消化器外科の新地平をひらく(森正樹,宮崎勝,桑野博行,渡邉聡明)
対談・座談会
2012.10.01
【座談会】 | |
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がん診療における“均てん化”は,第一次「がん対策推進基本計画」から続く重点項目の一つとなっているものの,特に外科領域では病院間や地域間の格差がまだまだ大きいのが実際だ。
本座談会では,上部・下部・肝胆膵の消化器外科の各領域のトップリーダーが,均てん化に求められる課題を知識,手技の両面から議論。次代のスタンダード構築に向けた消化器外科におけるがん診療の在り方を展望する。
「がん診療ガイドライン」の整備・普及の現状
森 がん診療に“均てん化”が求められるなか,消化器に関連する胃,食道,大腸,肝臓,胆道,膵臓の各臓器のがんでは,均てん化を目標に掲げた「がん診療ガイドライン」が作成され,それらをもとに日常診療が行われています。
まず,ガイドラインの現状についてお伺いします。最初にガイドラインが作られた臓器は胃ですね。
桑野 はい。日本胃癌学会が中心となってガイドライン作成に先駆的に取り組み,多くの先生方のご尽力で2001年に『胃癌治療ガイドライン』が発刊されました。胃がんの罹患者数は多く,エビデンスが豊富に報告されています。また患者さん向けにもガイドラインが発刊されています。ですので,医療者のみならず患者さんにもエビデンスの共有が可能な状況にあります。
一方,同じ上部消化管でも食道がんでは,医療機関ごとに手術件数のバラつきがあるため,手術件数が少ない施設でも標準治療が展開できることを目的としたガイドラインを作成しています。02年の初版以来2回の改訂を経て,12年4月に第3版を出版いたしました。この間ガイドラインの普及に努めています。
渡邉 大腸がんでは05年にガイドラインの初版が作られています。特徴として,09年の改訂版発刊後,わずか1年でまた改訂されたことがあります。この背景には,大腸がん治療では化学療法の進歩が著しく,新薬の導入などで治療法自体がわずか1年で劇的に変わったことがあります。それをリアルタイムに医療現場に反映するため改訂が行われました。
宮崎 肝胆膵領域では,上部・下部消化管領域から少し遅れて05年に肝がん,06年膵がん,07年に胆道がんの各ガイドラインの初版が発刊されました。当時,本領域,特に膵がん・胆道がんは,根治が難しく死亡率が高い上,疫学データやエビデンスも不十分なため,ガイドラインには不適切という議論が実は多くありました。とは言え,地域や施設ごとの治療の差があまりにも大きく均てん化は必須であったため,各地の診療状況を調べ,その「最大公約数」となる内容でガイドラインを発刊したのが実情です。
膵がん・胆道がんの治療は外科切除手術が中心ですが,そこでの“手技”の均てん化は難しく,症例数の多いハイボリュームセンターと呼ばれる施設でも手技は統一されていないのが現状です。
森 各臓器でガイドラインが整備された今,各ガイドラインの普及や実際の使われ方についても評価していくことが求められる段階にあると思います。その点で,何か参考になる指標があれば教えてください。
桑野 日本癌治療学会のホームページ1)での各ガイドラインのアクセス数が,1つの指標になります。胃がん,食道がんのガイドラインとも,アクセス数で上位にランキングされていることから,医療者にかなり浸透していると考えています。
渡邉 大腸がんのガイドラインが実際の医療に反映されているかという点では,大腸癌研究会のガイドライン委員会で,例えば手術でリンパ節転移を疑う際に行うD3郭清の実施率が年代ごとにどう変化しているのか,ガイドラインの発刊前後で変化があるか,などの評価を進めています。
森 臨床現場で実際にどう使われているかの評価は非常に重要ですので,各学会や研究会を通してさらに調査していく必要がありますね。
外科だからこそ,日本発のエビデンスが求められる
森 大腸がんのように,最新のエビデンスをガイドラインに取り入れることは,がん診療における“知識”の均てん化という点で非常に重要です。
桑野 そうですね。胃がんも大腸がん同様,国内レベルから国際的な大規模臨床試験まで数多くの研究が行われエビデンスが誕生しているので,適切にガイドラインを更新していくことが大切です。しかし,例えば保険適用薬剤が限られる食道がんではエビデンスが次々に誕生する環境にはないように,疾患によってエビデンスが更新されるペースは異なります。ですから,ガイドラインの出版にこだわらず何らかの手段で新たなエビデンスを提供する体制を整えていく必要があると考えています。
渡邉 大腸がんでは,ガイドラインの改訂が追いつかないため大腸癌研究会のホームページ2)で新知見を公開する取り組みも行っています。
森 そこでは,外国発のエビデンスをそのまま日本の診療に取り入れることはあるのですか。
渡邉 そのまま採用することもありますが,日本の手術成績は欧米と大きく異なるという指摘があるため,「日本の手術成績等を考慮して導入すべき」といったコメントを同時に発表しています。欧米のデータをそのまま外挿するのではなく,やはり日本独自の治療成績を臨床試験で検証していくことが大切です。
桑野 上部消化管領域でも,欧米のエビデンスでは対応できないという側面があります。特に食道がんでは,日本は9割以上が扁平上皮がんなのに対し,欧米は半数以上が腺がんと,疾患のバックグラウンドが地域で大きく異なります。
宮崎 外科切除手術が治療のメインである肝胆膵領域では,化学療法に関する欧米のエビデンスを導入することもしばしばあります。ですが,手術では欧米と大きな差があるという認識を日本の外科医は持っているため,日本で適用するエビデンスは「日本の外科医自身で作ろう」という意欲を持っています。実際,肝胆膵外科で報告されるエビデンスは日本発のものが少なくありません。日台,日韓で共同のプロジェクト研究を立ち上げ,アジアのエビデンスを創出しようという動きも始まっています。
森 日本独自,あるいは人種の近いアジアでのデータを基にエビデンスを創出していくことが外科領域でも重要なのですね。
外科+他領域の最新情報を得る習慣を
森 では,現在日本でエビデンスを作る活動の主体は,どのような団体なのでしょうか。
桑野 主にJCOG(日本臨床腫瘍研究グループ)3)のようなスタディグループが中心になっていると思います。
宮崎 肝胆膵領域では,JCOG以外にも日本肝胆膵外科学会が中心となったプロジェクト研究が独自に行われています。症例数が限られる領域であるため,ハイボリュームセンターの医師が学会でも顔を合わせる機会が多いことから,それを利用しようとした取り組みです。
森 実際に臨床研究を進めていく上では,消化器外科医だけでなく内科医,特に腫瘍内科医と協調していく必要はありませんか。
桑野 大事な点ですね。消化器がんの治療には,開腹手術や内視鏡,さらには放射線,化学療法とさまざまな選択肢があります。ですから,外科医も手術だけ知っておけばよいというわけにはいきません。患者さんに治療方針を説明する際には,外科にプラスして他領域の治療法,成績などの最新情報を頭に入れる習慣を身につけることが重要です。
森 多岐にわたる治療法を,公正かつ的確に患者さんに説明できる知識を習得することが大切ですね。
渡邉 特に大腸の場合,化学療法の役割が大きくなるにつれ集学的治療の重要性が増しています。消化器外科医も抗がん薬はもちろん,個別化治療を視野に入れた薬剤使用時のバイオマーカーの知識など,リサーチマインドを持ちながら勉強していくことが必要です。
宮崎 同感です。特に肝胆膵外科医は技術一辺倒という一面があります。高度な手術が要求される領域ですが,そこだけに目が行ってしまうと手術手技のアウトカムを正当に評価する余裕がなくなります。やはり患者さんに最良の医療を提供するためには,自分の技量や,手術のアウトカムを客観的に見直す姿勢を忘れてはいけません。手技中心の領域だからこそ,リサーチマインドを持たなければいけない。そうしなければ客観的な見方ができず,本質的な医療の進歩はないと常々感じています。
リサーチマインドを涵養するには
森 リサーチマインドという言葉が出てきました。現状では,研究を敬遠する若手医師は少なくないのが実際でしょう。私自身,「研究はしたほうがいい」とよく若手に伝えますが,研究を行わないことの問題点を具体的に示すのは難しいとも感じます。
渡邉 外科領域では,外科医の視点があって初めて生まれるリサーチクエスチョンがやはりあります。基礎研究者は,例えば「がん細胞」とそれ以外の細胞を分けた研究を行っていますが,外科治療に携っているとその個々のがん細胞にも実はかなり多様性があると体感することがあります。それは実臨床に携わる外科医しか知りえない視点なので,外科医の目から見たオンコロジーと基礎医学領域とをタイアップしないと,臨床にフィードバックできる結果は得られないと思います。
宮崎 「ガイドライン≠スタンダード」ということもあるでしょう。個々の患者さんの病態にはバリエーションがあります。ガイドラインどおりには治療できない患者さんが多くいるわけですから,ガイドラインがあることで思考停止せずに,個々の患者さんへの最適な治療体系を科学的に考える訓練をしておく必要があります。目の前の患者さんの病態を科学の視点で分析して治療に当たる姿勢を身につけることが,臨床医として必要なリサーチマインドだと思っています。
桑野 ガイドラインは確かに均てん化には役立ちますが,やはり「過去」のエビデンスに基づくものです。現在の診療を行う上では,ガイドラインのクリニカルクエスチョンに挙げられているような問題を意識することが大切です。現在の臨床に対する問題意識をしっかり持ちその解決法を考えていくことが,リサーチマインドの涵養には必要だと思います。
森 次世代の医療者は,現在よりもっと効果の高い治療を行わなければなりませんが,その実現には研究が必要です。研究は,基礎研究者
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