医学界新聞

対談・座談会

2012.11.05

座談会

診断の神様と外来診療を語る

ローレンス・ティアニー氏(カリフォルニア大学サンフランシスコ校教授)
金城 紀与史氏(沖縄県立中部病院総合内科)=司会
金城 光代氏(沖縄県立中部病院総合内科)
岸田 直樹氏(手稲渓仁会病院総合内科・感染症科)


 臨床における診断の奥深さや醍醐味を伝え,日本の医療現場にも大きな影響を与えているローレンス・ティアニー氏。

 本座談会では,多くの患者と多様な疾患に出合う一般内科外来において,「限られた条件と時間」のなかで「危険を見逃さず」,さらに「患者と手を携えて」診療していくコツを,総合内科医,指導医として活躍する金城紀与史,金城光代,岸田直樹の3氏とともに語っていただきました。


金城(紀) 「限られた条件と時間」のなかで行わなければならない一般内科外来は,「すべてを漏らさず網羅的に」という視点を持ちながらも,効率的に診断をしていくことが求められます。そこでは,重症度や頻度といった診断の軸を考慮すると同時に,患者を「帰すか帰さないか」など今後の対応まで見渡す意識が大事になるのではないでしょうか。

ティアニー 大切な視点ですね。外来患者のケアは非常に興味深いものです。なぜなら,外来では多くの全身疾患や複雑な疾患に遭遇するからです。

 初診患者を診る際には,ある症状と身体所見から直感で診断するSnap Diagnosisを用いることにより効率よく正しい診断を行うことができます。これは患者の外見と過去の検査所見に基づく「パターン認識」と呼ばれるもので,多くの患者を診るほど身につくとされます。また継続外来では前回の診療から患者に変化したことがあれば,それに気付く必要があるため,最初の数秒間の観察が勝負です。外来は,Snap Diagnosisが大きく問われる場であり,またその力が身につく場と言えます。

金城(光) 一般内科外来で鑑別疾患を考えるプロセスにはコツがあると思います。緊急疾患,重症な疾患の可能性を考慮しつつ,頻度の高い疾患を考えて,それらしい鑑別疾患を3-5つに絞っていく,というものです。帰すかどうかを決める点では,救急外来と似た難しさはあるのですが,救急外来のように緊急性の軸が問題になることは比較的少ないです。緊急ではないものの重症疾患やコモンな疾患を鑑別して入院させずフォローする場面や,慢性疾患の継続外来などは,外来特有の状況と言えます。

 初診外来では,緊急疾患の可能性が低いなら,考えている鑑別疾患について「それらしい,それらしくない」を吟味して,重篤な疾患を疑うのであれば入院させない場合でも外来で評価を続けていくこと。また,慢性疾患の継続外来では,患者背景を組み込んで疾患ごとのゴールを意識してフォローしていくことが大切ですね。

患者の社会的背景は外来診療の重要な材料

ティアニー 外来診療では,疾患自体はさほど緊急性がなくても,誤った判断が重大な結果を招くことに注意が必要です。

岸田 特に急性の発熱の場合には,病初期は感染症か非感染症かだけでなく,感染症の場合でも局所臓器所見がはっきりしません。正直,もう少し経過を見たくても,細菌感染症であれば重篤になって戻ってくる可能性があり,一方で適切に治療を開始できていれば治療可能な疾患ばかりなので,“疑い”として抗菌薬投与を開始すべきか悩みます。しかも一度失敗を経験すると,抗菌薬を処方しておけばよかったと後悔の念ばかりが残るのです。ここは臨床医としての腕の見せどころでもあると思います。

ティアニー 同じことは他の疾患でも言えます。例えば,目の前の患者がわずかな胸痛を訴えているとします。コレステロール値はボーダーライン上にあり,高血圧等の既往がある。心筋梗塞を発症する危険性がありますが,入院させれば患者に本来必要のない経済的負担を強いることになるかもしれません。

金城(紀) 胸痛の性状がたとえ非典型的でも,心血管リスクのある患者の場合,冠動脈疾患の可能性は簡単に捨てないことが重要でしょう。ただし入院の判断はその時々によって他の要素の影響を受けることもあります。病床の空き具合や,冠動脈CT検査をすぐに予約できるかどうか,などです。また帰宅させた場合でもすぐに再受診できるかどうか,すなわち医療機関へのアクセスや家庭の事情もその判断に大きくかかわると思います。

ティアニー そうですね。「家族ダイナミックスはどうか?」「患者の生活状態はどうか?」「経済状態はどうか?」「患者のパートナーはどんな薬を飲んでいるのだろうか?」など,患者の社会的背景は外来診療において非常に重要な材料となります。

やみくもな検査ではなく患者の訴え,不安から診断を導く

金城(紀) 何らかの疾患があるにもかかわらず,無症状の人もいます。そのような患者の外来でのスクリーニングについて,先生のご経験をお話しいただけますか。

ティアニー 実は先日,そのような例に遭遇したばかりです。その患者は,私が1970年代からずっと診てきた反応性関節炎と大動脈炎がある方で,30年間で3度の大動脈弁置換術を行いました。その後,状態は安定していたのですが,あるとき定期的な体重測定を行った際,5 kgほど体重が減っていることに気付きました。詳しい検査を実施したところ,肺がんが見つかったのです。がんはすでに転移していました。

 皆さんはもっと早い時期に何かできたのではないかと考えるでしょう。私がこのとき考えたのは,「患者を最後に診察したときに,このことに気付くべきであったか」「もっと早く,例えば定期的な体重測定のときに体重が数kg減ったことに注目すべきだったか」「軽い乾性咳をチェックすべきだったか」です。しかしこの患者の場合,ヘビースモーカーでもなく,肺がんの症状もまったく見られなかったのです。スクリーニングは私が必要ないと判断し行っていませんでした。

金城(光) スクリーニングは無症状の人に適切な検査を行い,症状が出る前の段階で病気を見つけることが目的ですが,専門医であってもプライマリ・ケア医の役割を担う場合には,内科的なスクリーニングを実施することが重要だと思います。私自身,既往に大腸ポリープや高血圧がある関節リウマチ患者で,リウマチが良くなったと喜んでいたら,後に大腸がんや脳梗塞が見つかってがっかりしたことがありました。

岸田 積極的な疑いを持っていない状況でスクリーニングを行うことは,時として不安ばかりを生み出すこともあります。患者は検査をすると,白か黒か(その病気があるかな

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