医学界新聞

寄稿

2012.12.10

【寄稿】

地域医療たかはまモデル
住民-行政-医療の“かけはし”作りと“なかま”作り

井階 友貴(福井大学医学部地域プライマリケア講座/高浜町和田診療所)


町の医療危機に瀕し“人作り”の打開策

 福井県高浜町は北陸の最西端に位置し,人口1万1500人程度,美しい海岸や若狭富士など豊かな自然で名を馳せる町だ。町内の医療機関は115床の社会保険高浜病院,無床の内科医院と当院(高浜町和田診療所)のみである。

 地方を中心に全国で医療問題が噴出しているが,高浜町も例外ではなかった。社会保険高浜病院は,2001年には最大11人の医師が常勤していたが,08年には常勤医3人という危機的状況に陥った。医師の減少に伴い医療機関の機能は縮小し,残った医師は過酷な勤務を避けられなくなった。過去の充実した医療体制を知る住民は,現在の町内医療機関では満足せず,移動能力のある者は近隣市の医療機関を受診するようになったが,近隣市も診療科の閉鎖や外来受診制限,大学病院からの綱渡り状態の人事など抱える問題は大きく,いつ破綻して共倒れ状態となってもおかしくない状態まで追い込まれていた。

 そうした医療崩壊の危機に瀕し,高浜町は08年8月にワーキンググループを立ち上げ,「高浜の医療と福祉を支える人づくり――高浜の医療は,地域が育て,地域が守る」をモットーに,医師育成,医療機関の支援等を盛り込んだ「地域医療再生アクションプラン」を提言。その実動部隊として,市町村単独では全国で初となる医学部寄附講座「地域プライマリケア講座」が福井大学に設立された。

解決すべき問題とは何か

 高浜町には,行政の医療支援の意向の明確さ,保健・医療・福祉の連携など誇れる点もあったが,問題も山積していた。本講座では地域志向型ケアの指針を立てるにあたり,解決すべき問題を以下のように抽出・集約した。

1)医師不足,特に地域医療・家庭医療に特化した医師の不足
 物理的に医師が足りないだけでなく,地域で求められるプライマリ・ケア機能(あらゆる健康・疾病に対して総合的・継続的・全人的に対応する機能)を持ち,地域住民と地域医療者,地域医療機関と中核病院をつなぐ役割を,町内医師の懸命の努力によってもなお,医師不足により担いきれていない。

2)住民の地域医療への理解不足と無関心
 町内の医師数の減少や全国的な高度医療志向などの相乗効果か,町内医療に対する住民の関心が低く,町外医療機関の受診など非効率的な受療行動につながっている。また地域医療問題に限らず,健康増進や介護などを含めた町の福祉活動に主体的にかかわろうとせず,行政や医療関係者に任せている傾向が否めない。

 これらの問題を解決するため,本講座ではただ診療を行うだけでなく,3K(医学教育,住民啓発,調査研究)に注力することにした。

能動的な医療体験で地域医療への関心を深める

 講座の設置をきっかけに,町内の病院および診療所にて講座教員と連携しながらの卒前研修,初期研修,後期研修が実現した。研修では,プライマリ・ケアの考え方,総合医と専門医の連携の重要性,地域を支える多職種とのコラボレーション,地域医療のやりがい・楽しさを学んでもらうことを目標としている。特に,毎年全国から医療系学生・研修医が集まる「夏だ! 海と地域医療体験ツアーin高浜」(写真)では,地域医療研修と救護所ボランティアを組み合わせ,能動的な医療体験と参加者交流を提供できている。また後期研修では,日本プライマリ・ケア連合学会認定研修プログラムを県内の各施設と運営しており,好評を得ている。

写真 地域医療体験ツアーでの教育風景
 高浜町での地域医療研修は,地域医療の楽しさを知り,関心や理解を深めてその必要性を実感し,地域医療への意欲を向上させるために役立つ。研修に訪れる医学生・研修医数も05年度には2人だったが,11年度には延べ100人以上を受け入れた。医学部卒業後,町内で研修を続ける者,後期研修修了後に町内で勤務する者も現れており,一時は5人まで減少していた町内の常勤医数も9人に回復。一定の効果を残せていると考えている。

住民が守り育てる地域医療

 住民の医療への無関心や誤解を解き,効率的な受療行動や医学教育への理解・協力に結びつけるため,当初はフォーラムやシンポジウム,広報紙への連載などの手法で訴えた。しかし医師→住民への発信では,関心のある人しか耳を傾けない上,「自分たちを助けてほしい」という一方的な要望にとらえられてしまうこともある。限界を感じるなか,「医療の主役である住民が,自分たちの医療を守り育てるためにどうすべきかを主体的に考え行動することが必要」であると思い至った。早速09年7月,第1回地域医療フォーラムにて希望者を募ったところ,15人の応募があり,09年9月「たかはま地域医療サポーターの会」が誕生した。

 同会は,地域医療の問題を医療者や行政だけに責任転嫁せず,地域の主役である住民が自らできることを模索し実行する団体である。会の活動方針として「無理しない」「批判しない」「消滅しない」の3“ない”を掲げ,月1回の医療座談会で行動案を議論している。

 住民に向けた提言としては「地域医療を守り育てる五か条」()を公表。地域医療フォーラムの企画・運営,住民-医療者の意見交換会,啓発パンフレット・ポスター・ビデオの作製と地域での啓発活動,救急チャート[同会HPよりダウンロード可能]や救急蘇生講習会の計画・実施などを通し,“住民から住民”への啓発活動を行っている。救急チャートは印刷実費相当で,他県の市区町村からの大口注文も受けている。

 地域医療を守り育てる五か条

 活動の前後で,町内での会の周知度は16.2%から46.4%へと有意に上昇し,医療満足度も向上した。また,会の周知度の高い群の医療満足度は,低い群より有意に高かった。住民有志による啓発活動が医療満足度向上と関連し,「たかはま地域医療サポーター」や意識の高い住民が,他の住民と医療者との架け橋となって相互に意識を高め合うことで,地域医療を向上させていることが読み取れる。

住民-行政-医療のコラボレーション

 高浜町では,医療・行政・大学がお互いに必要なものを供給しながら連携し,住民を支えていくモデルが確立しつつある。そのモデルをもとに,医学教育と住民啓発を行うことで,地域医療を志す医師や主体的に医療と向き合う住民など次世代の医療の担い手を輩出できるという,地域医療システムの根本的な改革を成し得ると考えられた。

 このモデルを作り上げるためには,多くの理解者が必要である。まず核となる立場の者がつながり(“かけはし”作り=「和」の拡大),次第に同志を増やしていく(“なかま”作り=「輪」の拡大)方法が,この3年間の取り組みで感じた成功の要諦である()。

 地域における協働の発展モデル

 地域医療再生のモデル事業となり得る福井県高浜町の住民,行政,医療の協働が,地域医療問題に奮闘する全国各地に広がることを心より願っている。


井階友貴氏
2005年滋賀医大卒。07年兵庫県立柏原病院にて地域医療崩壊の現状を知る。08年より高浜町和田診療所,09年より福井大「地域プライマリケア講座」に所属,12年より現職。住民,行政,医療者が三位一体となった理想の地域医療を追求し,医学教育,住民啓発に奮闘。編著に『一歩先行く地域医療――はじめよう 住民・行政・医療者の三位一体による地域医療革命』(福井県大学連携リーグ双書)。

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