の医療制度と家庭医療」(社会保険旬報),「プライマリ・ケアで変わる日本の医療」(構想日本)がある。本年1月放送のNHK「視点・論点」に出演(NHK解説委員室ブログ)。

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