医学界新聞

寄稿

2012.10.22

【寄稿】

患者と医療をつなぐ心の架け橋をめざして

上原 弘美(サバイバーナースの会「ぴあナース」代表)


 「あ,これは乳がんですね~」とあっさりと告知されたのが37歳だった2004年の春。看護師という職業柄,「がん」という言葉を当然のように使っていましたが,それが自分に向けられるとその言葉の重みと衝撃の強さに,恐怖心は増すばかりでした。

 「まさか? なんで私?」。告知を受けた瞬間から,がん患者として生活は一変。治療は? 仕事は? お金は? 家族は? 私は死ぬの? と,心と身体の変化によってたくさんの苦悩を抱えました。また治療を選択する際,「効果が高い」という理由だけでは決断できない事情があることもわかりました。なぜなら治療後も人生は続くのだから――。

がん体験を看護に活かす

 左乳がんに続き,右乳がん,そして卵巣にもがんが見つかり計3度の手術を経験しました。主治医は治療に関して一生懸命説明してくれました。しかし,結婚も出産もしたいと思っていた当時の私には,これからの人生も含め一緒に考えてほしいという思いが残りました。また告知後にソファでうなだれている私の目の前を,告知時に同席していた看護師が声も掛けずに通り過ぎたときは,悲しさと孤独感でいっぱいになったことを今でも鮮明に覚えています。

 一方,これまでの自分の看護を振り返ると,「こんなことを聞くと患者さんは傷つくかも……」「なんて声を掛けていいのかわからない……」と,同じように忙しさを理由にして苦しむ患者から足が遠のき,患者を孤独にしていたことに気が付きました。

 「がん体験者として患者の孤独や不安もわかるし,理想と現実の狭間に悩む医療現場の現状も理解できる私たちだからこそできることがあるはず」。そこで私は,同じ志を抱く仲間とともに2010年10月,サバイバーナースの会「ぴあナース」1)を立ち上げました。

ピアカウンセリング・ナースとして心のケアを

 2007年の「がん対策推進基本計画」の策定に伴い,各都道府県にはがん診療連携拠点病院が整備され,がん相談支援センターも設置されました。にもかかわらず,がん医療の地域格差はまだまだ大きく,どこに相談していいのかわからない患者の心は置き去りになっています。

 がん治療において心のケアは重要な要素ですが,医療者が多忙な医療現場で十分な対応を行うには限界があります。その不足を補完するのが患者会であり,患者会を中心としたピアサポーターやピアカウンセラーです。しかしその重要性の一方で,ピアカウンセラーの質の担保という面では必ずしも十分ではない現状があります。

 サバイバーナースの会「ぴあナース」では,がん経験者・看護師の両方の立場で患者支援に当たる者を「ピアカウンセリング・ナース」と命名し,がん医療についての専門性を高めるため,2012年3月「第1回ピアカウンセリング・ナースの養成研修会」を開催()。がん種も看護経験も居住地もさまざまな11人が全国から沖縄に集結しました。

 第1回ピアカウンセリング・ナース養成研修会のプログラム

 参加者からは,「これまでどこにも吐き出せなかった苦しい気持ちを存分に出し尽くすことで,患者になったことの意味を見いだした」「これまでの自分を振り返り,自責の念や看護に対する新たな気持ちを共有することが勇気と希望につながった」との声が聞かれました。100%患者になりきれないつらさ,告知する側とされる側の両者を体験しているからこそのつらさと孤独,これまでの患者への対応が独りよがりでなかったか,傲慢ではなかったか……,などの悩みは,看護師・がん患者の両方の立場を持つ者に特有とも言えます。

 患者の抱える不安は,医療者とのコミュニケーション不足から生じることが少なくありません。そこには相互理解とお互いが歩み寄る努力が必要であり,ぴあナースは専門的視点と患者としての気持ちを双方からつなぐ「架け橋」としての役割を担うことができると考えます。私自身,2日間の研修を通して,がん医療の専門的知識とスキル,患者を支援することの難しさや厳しさと知識のなさを思い知らされ多くの課題に直面したと同時に,大きな可能性とチャレンジ精神が湧き出す感覚でした。

 本年11月には,コミュニケーションスキルアップのための研修会を企画しています2)。ピアカウンセリングの"実践編"として,相手の苦しみをどのようにキャッチするか,そしてどんな私たちであれば相手を支えられるかを具体的に学び実践に生かしていきます。

コミュニティとしてのソーシャルサポート

 現在,沖縄を中心としてネットワークは全国に広がり,九州から東北地方までメンバーが増えてきています。それぞれの職場で,がん体験を生かした看護やスタッフ育成,患者教育に貢献できると考えます。また地域活動では,医療機関の手が回りにくい告知後や治療開始までの間,治療終了後の社会生活を支援するコミュニティの在り方を模索中です。

 入院から在宅へと治療の場がシフトするなかで,退院後にどう過ごしていいのか気持ちの整理がつかず困惑される方も多くいます。そのような方でも,人とつながることで自分らしく心穏やかに過ごせるはずです。また何より地域の受け皿を増やすことが,がんサバイバーナースの仕事復帰の一助にもつながり,より良い患者支援になります。患者の気持ちに寄り添い,時には看護師の気持ちに寄り添い,柔軟性を持つ"ぴあナース"として「患者と医療をつなぐ架け橋」となることをめざしています。

 全国的にピアサポートの必要性が高まるなか,2011年より公益財団法人日本対がん協会では,「厚生労働省委託事業がん総合相談に携わる者に対する研修プログラム策定事業」が始まっています。私も11年10月に沖縄県の委託事業で琉球大学医学部附属病院内に設置された「沖縄県地域統括相談支援センター」で,がん体験者として,がん患者さんやそのご家族に対してのピアサポートと,がんピアサポーター養成基礎講座,一般向け講演会やイベントなどを企画開催する取り組みを始めています。

 私にとって,がんは大切なことを教えてくれた神様からの贈り物だと思っています。立場や病院といった枠を超え,地域の中でもがんについて気軽に語り合え,自分らしく生きられる社会でありたいと願います。皆様とのご縁がつながりますように!


1)http://peer-nurse.com/
2)「第2回ピアカウンセリング・ナース養成研修会」を11月24日(土),沖縄青年会館(那覇市)にて開催予定。テーマ「どんな私たちであれば良き援助者になれるのか」,講師:小澤竹俊氏(めぐみ在宅クリニック)。全国のがんを経験した看護師の皆さん,一緒に学び交流を深めませんか? 参加をお待ちしています。


上原弘美氏
沖縄県出身。1992年東京衛生学園看護学科卒。東邦大大森病院勤務後,帰沖。2004-08年にかけ,左乳がん・右乳がん・境界型悪性卵巣腫瘍にて手術・治療を受ける。がん罹患をきっかけに,患者会活動に参加。10年サバイバーナースの会「ぴあナース」を設立し,「ピアカウンセリング・ナース」養成に取り組む。11年より沖縄県地域統括相談支援センターにて勤務。

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