フットケアを充実させ,糖尿病看護の質向上へ(渥美義仁,任和子,楢原直美)
対談・座談会
2012.10.22
【座談会】 フットケアを充実させ,糖尿病看護の質向上へ |
|
|
糖尿病合併症の一つである糖尿病足病変。「神経障害のために痛みを感じにくい」「視力障害のために発見が遅れる」といった要因が絡み,重症化してから発見されることも多い。予防のためには医療者が日ごろから患者の足をケアする必要があり,その担い手として看護師にかかる期待は大きい。
本座談会では現場の医師,看護師,フットケアの教育・啓発に携わる日本糖尿病教育・看護学会理事と立場の異なる3氏が,フットケアを行う臨床現場における課題を議論。今後,フットケアをさらに普及させ,充実させていくための方策を探った。
渥美 世界では30秒に1本,糖尿病患者さんの足が切断されていると推定されており,糖尿病足病変の発症予防や治療は世界的に見ても喫緊の課題と言えるでしょう。
わが国の足潰瘍・足壊疽の発症率と経過に関するデータとしては,国民健康・栄養調査が挙げられます。このデータによれば,糖尿病診断例における糖尿病足壊疽の割合は2002年度1.6%,2007年度0.7%という結果がみられています。ただ,糖尿病足病変には,患者本人が申告しない,あるいは気付いていないケースもあり得る。多忙な一般臨床の場で,医療者が患者の足を見る機会が少ない中,これらのデータが現実を反映しているとは言いがたい面もあるでしょう。さらに,足潰瘍のハイリスク患者にあたる腎不全や透析患者が依然として多いことを合わせて考えると,予防的にフットケアにかかわり,重症化を防ぐ必要があるのは間違いありません。
フットケアを通して,患者のセルフケアを支援する
渥美 2008年の診療報酬改定で,「糖尿病合併症管理料」(MEMO)として糖尿病の重症化予防のためのフットケアについて算定が認められ,医療者が糖尿病患者の足に注目するようになりました。「糖尿病合併症管理料」の新設に当たって,任先生も理事を務められている日本糖尿病教育・看護学会(JADEN)では,どのような取り組みが進められたのでしょうか。
任 JADENでは「特別委員会『糖尿病重症化予防(フットケア)研修推進委員会』」を設置し,診療報酬の算定要件を充足するための研修の標準プログラム3)を作成しました。
診療報酬の要件として求められる研修は,あくまで糖尿病の重症化予防のためのフットケア研修です。そのため,胼胝削りや爪切りといった処置やケアの技術だけでなく,糖尿病患者さんへのセルフケア支援につなげる力も身につけることのできるように内容を考慮しました。
渥美 研修が開始されてから約5年が経ち,現在ではその標準プログラムを基に各地で研修会が開催されています。初年度から糖尿病看護認定看護師として研修の講師やファシリテーターを務めている立場から,楢原さんはこの5年間で変化を感じる点はありますか。
楢原 受講者数という点では落ち着いてきたと思うのですが,だんだんと受講者の幅が広がってきたと感じます。研修会の開始当初は大きな病院や糖尿病専門クリニックなどに所属する受講者が多かったのですが,現在では透析クリニックで働く看護師や診療報酬算定のできない訪問看護師が受講者として来ることもあります。フットケアの重要性が共有され,実施者のすそ野は徐々に広がってきているのではないでしょうか。
渥美 受講者と直に接しフットケアを教える中では,どのあたりに難しさを感じていますか。
楢原 受講者の多くが,どうしても爪を切る,胼胝を削るなどの技術面ばかりに目が向いてしまうことでしょうか。糖尿病重症化予防の視点から,糖尿病患者の足をアセスメントし,計画立案する,というところまでたどり着くのは難しいようです。
任 足をきれいにすると患者さんには大変喜んでもらえますし,自分の行った処置の結果が見えやすいという点で,処置の技術に関心が高くなることは理解できます。しかし看護師が行うべきことは,傷口の治療だけではありません。重症化予防を真に達成するために,フットケアを通して,患者さんのセルフケア支援に結び付けていくことが重要です。
渥美 足をさする,傷の処置をするといったフットケアの過程では,普段の外来診療では医師が聞けないようなお話を患者さんとできることもありますよね。時にそのお話が治療を進める上で役に立つ情報にもなり得る。そういう意味でも,フットケアを行う看護師は傷口の処置にとらわれるのではなく,患者さんの長期的な療養生活を見据えてかかわってほしいですね。
フットケアを行うにはバックアップが不可欠
渥美 現在,管理料請求の認定を受けた施設は1000を超えていますが,必ずしもすべての施設でフットケアを機能的に実践できているわけではないようですね。
任 JADENでは,2008年6月-2009年6月に開催した「糖尿病重症化予防(フットケア)研修」の修了者435人を対象に,フットケアの実践状況を調査したデータ(有効回答数:259人)4)があります。その結果によると,「糖尿病合併症管理料」の算定対象に該当する患者へフットケアを実施していたのは183人(70.7%)で,約30%の修了者が施設に戻った後にフットケアを実施できていない状況が明らかになりました。
また,「今後フットケアを実践するために障壁になること」についての回答では,「時間確保の不足」が多く挙げられました。その背景には,研修を修了した看護師が必ずしもフットケアを実施できる外来に配置されない,夜勤要員として病棟へ優先的に常勤看護師を配属せざるを得ないといった施設の実情があるのでしょう。「環境整備の不足」という回答が多いことからも,フットケアを実践するための体制が整っていない施設が多いことがわかります。
渥美 看護師の患者さんへフットケアをしたいという思いと反して,実施するための環境がないケースも多いわけですね。
適切なアドバイスのできる医師の不在を訴える声もあるのではないでしょうか。
任 ええ,「医師の不在」を回答に挙げた方もいます。また,「自己のフットケアに対する知識不足と技術不足」も多く聞かれた回答の一つですが,その背景にもやはり,難しい症例について糖尿病専門医や皮膚科医,形成外科医などタイムリーに相談できる医師が周囲にいないことがあるのではないかと考えています。
楢原 受講者の看護師からも,「現場では誰に相談していいかわからない」という声は聞かれます。
実際,私自身も不安に感じるような症例と直面した場合は,医師と相談することで処置に当たるようにしているのが現状です。フットケアの知識と技術は,現場でさまざまな症例経験を積み重ねることで磨いていくものですから,相談のできる医師の存在は大切だと思います。
知識不足と技術不足に関して言えば,研修修了者を対象としたフォローアップ研修の実施を望む声も多いのではないですか。
任 そうですね。すでに,「糖尿病合併症管理料」算定実績のある看護師を対象としたブラッシュアッププログラムは行っていますが,JADENとしては,今後も研修修了者が継続して学習できる環境を整えていく必要があると考えています。
渥美 医師自身がすべての患者の足を診察するのは困難であり,多職種チームによるアプローチが不可欠です。その中心を担う看護師が力を発揮できるように,フットケア研修の充実や院内の体制の調整といったバックアップが今後の課題と言えそうですね。
■フットケアを根付かせ,発展させるために
渥美 楢原さんの施設では,どのようにフットケアを実施されているのでしょうか。
楢原 当院では「フットケア外来」を週1回,午後の時間を使って行っています。中心となってかかわっているのが循環器内科,皮膚科と整形外科の医師,各診療科の病棟・外来看護師や糖尿病療養指導士(CDE)で,他施設の形成外科医との連携体制もあります。
また,このフットケア外来のほか,糖尿病看護認定看護師やCDEが療養指導や予防的フットケアを行う「看護ケア外来」を毎日,患者さんの一人ひとりに合った靴をつくるために義肢装具士による「装具外来」を月2回行っています。
患者と医療者間,または多診療科間の円滑な連携をコーディネートするという看護師の役割を周囲のスタッフも理解してくださっているので,看護師が積極的に患者さんの足にかかわることができていると思います。
渥美 充実した環境が整っているようなので,軽症例から重症例まで幅広い足病変に対応できますね。
定期的に勉強会を開催するなど,院内の看護師のフットケアに対する理解を深める工夫はされていますか。
楢原 普段の業務の中で糖尿病患者とかかわることの多い糖尿病・循環器・整形外科病棟・外来の看護師20人でフットケアナースチームを作っており,そのチームメンバーで勉強会も行っています。
渥美 どのような内容なのですか。
楢原 これまでは講義や演習を交えた勉強会を行ってきました。しかし,それを継続していても受講者が受け身になりがちで実践まで結びつかないと思い,現在は勉強会の一環として,チームメンバーにはフットケアのマニュアル作成に取り組んでもらっています。
まずチームメンバーを複数のグループに分け,「ハイリスク患者のスクリーニング」「予防的ケア」「創傷ケア」など,各グループが担当する項目を決めます。その後,糖尿病看護・皮膚排泄看護認定看護師のサポートを受けながら,グループごとに担当項目のマニュアル作成を進めるという形式で進めています。マニュアル作成に携わることで,フットケアに関する理解が深まりますし,現場で使いやすいマニュアルが完成すると考えています。
渥美 フットケアの質の底上げにつながる試みだと思います。
求められるのは,日常の中で患者の足を見る仕組みづくり
渥美 病棟の看護師が入院患者さんの足を必ずアセスメントするなど,ルーティンの看護業務としてフットケアを行うというところまで,楢原さんの施設ではできているのでしょうか。
楢原 糖尿病病棟であれば,入院時に使用するスクリーニングシートの中で足のアセスメントが必須とされていますから,病棟看護師の間では足を見ることが習慣化していると思います。
しかし,糖尿病を持つ患者さんも比較的多いはずの循環器内科の病棟となると,そこまで丁寧にフットケアを実践できていないかもしれません。もちろん足潰瘍などがあれば介入するはずですが,例えば「下肢閉塞性動脈硬化症の安静時疼痛」といった,足に傷のない患者にまで丁寧にアセスメントすることはないようです。
私自身,すべての入院患者さんの足を見られる体制が確立できればいいと思うのですが,なかなか難しいところです。
任 京大病院も同様です。糖尿病・栄養内科に入院した患者であれば,すべての入院患者さんの足をアセスメントすることができています。一方,糖尿病・栄養内科以外の病棟では,糖尿病既往の患者さんでも,入院時に全員の足をアセスメントすることは必ずしもできていません。
渥美 多くの施設が同様の状況だと思います。ただ,看護そのものの質を向上させるという意味では,糖尿病を専門としない看護師も含め,患者さんの足に関心を持ち,予防的にフットケアを実施していくことが重要になるのではないでしょうか。
任 そうですね。全入院患者のうち約70%が糖尿病を持つとも言われ,診療科に関係なく,看護師が糖尿病を抱える患者さんと接する機会が増えています。「糖尿病合併症管理料」の診療報酬化により,現場では「フットケアは,フットケアの専従者に任せておけばいい」となりがちですが,外来も多忙なためにすべての患者さんの足を見ることが難しくなっているのが現状です。そのような中で重症化予防を実現するには,入院をよい機会ととらえ,看護師一人ひとりが糖尿病を持つ入院患者さんのフットケアを行い,セルフケア支援を実践できるようになることが求められるでしょう。
そのためには,糖尿病患者さんの足をアセスメントすることを“通常業務”とする仕組みを病院内に作っていく必要があると思っています。その仕組みが作られることで,糖尿病の重症化予防が図れますし,現場の看護師たちが患者さんの足を見て,先輩看護師から直接教わりながらフットケアを学ぶという機会を得ることにもつながります。フットケアの普及や質向上にも結び付くのではないでしょうか。
渥美 それが理想的な仕組みですね。
そのような仕組みを作っていくためには,足を見ることそのものの重要性を示していく必要があるでしょう。今後,JADENとしてはフットケアの推進をどのように図っていこうとお考えでしょうか。
任 フットケアの有効性を「データ」という見える形で示すことが重要だろうと考えています。JADENでは,糖尿病足病変ハイリスク要因に関する評価結果,指導記録および実施した指導内容を記録する「フットケア記録用紙」の標準フォーマットを用意しています。また,現在さらに簡略化した記録用紙の作成も進めています。これらの形式に基づいた記録を各施設で行い,データとして示していきたいと思います。
渥美 管理者にフットケアの重要性を示していくことにつながりますね。
今後,一人ひとりの看護師がフットケアの知識や技術を持ち,患者さんの足をアセスメントできるようになることで,糖尿病看護全体の質が向上することを期待しています。
*
渥美 看護師によるフットケアは,糖尿病合併症管理料の算定要件に「医師の指示のもとに」という前提がある以上,まずは医師たちにその必要性を訴えていかなければなりません。ですから,フットケアの発展のために,私は今後も医師たちに足を見ることの大切さを訴えていきたいと考えています。
今後,どのようにフットケアに取り組んでいきたいか,抱負を一言ずつお願いいたします。
楢原 足病変を発症して,初めて糖尿病の進行と足病変が関連することを知る患者さんがほとんどです。医療者が日ごろから患者さんの足を見ることで,その大切さを伝えていくことが大事だと感じています。今後も看護師の立場から最大限に役割を果たし,患者さんの大事な足を守っていきたいと思います。
任 糖尿病が国民にとっての大きな健康課題となっている現在,看護師は患者さんのセルフマネジメントを支援し,糖尿病重症化予防を担う専門職として期待されています。
JADENでは,現状の「糖尿病重症化予防(フットケア)研修」の標準プログラムのブラッシュアップ,さらに必要があれば新たなプログラムの検討を行い,看護師による予防的フットケアの発展につなげていきたいと思います。
渥美 「糖尿病合併症管理料」の新設により,予防的にフットケアを行う土壌は整いつつあります。しかし,今日のお話を通し,まだ十分に機能していないという課題が見えてきました。今後もそれぞれの立場から,フットケアを現場に根付かせ,発展させていきたいですね。
MEMO 糖尿病合併症管理料(170点)の算定対象・算定要件(文献1,2より作成) (1)糖尿病合併症管理料は,次に掲げるいずれかの糖尿病足病変ハイリスク要因を有する入院中以外の患者(通院する患者のことをいい,在宅での療養を行う患者を除く)であって,医師が糖尿病足病変に関する指導の必要性があると認めた場合に,月1回に限り算定する。 ア 足潰瘍,足趾・下肢切断既往 イ 閉塞性動脈硬化症 ウ 糖尿病神経障害 (2)当該管理料は,専任の常勤医師又は当該医師の指示を受けた専任の常勤の看護師が,(1)の患者に対し,爪甲切除(陥入爪,肥厚爪又は爪白癬等に対して麻酔を要しないで行うもの),角質切除,足浴等を必要に応じて実施するとともに,足の状態の観察方法,足の観察方法,足の清潔・爪切り等の足のセルフケア方法,正しい靴の選択方法についての指導を行った場合に算定する。 (3)当該管理料を算定すべき指導の実施に当たっては,専任の常勤医師又は当該医師の指示を受けた専任の常勤看護師が,糖尿病足病変ハイリスク要因に関する評価を行い,その結果に基づいて,指導計画を作成すること。 (4)看護師に対して指示を行った医師は,診療録に看護師への指示事項を記載すること。 (5)当該管理を実施する医師又は看護師は,糖尿病足病変ハイリスク要因に関する評価結果,指導計画及び実施した指導内容を診療録又は療養指導記録に記載すること。 ※専任の常勤医師は,糖尿病治療及び糖尿病足病変の診療に従事した経験を5年以上有する者,専任の常勤看護師は,糖尿病足病変の看護に従事した経験を5年以上有し,かつ,糖尿病足病変に係る「適切な研修」を修了した者をいう。 |
(了)
参考文献
1)保医発0305001号
2)保医発0305003号
3)http://jaden1996.com/committee/pdf/footcare_20100901.pdf
4)特別委員会「糖尿病重症化予防(フットケア)研修推進委員会」.日本糖尿病協会・看護学会主催フットケア研修修了者のフットケア実践状況と今後の課題.日本糖尿病教育・看護学会誌.2011;15(1):36-45.
渥美義仁氏 1977年慶大医学部卒。同年より済生会中央病院内科レジデント。同科医長,同科部長,同院副院長を歴任。2004年から済生会中央病院糖尿病臨床研究センターセンター長を務める。日本糖尿病学会,日本糖尿病協会理事,日本フットケア学会理事など役職多数。国内において糖尿病足病変が十分に認識されていなかったころより,フットケアの重要性を啓発し,91年には日本で初めてとなるフットケア専門書『臨床例12にみる糖尿病の足――診断・治療・予後管理と予防法』(HBJ出版局)を上梓。近編著に『活かそうSMBG――24の対話からエンパワーメント指導法をつかむ』(中山書店)など。 |
任和子氏 1984年京大医療技術短大看護学科卒。京大病院にて8年間の臨床の後,京大医療技術短大助手,名大助教授,滋賀医大助教授などを経て,2005年京大病院副看護部長,07年看護部長(病院長補佐を兼任)。11年より現職。04年京大博士取得(人間・環境学博士)。日本看護診断学会理事,日本糖尿病教育・看護学会理事。日本糖尿病教育・看護学会では「特別委員会『糖尿病重症化予防(フットケア)研修推進委員会』」委員長を務め,診療報酬算定要件充足のための研修の標準プログラムの立案に携わった。 |
楢原直美氏 1992年国立南九州中央病院付属看護学校卒。横浜市立港湾病院,済生会神奈川県病院を経て,2007年より現職。06年糖尿病看護認定看護師取得。患者とのかかわりを通し,糖尿病フットケアの重要性を認識。現在は臨床看護師として糖尿病患者とかかわる傍ら,「糖尿病合併症(フットケア)管理料」診療報酬算定要件充足のための研修会で講師やファシリテーターを務めている。 |
いま話題の記事
-
医学界新聞プラス
[第1回]心エコーレポートの見方をざっくり教えてください
『循環器病棟の業務が全然わからないので、うし先生に聞いてみた。』より連載 2024.04.26
-
PT(プロトロンビン時間)―APTT(活性化部分トロンボプラスチン時間)(佐守友博)
連載 2011.10.10
-
事例で学ぶくすりの落とし穴
[第7回] 薬物血中濃度モニタリングのタイミング連載 2021.01.25
-
連載 2010.09.06
-
寄稿 2016.03.07
最新の記事
-
医学界新聞プラス
[第3回]文献検索のための便利ツール(前編)
面倒なタスクは任せてしまえ! Gen AI時代のタイパ・コスパ論文執筆術連載 2024.10.11
-
対談・座談会 2024.10.08
-
対談・座談会 2024.10.08
-
神経病理の未来はどこへ向かうのか?
脳神経内科医と病理医の有機的なコラボレーションをめざして対談・座談会 2024.10.08
-
インタビュー 2024.10.08
開く
医学書院IDの登録設定により、
更新通知をメールで受け取れます。