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医学界新聞

2013.01.07

新春随想
2013


社会保険診療の消費税課税の議論を開始すべし

今村 聡(日本医師会副会長)


 新年,明けましておめでとうございます。昨年8月,社会保障・税一体改革法案が成立し,消費税率のアップが具体的に決まりました。社会保障の中身については,今後,社会保障制度改革国民会議で議論されていくことが決まっています。一方,「医療に係る消費税の課税のあり方については,引き続き検討する」と法律に書かれていますが,議論は始まっていません。

 患者負担を増やさないという政策的配慮で社会保険診療が非課税になっているため,医療機関に多額の控除対象外消費税が発生しています。仕組みが変わらないまま消費税率が上がると,医療を支える財源が,医療崩壊を加速させるという皮肉な結果になります。

 社会保険診療は非課税であるため,医療機関は患者から消費税を預からず,納税の義務もありません。しかし社会保険診療を行う上でさまざまな仕入れ(薬,医療材料,設備投資等)が必要であり,この仕入れに関して医療機関は業者に消費税を払います。この仕入れ時に払う消費税が控除対象外消費税で,あたかも医療機関が最終消費者のようになっています。従来,この医療機関の税負担に対しては,診療報酬に上乗せをして補填するという対応がなされてきました。1989年に0.76%,1997年に0.77%,併せて1.53%の上乗せという計算です。しかし,日本医師会の調査によると,現状の医療機関の平均税負担は社会保険診療に対して2.2%を超えており,補填は全く不十分で,推計2400億円の負担超過が日本中の医療機関で毎年発生しています。

 そもそも患者負担を生じさせないとの配慮で非課税としたのなら,診療報酬の上乗せで医療機関に負担をさせるのは,大いなる矛盾となります。また,課税に比べて後々検証が困難な,診療報酬という不透明な仕組みで負担をすることは,患者や保険者から理解が得られません。課税のあり方を引き続き検討するとの法律の文言どおり,今年こそ,国民や保険者も加わり真摯に課税の議論が開始されるべきと考えます。


リハビリテーション医学会,50周年を迎えて

水間 正澄(昭和大学リハビリテーション医学講座教授/日本リハビリテーション医学会理事長)


 第2次世界大戦後に米国から導入されたリハビリテーション(以下,リハ)医学の概念は,その後のわが国の疾病構造が急速に変化するに従い,その必要性に対する社会的な関心も高まりを見せるようになりました。そのような機運の中で1963年9月29日,リハに関する医学の進歩発達を図ることを目的として「日本リハビリテーション医学会」が設立されました。その後,数多くの先達のご尽力,各方面からのご支援により半世紀の歴史を経て臨床医学の領域として確立されるに至りました。

 リハ医学は障害を中心に扱いますが,その原因は多種多様です。多くの領域にまたがり,かつ疾患横断的な対応も行いながら機能や能力の回復のみならず社会的不利に至る障害の克服をめざすというユニークな領域として医療に貢献しています。近年,リハを取り巻く環境は大きく変化しつつありますが,介護保険制度や医療機能の分化が推進される中において,リハはすでに欠かせないものとなっています。また,医療技術の進歩は救命率の向上,生命予後の延伸をもたらし,再生医療の発展なども含めて新たなリハニーズへの対応が求められています。さらには,科学技術革新による診断機器,治療機器,リハ支援機器などの開発にも目覚ましいものがあり,今後のリハ医療に大きな変革をもたらすことが期待されています。しかし,科学が進歩してもリハ医療の担い手たちが忘れてならないのは"障害をもつ方々が社会で再び生き生きと生活,活動できるように支援する"という理念です。学会設立当時に生まれた世代は,いま学会の将来を背負って行く世代となり活躍をしています。

 本年の学術集会のテーマは"こころと科学の調和"です。次世代のリハ科医たちがリハの理念を忘れず進歩する科学技術とともに歩み,リハ医学が国民の皆様にとってより有益で,より理解されるものとなるよう願っています。

 新しき年を迎え,リハ医学とリハ科医の大きな未来への期待を込めて。


医療の質改善のこれから
――科学的・合理的方法論と和のこころの融合

小松 康宏(聖路加国際病院副院長・QIセンター長・腎臓内科部長)


 日本の医学は明治以来,西洋医学を導入し,今や基礎医学や臨床医学のさまざまな分野で世界をリードする水準となった。しかし最先端の医学知識も現場に活用されなければ国民の健康向上をもたらさない。IT産業では新技術は1-2年で市場を変えるが,医学知識は普及まで10年以上を要すると言われている。

 日本の製造業は戦後急速に発展し,その要というべき品質管理手法は米国政府をして,1987年の国家品質改善法を制定せしめた。米国では製造業だけではなく保健医療においても「KAIZEN」,Quality Improvement(以下QI)の哲学,手法が導入され,この流れは世界中に広まっている。昨年,シンガポール,台湾,香港で透析医療におけるQIについて講演する機会に恵まれたが,驚いたことにPDCAサイクル,3M(ムリ,ムラ,ムダ)などの用語はアジア諸国でも当然のこととして医療の最前線で使われていた。

 QIの基本は,体系だった科学的な方法に基づいて,組織全体を巻き込んで業務や診療のプロセスを改善していくことにある。品質管理手法の応用でもあるし,EBMの組織的な適用でもある。業務改善としてのQIを普及させるには,病院管理者の理解と現場を巻き込む力量が問われるし,EBMの適用としてのQIを発展させるためには,医師の理解と積極的な参加が欠かせない。

 QIは新たな研究分野でもある。基礎研究を臨床研究に翻訳するように,EBMの成果を現場の実践に応用する科学,学術活動でもある。米国連邦政府教育長官,カーネギー教育振興財団会長であったアーネスト・ボイヤー氏が著書『Scholarship Reconsidered : Priorities of the Professoriate』(日本語訳『大学教授職の使命――スカラーシップ再考』玉川大学出版部)のなかで述べたように,学術活動は基礎研究だけに限らない。学術活動には発見,統合,応用,普及(教育)の4つの領域があり,臨床研究の成果を統合,応用,普及することはすべての医師に求められる学術活動といえるだろう。

 限られた医療資源を有効に活用し,医学研究の成果をすべての国民に提供する。そのためには西洋の科学的・合理的な方法論と,和の心を合わせて医療の質改善・安全を進めていきたいと思う。


ポジティブサイコロジー

大野 裕(独立行政法人国立精神・神経医療研究センター認知行動療法センター長)


 昨年は,私が専門とする認知療法・認知行動療法の新しい展開を予感させる出来事が二つあった。一つは2012年9月7日に超党派の国会議員によって「地域精神保健医療福祉の充実・拡充を求める国会請願」が採択されたことだ。もう一つは,日本ポジティブサイコロジー医学会を立ち上げて,同年11月27日に福島県郡山市で第1回の学術集会を開催したことだ。

 認知療法・認知行動療法というのは,認知症の治療と間違えられることがあるが,そうではなく,認知(物事の考え方や受け取り方)に注目をして気持ちや行動をコントロールする力を育てる精神療法(カウンセリング)のことだ〔詳細は,認知療法活用サイト「うつ・不安ネット」〕。うつ病や不安障害などの精神疾患への治療効果が認められ,2010年度から診療報酬の対象となっている。

 認知療法・認知行動療法は精神疾患の治療としてだけでなく,日常のストレス対処の方法としても効果があることから,こころの健康のために使われている。この「こころの健康」という言葉はよく使われるが,それが何を意味するかはっきりしていないことが多い。例えば,「こころの健康講演会」と銘打った集まりで話されるのは,ほとんどがうつ病やストレス関連疾患などの「こころの不健康」についての話だ。つまり,こころの健康についての科学的,医学的な議論はほとんど行われておらず,そうした背景もあって,わが国の精神保健の施策は進んでいない。昨年「地域精神保健医療福祉の充実・拡充を求める国会請願」が採択されたのは,こころの健康という視点から精神保健の仕組みを作ることが急務となっているからだ。

 こうした流れを受け,私たちはこころと身体を,病気や不調ではなく健康という視点から科学的に研究するために,ポジティブサイコロジー医学会を立ち上げた。それはまた,精神医学的には精神保健の充実と拡充につながるものである。今年は,こうした動きに,認知療法・認知行動療法を専門とする立場から貢献したいと考えている。


医療の地球規模化の意味

森 臨太郎(国立成育医療研究センター成育政策科学研究部長)


 2012年は,医療の地球規模化が,単に日本国内における外国人診療体制を整備することや,海外で日本の市民が診療を受けることではないと実感した一年であった。

 政府・医療保険統計や疾病登録などの数字を主体とした情報と,臨床試験,系統的レビュー,費用対効果分析などの介入手法に関する情報を両輪として,医療政策や診療行為の改善を続けている「根拠に基づく医療や保健政策」。この流れは,先進国・途上国を問わず日本においても,すでにあらがえないものになっており,情報の電子化はこの動きに拍車をかけている。先行した国では,手法の限界を強く感じながらも推進され,その限界を乗り越えるための工夫と改善が行われてきた。こういった工夫があれば,総体としては共に生きていくために市民が得られるメリットのほうが大きいと考えられる。これが世界同時多発的に進むと,おのずと地球規模の医療標準化につながる。

 周産期医療においても,2012年は重要な年となった。われわれが全国的な極低出生体重児の疾病登録制度の構築とその利用を進めてきたことを受け,世界約10か国ですでに確立されていた疾病登録制度を連携させ,国際共同研究を開始した。また,疾病登録,臨床指標や診療ガイドラインといった量的な手法と,エンパワーメント,マネジメントなどの質的な手法を複合化した診療の質向上プログラムのクラスターランダム化比較試験が開始された年でもあった。後者は,周産期医療の国際舞台でも大きく期待され,注目を集めている。これらの取り組みは,日本国内の周産期医療施設が自信を持って直接国際舞台と双方向的につながることを意味する。

 諸外国と比較して,日本の医療の良さは医療制度にも診療行為にもたくさんある。鎖国状態のままその良さを保持していくという選択肢は,前述の暴力的とも言える流れを考えると,すでに存在しない。逆に日本以外の地域で作られた医療政策や診療行為の標準型が静かに浸透し,日本の「良さ」は消えていくことになる。このように考えると,世界の医療に貢献し,日本の医療を守るためには,「根拠に基づく医療や保健政策」に合致した言語で日本の医療政策を表現するとともに,その言語では示されない日本の医療の良さを新たに別の形の言語によって世界に伝えていくことを,国策と戦略と相当の覚悟を持って行わなければいけないということになる。


2013年,日本の全医療機関は存亡の転換点を迎える

北原 茂実(医療法人社団KNI理事長)


 日本経済が本当に危なくなってきた。2012年度のパナソニックの最終赤字は7650億円,シャープの赤字は4500億円の見通しだという。...

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