小児終末期の治療方針を考える(加部一彦)
インタビュー
2012.11.12
【interview】
小児終末期の治療方針を考える
話し合いのガイドラインから「協働意思決定」をめざして
加部 一彦氏(母子愛育会総合母子保健センター愛育病院 新生児科部長)に聞く
終末期における意思決定に関する議論が高まっているが,自身での意思決定が難しい子どもの場合,医療者や家族が子どもの権利を擁護しながら治療方針を決定することが求められる。本年8月,医療者と家族の意思決定までのプロセスを支援するための「重篤な疾患を持つ子どもの医療をめぐる話し合いのガイドライン」1)が日本小児科学会から公表された。本紙では,同ガイドラインワーキンググループ(WG)の委員長を務めた加部氏に,ガイドライン作成の経緯や,今後の小児終末期医療がめざす話し合いの在り方について,お話しいただいた。
基準を定めない「プロセスのガイドライン」
――子どもの治療選択に関する問題は,当初新生児医療の現場で生じたと聞きます。
加部 新生児医療は,もともと医学的観点から治療の差し控えや中止といった問題に直面する機会が多い領域です。NICUの発達に伴い,命が救われる子どもが増えた一方で,その後の治療をめぐり医療者と家族が対立する事例も出てきました。
そのようななか,1985年に女子医大の仁志田博司教授(当時)が,新生児医療における治療方針の決定に関する論文を出しました2)。この論文内の表が,後にいわゆる“仁志田のガイドライン”と言われるようになりました。
この表では,新生児への治療方針が,73年に出されたダフらの論文3)をもとに,A(すべての治療を行う),B(制限的治療),C(積極的な治療は行わない),D(治療の中止)にクラス分けされ,各クラスに該当する疾患名が例示されていました。疾患を分類することを目的とした表ではなかったのですが,新生児医療の現場で広く用いられるようになり,やがて疾患名とクラス区分だけが“ガイドライン”としてひとり歩きしてしまったのです。
医療レベルが向上し,患者家族や社会が重い病を抱える子どもを受け入れる態勢が整い始めたころから,クラス分けに応じた具体的な疾患名の例示は適切でないと考えられるようになった一方,現場では倫理的意思決定のための基準を求める声が高まり,新しいガイドラインの検討が始まりました。
――方針の転換が明確に示されたのが,2003年に成育医療委託研究の研究班が公表した「重篤な疾患を持つ新生児の家族と医療スタッフの話し合いのガイドライン」4)ですね。
加部 このガイドラインは,「治療のガイドライン」ではなく治療方針を決定するまでの「プロセスのガイドライン」でした。当時としてはとても画期的だったと思います。
――「プロセスのガイドライン」というのは,他ではあまり聞きません。
加部 通常の診療ガイドラインでは,治療のアルゴリズムやエビデンスレベルが示されますが,新生児の疾患は個別性が強く,一概に治療を決定することが難しい。そこで,03年のガイドラインでは,「終末期」の定義や治療の中止・継続の基準は設けず,アルゴリズムに従えば自動的に回答が導き出せるものにはしないことが前提とされました。
基準がないなかで治療方針を決定するためには,医師だけでなく,かかわる多くの医療者と家族が多様な意見を出し合いながら,最善の治療を話し合うことが最も重要です。そのため医療者と家族のパートナーシップを築くプロセスを支援するものとして,「プロセスのガイドライン」が作成されました。今回小児科学会から公表された子どものガイドラインも,同様の前提を踏襲しています。
子どもの「最善の利益」を多様な価値観から考える
――子どもの治療方針を決定する際,大人と違うのはどのような点でしょう。
加部 子どもの自己決定能力には限界があります。特に年齢が低い子どもたちについては,誰かがその子どもの生きる権利,命の権利を守ってあげなければなりません。ある程度成長した子どもに対しては,それぞれの子どもの理解度に合わせて,理解できるような話の仕方で説明するインフォームド・アセントが行われますが,その場合にも最終的な決定を子ども自身が行うことはあまり多くないでしょう。
――そうすると,親が子どもの代わりに意思決定に参加するのでしょうか。
加部 大半がそうでしょう。しかし,いつのまにか意思決定を行う親の利益が優先され,子どもの利益とかけ離れた不適切な判断が下されることがあります。こうした事態を防ぐためには,親だけに子どもの治療の意思決定を任せるのではなく,医療者を含む異なる立場の人が異なる価値観を持ち寄って,子どもの「最善の利益」を考えなければならないでしょう。
一方で,子どもの「最善の利益」とは何かという議論もあります。海外でも「best interest of child」が重視されていますが,いまだ具体的な答えは得られていません。
――海外では小児の終末期の治療方針をどのように決定しているのでしょう。
加部 欧米では,治療中止までのステップが明確に定められているところが多いですね。例えばオランダには,主治医と,主治医以外から選任された医師2人が手順にのっとって判断すれば,終末期にある小児の治療を中止できる法律があります。ただ,医師が確認する項目の中には「本人の苦痛が著しい」「生きていて幸せになれない」という漠然としたものもあり,解釈の幅が広すぎると問題になっています。
話し合いのプロセスを省みる
――今回のガイドラインは,どのようなメンバーで議論されたのですか。
加部 WGには小児科医,新生児科医をはじめ,生命医療工学,法務,生命倫理の専門家,そして患者の家族会の方がいました。
多くの方が心配していたのは「ガイドラインの公開によって,子どもの治療が安易に中止されるようになるのではないか」ということで,特に障害をもつお子さんを育てているご家族の懸念が強くありました。
確かに以前は,医師が主導して治療方針を決定していました。今でも,日本の医療には権威的なところがあり,治療方針を決めるための話し合いの場においても,家族は医療者の意見に強く影響されがちです。しかし,そうした一方的なかかわり方では,子どもの「最善の利益」にかなった治療方針を決定することはできません。医療者と家族が良いパートナーシップを築き,多様な考え方のもと議論を重ねることが求められます。
――そのためには,医療者はどのようなことに気をつけるべきでしょう。
加部 自分の価値観を家族に押し付けないよう,常時省みることが必要だと思います。話し合いの場にも,ひとりの人間として参加していただきたいと思い,今回のガイドラインには,医療者が自分の説明方法や話し合いでの態度を振り返るためのチェックリストを設けました。
また,家族が話し合いの内容について確認をするチェックリストも用意し,署名欄も設けました。話し合いに参加した全員が,そのプロセスに誤りがなかったか確認し,証明できる形式をとっています。
――そうして慎重に議論しても,納得のいく結論に至るのは難しそうです。
加部 もちろん簡単なことではありません。まずは医療者と家族が共に状況を理解することが大切だと思います。つまり,子どもに何があったのか,治療によって何が起こるのかという客観的な事実を共有し,正しく理解することをめざしてほしいです。その上で医療者と家族が一緒に治療方針を決める「協働意思決定」ができることを,今回のガイドラインでは重視しました。
自分の意見を押し付けるのではなく,あるいは誰かの価値観に偏って決断するのではなく,参加者が互いの考えを共に支え合うことで納得できる決定に至ってほしいです。
――話し合いの結果,子どもの治療を中止することもあるのでしょうか。
加部 悲しいですが,皆で話し合いをして合意した結果であれば,治療中止という選択もあり得るのだと思います。しかし,どんな治療をしたのか,関係者で何を話したのか,どんなプロセスを経て,どのような葛藤があった上で,最終的な結論に至ったのかが,客観的かつ公正に記録されていれば,たとえその結論が治療の中止であったとしても,話し合いに関与していない第三者はその決定に異議を唱えられないのではないでしょうか。
また,例えば親が「障害のある子を育てることはできない」と悩んだ場合でも,皆の話し合いによって,何か良い道筋が考えられるかもしれません。さまざまな立場の人間が,それぞれの価値観を持ち寄って話し合うことが何よりも重要なのです。
誰もが自然と話し合える環境に
――今後の課題としてどのようなことをお考えですか。
加部 今回のガイドラインでは,緩和ケアやグリーフケアの取り入れ方を,提示することができませんでした。話し合いの中でこうした選択肢も用意されれば,医療者や家族の納得感を促進できると期待しています。
また,社会の新しい要請に応えるためにも,ガイドラインの改訂を継続していきたいと考えています。ガイドラインは,日本小児科学会として永続的に管理・改訂していくことを,今後求めたいと思います。
――先生の最終的な目標をお聞かせください。
加部 医療者と家族の話し合いが,ごく自然に行われるようになることが,最終的な目標です。終末期に限らず,患者さんと医療者が互いに情報を共有しながら話し合い,治療方針を決定していく「協働意思決定」の風土を作ることで,おそらく10年後には日本の小児医療そのものが変わっていくでしょう。
現場としては,ご家族から話し合いの場が求められるとさらにありがたいですね。家族が受け身でいる現状も変わらないと,本当に満足度の高い医療なんて実現しないのかもしれません。子どもの治療について誰かが何か疑問に思ったときに「皆で話し合いの場をもちましょう」と誰もが自然に提案できる環境をつくることが,このガイドラインの最終的な目標であり,私の遠大な夢です。
――ありがとうございました。
(了)
註
1)日児誌. 2012;116(10).
2)仁志田博司,他.新生児医療における倫理的観点からの意志決定(Medical Decision Making).日児誌. 1987;23:337-41.
3)Duff RS. Guidelines for deciding care of critically ill or dying patients. Pediatrics. 1979; 64: 17-23.
4)http://www.saitama-med.ac.jp/kawagoe/04departments/dep34neocmfnm/index2guidelines.html
加部一彦氏 1984年日大医学部卒。女子医大母子総合医療センタ-,国保旭中央病院新生児医療センター医長を経て,94年母子愛育会総合母子保健センタ-愛育病院。96年より現職。主な著書に『障害をもつ子を産むということ――19人の体験』(中央法規出版)。 |
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