米国ではどのように臨床研修の質を維持しているのか(成相宏樹)
寄稿
2012.10.08
【投稿】
米国ではどのように臨床研修の質を維持しているのか
成相宏樹(アルバート・アインシュタイン医科大学モンテフィオーレ小児病院)
近年,臨床研修に関する環境は大きく変化している。初期臨床研修の義務化に伴い,出身大学の大学病院で初期臨床研修を行うのはもはや当然のことではなく,市中病院でキャリアを積み重ねる人も多いし,あるいは米国で臨床研修を行うことも選択肢の一つとなっている。
米国で臨床研修をする大きな理由としてよく挙げられるのが,「質の高い臨床研修を行える」ということだ。では,具体的に「質が高い」とはどういうことなのか,そして米国では臨床研修の質を維持するためにどのようなシステムがあるのだろうか?
米国臨床研修の質を評価するACGME
米国での臨床研修の質を維持するためになくてはならないのが,Accreditation Council for Graduate Medical Education(ACGME)だ。ACGMEは米国での臨床研修の質を評価し,監督する目的で1981年に設立された非営利団体で,American Medical Association,American Hospital Association,Association of American Medical Collegesなどの団体に所属するメンバーが構成員となっている。米国のすべての研修プログラムは,ACGMEから評価を受け,適切と認定されなければ正式なプログラムとしてレジデントを集めることができない。私が現在研修中の小児科レジデンシーにおいてもプログラムの年数,レジデントの人数,ローテーションの種類や期間,経験すべき疾患・手技,評価制度,そして勤務時間などについて詳細な規定がある。
360度の全方位から評価を受けるシステム
ACGMEは,臨床研修の概要を規定するために強いイニシアチブを発揮する。そして各プログラムは,その基準を順守した上で,さらに研修の質を高めようと努力する。ここでプログラム内の評価制度が重要な役割を果たす。
レジデントには各ローテーション終了後に詳細な評価が下される。例えば表に示した評価表の例では,8の大項目,19の小項目についてそれぞれ5段階の評価が与えられる。これに加え,具体的な記述式のコメントも加えられる。上級医からの評価はもちろん,同僚のインターン,レジデント,フェロー,看護師,ソーシャルワーカー,そして患者からも評価を受ける(360-degree evaluationと呼ばれる)。レジデントへの評価は点数化され,年に2回のプログラムディレクターとのミーティングで結果についての詳細なフィードバックが行われる。自分の仕事ぶり,そして自分の強みや弱点を客観的に見ることができるので,非常に有意義と感じている。私は昨年の1年間で,実に193もの評価を行った。私への評価も,上級医や同僚から合わせて50以上に上った。
表 上級医からレジデントへの評価表の例 | |
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※5段階(5:最高,4:優れている,3:満足,2:どちらとも言えない,1:不満足)で評価する |
この評価制度の重要なポイントは,単に形式的なものではない点だ。あるレジデントが非常に低い評価(全評価の平均が5段階評価で2以下)を下された場合,そのレジデントは次年度へ進級できない(これもACGMEの規定に含まれている)。
一方,レジデントからの評価に基づき,各ローテーションやプログラム全体で問題点や改善点があれば,その都度修正しようとする努力がなされる。上級医も,レジデントからの評価によって昇進や昇給に影響を受けることがある。
質の高い研修プログラム
上述のように,米国の研修プログラムの大枠はACGMEにより管理されており,かつ各プログラムにも詳細な評価・フィードバック制度が存在し,研修上の細かい問題点を常に修正,改善できるようになっている。私は現在研修プログラムの1年目(インターン)が終わったところだが,米国の研修プログラムが良く管理されていることを肌で感じている。
病棟,外来,NICU,ERなどのローテーションは4週間ごとと短い期間だが,非常に密度が濃い。病棟であればインターンは5-8人の患者を担当し,night float(夜勤)であれば30人程度をカバーする。患者の入退院のペースが非常に早い(肺炎,喘息,胃腸炎,虫垂炎術後などはたいてい2-3日以内に退院)ため,同じ期間で比べると日本よりも多くの患者を診ることになる。私が勤務するのは地域の中核小児病院なので,近隣の医療機関からこれまで見たこともない希少疾患が多く紹介されてくる。どんなに病棟勤務などで忙しくても朝と昼のレクチャーに参加すれば,基礎的な事項を1年間で網羅できるのも重要だ。
非常に貴重な学びの場となっているのが,週一回半日担当する外来診療だ。日本では主に市町村が行う定期健診も,米国ではレジデントの重要な仕事で,健診のための診察や,予防接種のプランニングをしている。また外来研修では年に2回,「Direct Observation」というものがある。患者や家族への説明の仕方や診察の仕方などについて,経験のある上級医から詳細なフィードバックがもらえるので,これも大変貴重な機会と感じた。
また新生児室ローテーションも充実している。私のいる病院では分娩の数が極めて多く(年6000件以上),分娩当番の際には多ければ1日に20件以上の分娩に立ち会う。1か月のローテーションの後には大抵の分娩であれば一人でもこなせる自信がつく(ハイリスク出産の際にはNICUのスタッフも立ち会うが,気管内挿管などの蘇生は基本的にレジデントの仕事である)。日本の小児科研修プログラムではNICUの規模が小さい,あるいは存在しない場合もあるが,米国では大規模なNICUでの経験が必須とされている。
一方,研修の密度が濃すぎることで問題が生じたこともある。血液・腫瘍病棟での勤務は非常に忙しく、シニアレジデント1人,インターン2-3人で患者30人近くをカバーしていた。悪性腫瘍や鎌状赤血球症を持つ患者は急変が多く,ある時期に勤務時間を大幅に超えてしまう日が連続した。この問題はすぐに,毎月開催される研修会議で議論された。チーフレジデントが血液・腫瘍病棟に入院する重症度をトリアージし,重症度の低い患者を一般小児科病棟で受け持つことが決定した。こうして問題が即座に解消されたことからも,各プログラムの管理が徹底されていることを実感した。
*
日本の後期研修制度も,詳細な研修目標や評価制度を導入することで,プログラムの質を向上させられるだろう。レジデントとプログラム側・上級医が互いに意見を述べ,評価し合う仕組みが日本でも整えられ,魅力的なプログラムが増えることを期待する。
成相宏樹氏
2005年慶大医学部卒。麻生飯塚病院にて初期臨床研修,慶大病院にて小児科研修後,09年に渡米。11年ミシガン小児病院小児てんかんフェローを修了し,同年より現職。現在,小児科レジデント2年目。 |
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