End-Of-Life Care Teamによる意思決定支援の取り組み(西川満則)
寄稿
2012.10.01
【寄稿】
End-Of-Life Care Teamによる
意思決定支援の取り組み
西川満則(国立長寿医療研究センター 緩和ケア診療部)
End-Of-Life Care Teamとは
End-Of-Life Care Team(EOLCT)は,がんに加え,非がん疾患や,加齢による判断力低下や虚弱といった疾患以外に起因する苦痛を持つ患者を対象に苦痛緩和を実施する当院のチームである。
◆構成メンバー
コアメンバーは,緩和ケア診療部長,緩和ケア認定看護師(専従),緩和ケアを専門にする呼吸器科医師(専従),認知症診療に長けた精神科医師(専任),緩和ケアを専門にする薬剤師(専任)。チーム編成においては,主に従来のがん患者を対象とした緩和ケアチームを母体とし,非がん性疾患の中でも慢性心不全や慢性呼吸器疾患といった臓器障害系疾患や,認知症の患者のBehavioral and Psychological Symptoms of Dementia(BPSD)の治療とケアに長けたスタッフが在籍していることがチームの強みになっている。
従来の緩和ケアチームと同様に,看護師によるアドボケートケアが中心のチームのため,リンクナースの活動がEOLCTの最も重要な役割となる。この役職を担う人材は,看護師長による推薦,看護部長による指名によって病棟ごとに選出され,個々の病棟で主治医や他のスタッフと協働し,患者と家族に対するEOLケアの円滑な実践に努めている。具体的には,慢性呼吸器疾患,老年症候群,慢性心不全,回復期リハビリテーションを要する疾患,がん,外科疾患,ICU管理が必要な疾患,認知症病棟(もの忘れセンター)や在宅医療支援病棟の機能を必要とする疾患などについて,病棟ごとの専門性を生かした活動を行っている。
また,コアメンバーを補助し,患者と家族を支援するサポートメンバーもいる。麻酔科など各専門科の医師,リハビリテーションや栄養科のスタッフ,地域連携に長けた看護師やMSWなどが,それぞれの職種が持つ専門性を生かしてサポートに加わっている。
◆主な活動内容
苦痛の緩和,その中でも意思決定支援が最も重要な活動といえる。多くの場合,主治医や病棟看護師から依頼を受け,その支援は開始される。コアメンバーは,リンクナースと協働し,主治医や病棟スタッフへの相談と助言を実施。毎週水曜日に,EOLCT回診を全依頼患者について行い,日本版Support Team Assessment Schedule(STAS-J)を用いて評価立案する。また,毎週金曜日に,コアメンバーと原則的に各病棟のリンクナース間でチームカンファレンスを行っている。さらに精神科領域の重要性に鑑み,精神科医,心理療法士とのカンファレンスも毎週木曜日に開催している。
その他には,インフォームドコンセントの支援,倫理的な問題の討議,院内外でのEOLケアに関する勉強会の開催など,教育・啓蒙活動も重要な活動である。
意思決定支援における「三本の柱」戦略
意思決定支援が最も重要な活動であるのは先述したとおりだ。決定する上では,本人の意思が最優先にされるのは言うまでもない。しかし,一方で認知機能低下などの理由から,本人では意思決定が難しい患者が多いのも事実である。実際,2011年10月1日-12年3月31日の半年間でEOLCTに依頼のあった患者の30-56%は意思決定が困難,または何らかのサポートが必要な患者であった。このように本人では意思決定ができない場合,EOLCTでは「三本の柱」戦略をとる(図)。
図 意思決定支援の三本の柱 |
◆「現在」「過去」「未来」の視点から,患者の意思決定を支援する
第一の柱は,"現在"表出されている微細なサインを読み取る努力をすることだ。食事,入浴,体位交換,胃ろう注入,輸液の滴下時などから患者の様子を観察する。うれしそうな表情,無表情,嫌そうな表情など,患者本人が示す微細なサインに注目して気持ちを探る。
第二の柱では,"過去"に残された本人の意思を確認することになる。まず,Advance Care Planning(ACP)の有無を確認する。ただ,当院でもフォーマットの事前指示書を記載している患者はいるものの,残念ながら少数であるのが現状だ。そのような事前指示が残されていない場合は,次にLife Reviewを行う。仕事,結婚,子どもなどに関する何気ない会話から,その人の価値観や人となりを理解し,「本人ならばきっとこう判断したであろう」ということを患者家族と共有するのだ。なお,「ACPは,過去の意思表明なのだから,必ずしも現在の意思を表現していない」「Life Reviewは,周囲の関係者の感情が影響し必ずしも本人の意思ではない」という批判もあるだろう。しかし,私たちはこれまでの活動から,ACPやLife Reviewが本人の意向に近づくために有用な方法だと実感している。
第三の柱では,"未来"に得られる本人の最善の利益が何であるかを考えていく。例えば,延命治療を実施するか否かを選択する際は,"その後の生活へどのような影響をもたらすか"を考慮しなければならない。
このように「現在」と「過去」と「未来」を結実させる判断をしていくのだが,特に気を付けていることは,あくまで本人にとっての「最善の利益」に焦点を当てて,議論のプロセスを尽くすことである。「三本の柱」戦略は,決して万能なものではない。「過去」と「現在」で本人の意向が異なる場合や,家族の「情」が絡む場合もある。何が正しく,何が間違っているかを考えてみても解決にはならないだろう。そのことから,最終的な意思決定の"結果"よりも,むしろ意思決定の"プロセス"とそれを"尽くすこと"をEOLCTは重視している。このプロセスの実践は,患者の自律が阻害されることに起因する苦痛を和らげ,高齢者の権利を擁護するきっかけにもなるだろうと考える。
◆「三本の柱」戦略を用いた人工栄養差し控え例
本稿では,筆者が支援に携わっている特別養護老人ホームの入居者に対し,「三本の柱」戦略を実施した例を紹介する。
【事例】Nさん,80歳代の女性。EOLCTの医師が,意思決定支援をサポートする特別養護老人ホームでケアを受けている方である。重度の認知症を併存し,またここ半年の間,徐々に嚥下機能の低下が見られ,食事形態を工夫していた。最近の1か月ではさらに食事をむせ込むようになり,誤嚥性肺炎で入院。肺炎治癒後も,嚥下機能のさらなる悪化により経口摂取が難しくなった。 |
「過去」を振り返ってみると,人工栄養に関する事前指示などのACPは残されていなかったが,ご本人が家族に「延命処置は希望しない」と語ったことが話題に上った。
「現在」の本人の気持ちは,認知機能の低下のために正確なことはわからない。しかし,病院に入院している時におむつで排尿をすることを嫌がっていたが,「私が我慢すればよい」と最終的にはおむつでの排尿を受け入れたエピソードを共有した。
「未来」に得られる本人の最善の利益も考慮した結果,Nさんは,「胃ろうを望まなかっただろう」と家族や医療介護スタッフの気持ちが一致した。
また,家族の意向も胃ろうを造らないことで一致した。医学的判断においても,Narrative Reviewでは重度の認知症患者の胃ろう造設は推奨しないという見解がある。ただ,意見の一致をみてもなお,「この決断でよかったのだろうか」と家族の苦悩は大きく,EOLCTの医師に「この決断は正しかったのか」と問いかけがあった。
それに対し,医師は,「もし胃ろうを造らなかったことを正しかったと答えれば,いろんな思いで胃ろうを造られたご家族が間違っていたということなります。おそらく,正しいか間違っているかという二者択一で決める問題ではないと思います。ご本人の気持ちに思いを馳せ,本人にとっての最善を考え抜いたプロセスこそが大切なのではないでしょうか。その点では,ご家族は十分なプロセスを尽くされており,正しかったと思います」と答えた。その後,ご家族の表情からは気持ちの整理がついたように感じられた。
*
今後,がんだけでなく,非がん疾患も含めた緩和ケアの推進が不可欠であろう。それぞれの疾患の治療・療養過程で直面する難しい意思決定においても,苦痛を和らげるアプローチとなる緩和ケアは欠くことができないものだ。
EOLCTによる終末期の意思決定支援は,厚労省から出された『終末期医療の決定プロセスに関するガイドライン』に非常に親和的で,高齢者の権利の擁護につながると確信している。
※本記事の執筆にあたっては,当院でEOLCT活動に専従でかかわる緩和ケア認定看護師・横江由理子氏にご協力いただいた。
西川満則
1995年島根医大医学部卒。西尾市民病院,愛知国際病院ホスピス医,名大呼吸器内科医員などを経て,2000年より国立長寿医療センター(当時)に勤務。11年10月より現職。日本緩和医療学会暫定指導医,日本老年医学会専門医,日本呼吸器学会専門医。
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